運と偶然性も認めることが、人の救いになる!?―― 【適者生存の呪いをほどく】第3回

運と偶然性も認めることが、人の救いになる!?―― 【適者生存の呪いをほどく】第3回の手書きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

前回まで、「適者生存」という言葉の来歴をたどってきました。

前々回の投稿はこちら「ダーウィンは、“適者生存”なんて言ってないってホント!? ―― 【適者生存の呪いをほどく】第1回」から、前回の投稿はこちら「“適者生存”を広めた男が、最も“適者”だった。 ―― 【適者生存の呪いをほどく】第2回」からどうぞ!

ダーウィンは、生き物の変化を冷静に観察した。スペンサーは、その観察に「勝者は正しい」という物語を乗せた。そしてその物語は、時代の欲望と共鳴しながら、社会の深いところに根を張っていった。

では、私たちはどうすればいいのか。

今回はその問いに向き合います。手がかりにするのは、吉川浩満さんの著書『理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ』(2014年)です。

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進化は、進歩ではない。

吉川さんはこの本の中で、私たちが進化論に対して抱いている根本的な誤解を丁寧にほどいていきます。

その誤解とは、「進化=進歩」という思い込みです。

私たちは無意識のうちに、進化を「より優れた状態に向かう変化」として理解しています。単純なものから複雑なものへ。未熟なものから成熟したものへ。生き物は少しずつ「良くなっている」と。

しかし、現代の進化生物学はそうは言っていません。

進化とは、環境への適応の積み重ねです。そこに方向性はなく、目的もありません。「より良い」という基準もない。ただ、変化があるだけです。

吉川さんはこう書いています。

「進化は進歩ではない。より正確に言えば、進化は必ずしも進歩ではないのだ。」 ― 吉川浩満『理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ』

この一文は、スペンサーが「進化=進歩」と結びつけて以来、社会に定着してしまった物語を、静かに解体します。

恐竜は、なぜ滅びたのか。

ここで、ひとつの問いを立ててみます。

恐竜は、なぜ絶滅したのでしょうか。

「環境に適応できなかったから」と答える人が多いと思います。
つまり、恐竜は「不適者」だったから滅びた、と。

しかし吉川さんは、そうではないと言います。

約6600万年前、巨大な隕石が地球に衝突しました。その影響で気候が激変し、食物連鎖が崩壊した。恐竜たちは、その「理不尽な出来事」に巻き込まれただけです。

彼らは劣っていたわけではありません。それまでの環境には、完璧に適応していました。ただ、隕石が落ちた。それだけのことです。

「絶滅は、その生物が劣っていたことを意味しない。環境が変わっただけだ。」 ― 吉川浩満『理不尽な進化 遺伝子と運のあいだ』

この視点は、私たちの日常にも静かに響いてきます。

運を、設計に組み込む。

もし進化に「理不尽な運」が大きく関わっているなら、私たちのビジネスやキャリアも同じはずです。

成功した事業は、実力だけで生まれたわけではありません。

市場のタイミング、出会い、社会の変化。そういった偶然が複雑に絡み合っています。逆に、懸命に努力したのに結果が出なかった経験も、多くの方にあるはずです。

それは、能力が足りなかったからでしょうか。

必ずしもそうではないはずです。環境が合わなかっただけかもしれない。タイミングが悪かっただけかもしれない。隕石が落ちてきただけかもしれない。

だとすれば、経営やキャリアの設計において必要なのは、「正しい答えを一発で当てる」ことではなく、試行回数を増やすことではないでしょうか。小さく試して、環境の反応を見る。合わなければ撤退する。その撤退を、人格の否定として受け取らない。

過剰に最適化された組織は、環境変化に脆くなります。

一方で、少し余白を持ち、探索を続ける組織は、理不尽な変化にもしぶとく対応できる。進化の歴史が教えてくれるのは、そういうことでもあるのです。

「運を認める」ことの、深い意味。

ここで少し立ち止まって考えてみたいのですが、「運を認める」というのは、努力を否定することではありません。

努力は大切です。準備も、思考も、行動も、意味があります。

ただ、結果のすべてが努力によって決まるわけではない。そこに運が絡んでいることを認めることが、実はとても重要なんです。

なぜか。

成功したとき、運を認められる人は、感謝できます。
傲慢にならずにいられます。
次の挑戦に対しても、謙虚でいられます。

失敗したとき、運を認められる人は、自分を責めすぎずにいられます。

「環境が合わなかっただけかもしれない」という視点が、心の余白を守ってくれます。

哲学者マイケル・サンデルが『実力も運のうち』で指摘したように、運を無視した能力主義は、勝者を傲慢にし、敗者の尊厳を奪います。運を認めることは、その両方を救う態度なんです。

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生き残れなかったとしても。

シリーズを通じて伝えたかったことを、最後にひとことで言うとすれば、こうなります。

生き残ったから正しいのではない。 生き残れなかったから、劣っているのでもない。

進化は、価値を判定していません。ただ、変化があっただけです。

スペンサーが埋め込んだ「勝者=善」という回路は、私たちの社会に深く根を張っています。

その回路が、時に現代の生きづらさの一因になっていることも、少しずつ見えてきたのではないでしょうか。

その呪いをほどくための第一歩は、案外シンプルです。

結果と、自分の価値を切り離すこと。
運の存在を、素直に認めること。

進化の歴史が静かに教えてくれるのは、その事実ではないかと思うのです。

すべてに意味があるという因果律を「絶対の真実」として信じ込むと、スペンサーの呪い(自己責任論)に絡め取られ、心が折れます。

一方で、それを完全に捨て去ると、虚無主義に陥り、行動できなくなります。

ならば、私たちが取るべき知的なスタンスは以下のようになるはずです。

世界が理不尽な偶然に支配されていることを『知った』上で、あえて、今日一日を『すべてに意味がある(最善である)』かのように力強く演じること。

これこそが、本書が提示してくれる生きる知恵のように感じるのです。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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