「違和感の声」を社会の文脈へ――ソーシャルインサイト発掘ワークショップのすすめ

「違和感の声」を社会の文脈へ――ソーシャルインサイト発掘ワークショップのすすめ

増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

前回は「社会の潜在意識」としてのソーシャルインサイトをどのように捉え、N1の声から価値を創造するかの全体像をご紹介しました。理論として理解できても、実際に組織の中でどう実践するかは別の話です。

今回はそれを組織内で実践するための具体的なワークショップ設計についてお話しします。

テーマは「違和感を起点にした共鳴設計」。

広告会社とお客様企業が共に行う、未来の文化をつくる実践の場です。

なぜ、今このワークショップが必要なのか

現代は「正解よりも共感」「商品よりも意味」が選ばれる時代です。生活者の小さな声が、SNSを通じて瞬時に社会的ムーブメントの種になる可能性を秘めています。

従来のマーケティングリサーチでは、明確化された課題やニーズを定量的に把握することに重点が置かれてきました。しかし、本当に社会を動かす力は、まだ言語化されていない「モヤモヤ」や「なんとなくの違和感」の中にこそ潜んでいるのです。

ソーシャルインサイト・プランニングを企業内で根付かせるには、単なる手法の導入ではなく、対話と翻訳の場=ワークショップが欠かせません。

なぜなら、個人の感覚や直感を組織の共通言語に変換し、さらに事業戦略やブランド戦略に翻訳するプロセスには、多様な視点と丁寧な対話が必要だからです。

2日間ワークショップの全体設計

このワークショップの狙いは、個人の感覚から社会価値へと段階的に昇華させることにあります。

多くの価値創造プロジェクトが最初から「社会課題」や「市場ニーズ」といった大きな枠組みから始めるのに対し、私たちは意図的に「一人ひとりの小さな違和感」からスタートします。

なぜなら、真に社会を動かすインサイトは、統計データや市場調査からではなく、生活者の心の奥底にある「言語化されていないモヤモヤ」の中にこそ存在するからです。

2日間の全体像は、「発散→収束→発散→統合」という4つのフェーズで構成されています。

Day1前半(発散)では、参加者個人の感覚を最大限に開放し、日常の中で見過ごしがちな違和感を丁寧に掘り起こします。

Day1後半(収束)では、散らばった違和感を構造的に整理し、社会の「当たり前」として収束させます。

一晩の熟成期間を経て、
Day2前半(発散)では、新しい価値観や可能性を自由に発想し、
Day2後半(統合)では、それらを具体的な事業ストーリーとして統合します。

この発散と収束のリズムにより、参加者は論理的思考と感性的思考を交互に使い分けながら、個人的な気づきを社会的な価値創造へと昇華させていくことができるのです。

Day1:違和感を掘り起こす

Day1 Session 1:オープニング(感度をひらく) 参加者一人ひとりが日常生活で感じている小さな違和感を「モヤモヤジャーナル」として可視化します。

重要なのは、「正しい・間違い」の判断を一旦停止し、感じたままの違和感を受け入れる場をつくることです。

  • 最近感じた小さな違和感を3つ書き出す
  • その時の感情や状況を具体的に記録
  • 「なぜそう感じたのか」は考えず、まずは事実として記録

Day1 Session 2:N1の声の深掘り 具体的な生活者の声(SNS投稿、お客様の声、インタビュー内容など)を起点に、自分ごととして問い直します。

他者の違和感を通じて、自分の感覚を相対化し、社会性を発見していきます。

進行のポイントは、以下のとおりです。

  • 「その違和感、他の人も感じていそうですか?どんな人が?」
  • 「あなた自身も似たような経験はありませんか?」
  • 「もしその人があなたの友人だったら、どんな言葉をかけますか?」

Day1 Session 3:ソーシャルインサイトとの照合 プリコードされたカードを使って、違和感の構造を俯瞰し、「当たり前の背景」を可視化します。

私たちのプロジェクトでは、現在も独自のカードの拡充を進めております。

🟡 日常の小さな違和感カード

テーマ 具体例 刺激問いかけ
空気を読まなきゃいけない圧力 会議で沈黙が続くと「誰かが話さないと」と焦る 沈黙や不完全な状態を許せる空間はどう作れる?
無駄な挨拶や儀礼 メールの長い前置きや電話の冒頭挨拶。効率化したいのに続けてしまう 効率化したいのに続けてしまう理由は?
SNS映えの義務感 旅行や誕生日で「写真を撮らなきゃ」と思う 本当に残したいのは記録?体験?周囲へのアピール?
お土産・手土産の習慣 出張や旅行後の「義務的なお土産」選び 感謝を伝える手段は他にない?

