標準を知れば、ズレが見える。——「見えないものを読む経営」第8話

標準を知れば、ズレが見える。——「見えないものを読む経営」第8話の手書きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


違和感を思考に変えるためには、何が必要なのでしょうか。

ただ「気になる」というだけでは、思考は動きません。感覚を手がかりに、その奥にある構造を読み取るための、何かが必要です。

私がそのヒントを得たのは、意外な場所でした。中小企業診断士の二次試験です。

今回は、その試験を通して学んだ「書かれていないことを読む」という思考について話します。


あの地方のオーナー経営者との出会いのあと、私はずっと考えていました。

社長から問いをいただいた。「お前だったら何をする?」というあの言葉です。私は一生懸命、答えを探しました。市場を調べ、競合を整理し、戦略の選択肢を描いた。しかしそれは、社長の心には届きませんでした。

なぜ届かなかったのか。

しばらく経って、あることに気づきました。私は社長の立場で、ものを考えていなかったのです。

広告会社の担当者として、プロジェクトを前に進めることは考えていた。しかし経営者として、会社をどう動かすかという視点が、根本的に欠けていました。社長が見ている景色を、私はまったく見えていなかった。

そう気づいたとき、もうひとつのことに気づきました。

私は、会社という仕組みについて、あまりにも無知だということです。財務のことも、組織のことも、生産管理のことも、断片的にしか知らない。経営の現場に関わりながら、経営の基本をほとんど知らないまま仕事をしていた。

直感的に思いました。標準を知らなければ、何が良いか悪いかもわからない、と。

それが、中小企業診断士の勉強を始めたきっかけです。


中小企業診断士は、経営コンサルティングに関する国家資格です。

一次試験では、経済学、財務・会計、企業経営理論、運営管理、経営法務、情報システム、中小企業経営政策という7科目を学びます。企業経営に必要な知識を、広く体系的に学ぶ試験です。

しかし私にとって本当に大きな学びをもたらしたのは、二次試験でした。

二次試験は、一次試験とはまったく異なる形式です。与えられるのは、企業の事例です。数ページの文章の中に、ある会社の状況が書かれています。業種、規模、歴史、現在の課題。そうした情報が、淡々と記されている。そして、いくつかの設問に答えることになります。

一見すると、普通の筆記試験のように見えます。しかし実際には、少し違います。


この試験で、私はある考え方に出会いました。

「書かれていないことを書く」

試験の指導をしていたある先生が、繰り返しそう言っていました。最初は意味がよくわかりませんでした。書かれていないことを、どうやって書くのか。

しかし問題を解いていくうちに、少しずつ見えてきました。

事例の文章には、すべてが書かれているわけではありません。
むしろ、多くのことは書かれていない。

しかしその文章の中には、答えにたどり着くためのヒントが必ず散りばめられています。
そのヒントを手がかりに、書かれていない構造を読み取る。それがこの試験の本質でした。

たとえば、「売上が低迷している」という一文があるとします。一見するととてもシンプルな情報です。しかし売上という数字は、少なくともふたつの要素で構成されています。取引量なのか、単価なのか。この違いによって、打つべき施策はまったく変わります。しかしその違いは、文章には書かれていない。文脈の中から、読み取るしかない。

もうひとつ、こんな例もあります。「若い経営者で、ボードメンバーには昔からの友人が名を連ねている」という一文です。これだけ読むと、活気のある会社のように見えます。しかしこの一文の裏側には、いくつかの構造が潜んでいます。経験が浅いがゆえの判断の甘さ。旧友同士ゆえのなれあいの意思決定。そして、その輪の外に置かれてしまう従業員たち。書かれているのは事実だけです。しかしその事実の奥に、組織の課題の構造が静かに潜んでいる。

「見えないものを見る」「書かれていない答えを書く」

先生のその言葉を聞いたとき、私はとても強く心を動かされました。それは単なる試験のテクニックではないように感じたからです。この試験はよくできていると思います。財務や戦略の知識を問うだけでなく、文脈の中から見えない構造を読み取る力——まさにコンサルタントの本質を問う試験だからです。


企業の課題は、必ずしもそのままの形で表に現れるわけではありません。

売上低迷、人材不足、競争激化。そうした言葉は、表面に現れている症状です。しかしその奥には、必ず構造があります。意思決定の癖、組織の文化、歴史の積み重ね、顧客との関係。それらが複雑に重なり、今の状態を作っています。

つまり、本当に重要なのは見えている問題を解くことではなく、見えていない構造を読むことなのです。

標準を知ることで、ズレに気づける。そしてズレに気づくことで、その奥にある構造が見えてくる。

診断士の勉強で学んだのは、知識だけではありませんでした。違和感を手がかりに、見えないものを読むという思考の型を、私はこの試験を通して少しずつ身につけていきました。

次の話では、その「読む」という行為をもう少し深く考えていきます。書かれていないものを読むとは、いったいどういうことなのか。

標準を知ることで、ズレに気づける。そしてズレに気づくことで、その奥にある構造が見えてくる。

「書かれていないことを書く」という試験の本質は、コンサルタントの、いや、経営に関わるすべての人に必要な思考の本質でもあると思っています。

次回は、「言葉の裏側に、本質がある。」——現場で五感を使って読み取るとはどういうことか、具体的なエピソードとともに話します。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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