この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
前回、こんな話を書きました。
提案書を捨てて、未来の情報だけを持って会議室へ向かった日のことです。社長が語り始めました。商品のこと、組織のこと、人材のこと。それまで止まっていた時間が、急に動き出したような感覚でした。答えは私の中にはなかった。答えは最初から、社長の中にあったのだと思います。
あの体験から、しばらくのあいだ、私はずっと考え続けていました。
あの会議室で、いったい何が起きていたのだろう、と。
最初は、こう解釈していました。
未来の情報が、社長の思考を刺激した。だから言葉が出てきた。つまり「きっかけ」の問題だったのだと。
しかしそれだけでは、どこか腑に落ちないものが残っていました。
あのとき社長が語ったのは、商品のアイデアだけではありませんでした。会社の強みのことを話した。これまでやってきたことの意味を話した。そして最後には、自分がなぜこの事業を始めたのかという、創業の原点まで話してくれた。
あれは、未来の情報に触発されて生まれた言葉ではなかった気がします。
むしろ社長は、未来を前にして、過去を確認していたのではないだろうか。
自分はこれまで何をしてきたのか。なぜこの事業を続けてきたのか。そしてこれから、どこへ向かうのか。
その問いを、自分の内側でゆっくりと確認していた。そのプロセスが、言葉として外に出てきた。そう考えると、あの会議室の出来事が、少し違う景色で見えてきました。
社長は、揺らいでいたのだと思います。
ビジョンはある、とおっしゃっていた。しかしそのビジョンを、どう言葉にすればいいのか。どう形にすればいいのか。その接続がまだ、できていなかった。
当初私が持ち込んだ戦略の提案は、その揺らぎに何も触れていませんでした。
ロジックは整っている。しかし社長が本当に必要としていたのは、正しい答えではなかった。
未来の問いを前にしたとき、社長は自分の過去と向き合わざるを得なかった。過去を辿ることで、自分がどこへ向かうのかが、少しずつ見えてきた。そしてその方向が見えたとき、言葉が出てきた。
つまりあの瞬間に起きていたのは、もしかすると、単なる意志の発見ではなかったのだと思います。
たぶん、「意志の確認」だった・・・。
このことは、経営という仕事の本質に触れている気がします。
私たちはしばしば、経営者の仕事を「正しい判断をすること」として捉えます。
市場を分析し、競合を整理し、合理的な選択肢を選ぶ。それが経営だと思っています。
しかし未来には、正解がありません。
まだ起きていないことだからです。どれだけデータを集めても、どれだけ分析を重ねても、未来を完全に予測することはできない。だからこそ経営者は、最後に自分で決めなければならない。
その決断を支えるものは、ロジックだけではありません。
自分はなぜこの事業をしているのか。何を大切にしてきたのか。どんな未来をつくりたいのか。
そうした問いへの、自分なりの答えです。
つまり、言い換えれば、意志です。
意志とは、突然生まれるものではありません。これまでの経験の積み重ねの中で、少しずつ育まれるものです。過去と未来を自分の中で接続したとき、意志は言葉になります。
経営とは、正解を選ぶ仕事ではないのかもしれません。
自分の意志を確認しながら、未来を選び取っていく仕事なのかもしれない。
あの会議室で、私はそのことを、初めて実感として理解したように思います。
しかしそのとき、もうひとつの問いが浮かびました。
意志は、どこから来るのか。
社長の言葉が出てきたのは、未来を前にして、過去を確認できたからでした。しかしなぜ、その過去が意志を支えていたのか。
あの日、社長が創業の話をしてくれたとき、私にはひとつのことが見えた気がしました。
意志の奥には、もっと深いものがある。
それが何なのかを、次回は考えていきたいと思います。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
