関係を終わらせない経営 ―― 個と組織の共進化モデルの可能性を考える

関係を終わらせない経営 ―― 個と組織の共進化モデルの可能性を考えるの手描きアイキャッチ

増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

人口減少、人材の流動化、副業の一般化――。
労働市場が完全に売り手市場へと転換した今、多くの経営者が同じ悩みを抱えています。

「優秀な人材をどう確保するか」「辞められないためにどうするか」

しかし、その問いの立て方自体に、もしかしたら無理があるのかもしれません。

そもそも、人を囲い込むことなど、本当にできるのでしょうか。

退職届を受け取る瞬間、独立を告げられたときの空気。そこに流れるのは、どこか”終わり”の気配です。優秀な人材ほど、組織を離れていく。その事実を前に、多くの経営者が感じるのは喪失感でしょう。

しかし、本来それは終わりではなく、関係のかたちが変わる瞬間なのではないでしょうか。

人を囲い込む発想を超えて

人材獲得競争が激化する中で、企業は報酬を上げ、福利厚生を充実させ、働きやすい環境を整えてきました。それらはもちろん大切です。

けれども、どれだけ条件を整えても、人は動きます。

より魅力的な機会があれば、より自分らしく生きられる場所があれば、人は移っていく。
AIの登場によって働き方の選択肢はさらに広がり、「組織に属する」ことの意味そのものが変わりつつあります。

つまり、「囲い込む」という発想そのものが、もはや成立しにくい時代に入っているのです。

ならば、問いを変えてみてはどうでしょうか。

「どうすれば辞められないか」ではなく、「どうすれば関係を続けられるか」

人が去ることを前提に、それでもつながり続けられる関係性を、どう設計するか。

実は、この問いへのヒントは、私たちの社会が昔から持っていました。

それが、徒弟制度や暖簾分けという日本の知恵です。

「師弟関係が終わることはなかった。弟子が繁盛すれば、師匠の名もまた輝いた。」

この構造の中では、独立は裏切りではなく“成長の証”でした。師匠にとって弟子の成功は、自らの価値が社会に広がる喜びでもあったのです。

徒弟制度の世界では、弟子が成長して独立しても、その関係性が途切れることはありませんでした。師匠は知恵や仕入れ先を共有し、弟子は地域で繁盛することで師の信用を拡張した。

つまり、関係性が続く限り、価値の生成は止まらないということです。

 

関係性LTVという視点

ここで提案したいのが、「関係性LTV」という視点です。

LTV(ライフタイムバリュー)という言葉があります。
本来は顧客が一生のうちに生み出す価値を測る指標ですが、いま必要なのは人と人のつながりにおける「関係性の射程」を考えることです。

一度の取引ではなく、生涯にわたる相互成長の可能性。
つながりが時間とともにどう豊かになっていくか。それこそが、関係性LTVの本質だと考えています。

ただし、徒弟制度をそのまま現代に持ち込むことはできません。時代背景も、働く価値観も、求められる関係性も大きく変わっています。

では、暖簾分けの思想を21世紀にどうアップデートすればいいのか。その違いを整理してみましょう。

観点 従来の暖簾分け 21世紀型の関係設計
関係の性質 縦の師弟関係(一対一) 水平・網目状のネットワーク
独立の前提 長期修行後の承認制 個人の意志とタイミング尊重
つながりの維持 地縁・血縁による自然発生 意図的なエコシステム設計
知の継承 暗黙知の口伝 形式知化と双方向の共有
価値の循環 師匠→弟子への一方向 互いに学び合う相互成長
範囲 同業・地域内 業界を超えた越境
【表:暖簾分けの思想 従来と21世紀型の比較】

この表が示すように、関係の“質”そのものをアップデートする必要があります。

縦の関係から水平へ。一方向から双方向へ。閉じた関係から開かれたネットワークへ。そして何より、「囲い込む」から「延ばす」へ。

関係の射程を延ばす4つの実践

では、「関係を延ばす経営」を、どう実践すればいいのでしょうか。「囲い込む経営」からの移行を、4つの段階で整理してみます。

1. 社内での関係の質を変える ― 師弟型メンタリング

まず起点となるのは、上司と部下の関係を「評価」ではなく「育成と伴走」の関係に変えることです。

互いに学び合う構造にすることで、仕事の関係が終わっても”縁”が続く。評価する・される関係ではなく、共に成長する関係。ここに師弟関係の原型があります。

2. 独立・分離を前提に設計する ― 共育型CVCや社内ベンチャー

次の段階は、個人の志を組織が資本・信用で支援し、独立後も協働できるようにする仕組みづくりです。

暖簾分けの精神を、組織内に再構築する試み。「辞めないでほしい」ではなく、「いつか独立するかもしれない。そのときどう支えるか」を前提に関係を設計する発想です。

3. 去った後もつながり続ける ― アラムナイ・エコシステム

そして、実際に組織を離れた後の関係性です。

辞めた社員とつながり続け、知識やネットワークを循環させる。”卒業生コミュニティ”が、組織の第二の資産になる。退職は終わりではなく、新しい関係の始まりだという宣言です。

4. 知を社会に循環させる ― ナレッジの暖簾分け

最後は、会社の知を属人化せず、文化として他者に託すことです。

それぞれが新しい現場で知を育て、また共有する。この往復運動こそ、組織が社会とともに生きる呼吸だと思います。知は囲い込むものではなく、手渡していくもの。そうすることで、知はさらに豊かになって還ってくるのです。

 

のれんとは、つながりの“証”である

関係を終わらせない経営とは、人を囲い込む経営ではなく、関係を延ばす経営です。

人が去っても、想いが残り、つながりが続く。
組織が信頼を手放さない限り、そこにまた新しい出会いと循環が生まれます。

のれんを分けることは、関係を分けることではありません。それは、関係を“延ばす”行為です。

組織とは、人と人の間に張られた関係の布をどう織るかの営みだとすれば、その布はできるだけ長く、できるだけ広く織られるべきではないでしょうか。

人口減少と流動化の時代だからこそ、人を囲い込もうとするのではなく、関係を延ばす設計が求められています。

個人と組織が互いに育ち合う場所――そこにこそ、これからの成長の原型があるのだと信じたいと思います。

それでは、また来週お会いしましょう。

経営を続けるという視点で、こちらの#考えるノートの投稿「ブランドは引き継ぐものではなく“育て直す”もの~オタフクソースに学ぶ、100年企業のブランドデザイン論~」もぜひご覧ください。

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