🟠 無意識のルールカード

テーマ 具体例 刺激問いかけ
残業=頑張っている証拠 早く帰ると気まずい、評価が下がる気がする 成果主義を名乗っても形骸化していないか?
女性は愛嬌 女性が意見を言うと「きつい」「生意気」と取られる 誰が無意識にそうラベルを貼っている?
会社優先の価値観 家族より仕事を優先するのが「立派な社会人」 家庭と仕事、優劣をつける文化の根源は?
失敗は責められるべき トライ&エラーではなく、最初から正解を求められる 失敗の捉え方を変えるには?

🟢 感情の動き・ズレカード

テーマ 具体例 刺激問いかけ
ママ友・パパ友の表の顔 無理に合わせ笑い、空気を壊さないよう振る舞う 誰が本当は苦しんでいて、なぜ言えない?
幸せの基準の押しつけ 結婚・出産・マイホームを勧められる 個人の幸せの多様化に社会は追いついている?
頑張り自慢・我慢自慢 「昨日は2時間しか寝てない」アピール 休むことに罪悪感を持たせない文化を作れるか?
ありがとうが言えない場面 店やサービスの人に、心では感謝してるのに口に出せない 言語化されない感謝や承認をどう可視化できる?

🔵 語られない・語れないテーマカード

テーマ 具体例 刺激問いかけ
親の介護のしんどさ 「大変」と言えない、相談できない孤独感 誰が・どこが本来サポートすべきなのか?
貧困や生活苦 見栄のためにギリギリでも生活を隠す 表面的な豊かさの下にある課題を見抜けるか?
心の病、メンタル不調 精神科に行くと「弱い人」という偏見 精神的サポートを自然に受けられる設計は?
子どもを持たない選択 社会や親からのプレッシャー 個人の選択を社会がどう尊重できるか?

Day1 Session 4:クロージング(問いを寝かせる) Day1で発見した違和感や社会構造について、一晩かけて「未来のヒント」を熟成させる時間へ移行します。

無意識の処理時間を確保することで、翌日のアイデア創出につなげます。

Day2:文脈を再構成する

Day2 Session 1:価値翻訳のインプット 社会文脈×4P+PRの視点をインストールし、違和感を価値創造へと翻訳するためのフレームワークを学びます。

Day2 Session 2:4P+PR文脈設計ワーク(コアセッション) ワークショップの最大のバリューセッション。個別の違和感を「社会的意味」として翻訳し、具体的な事業ストーリーに落とし込みます。

社会文脈ストーリー・テンプレート

【導入部:違和感の共有】

  • 「○○という小さな違和感から始まった話です」
  • 「実は、これを感じているのはあなただけではありません」

【展開部:社会構造の可視化】

  • 「この違和感の背景には、『______』という社会の当たり前があります」
  • 「多くの人が無意識に『______べきだ』と思い込んでいるのです」

【転換部:新しい価値観の提示】

  • 「でも、もし『______』だったらどうでしょう?」
  • 「私たち(企業名)は、『______』という新しい可能性を信じています」

【4P+PR展開部:具体的価値提供】

  • Product/Service:「だからこそ、私たちは______を提供します」
     
  • Price:「______という社会的価値も含めて、適正な対価として設定しています」
     
  • Place:「______という新しいコミュニティや関係性の中で」
     
  • Promotion:「______というメッセージを通じて、社会に問いかけたいのです」
     
  • Public Relations:「この取り組みが、______という文化変革の一歩になればと願っています」

【結論部:共創への招待】

  • 「一緒に、______な社会を作ってみませんか?」

ポイントは、違和感→社会構造→新しい価値観→4P+PRストーリーへの変換プロセスを段階的に記録することです。

ファシリテーション用問いかけ集

参加者がよく迷うポイントと、対応する問いかけを用意しております。

  • 迷いポイント1:違和感が個人的すぎて社会性があるか不安 →「その違和感、他の人も感じていそうですか?どんな人が?」 →「もしその『当たり前』がなくなったら、社会はどう変わりそう?」
     
  • 迷いポイント2:4Pに無理やり当てはめようとして不自然になる →「まず、その違和感を解消するために何ができるか自由に考えてみましょう」 →「理想の未来が実現したとき、あなたの会社はどんな存在になっていたい?」
     
  • 迷いポイント3:企業の現実的制約と理想のギャップ →「今すぐは無理でも、3年後に実現していたら嬉しいことは?」 →「小さく始められることから考えてみませんか?」

Day2 Session 3:チーム発表&フィードバック 他者の問いにふれることで、自分の見方も更新されるセッション。発表は「問いかけ」スタイルで行い、押しつけず、思考を開くことを重視します。

Day2 Session 4:クロージング(問いの種まき) 組織文化として「問い続ける姿勢」を残し、日常業務の中でソーシャルインサイト・プランニングを実践するための継続的な仕組みづくりについて話し合います。

このワークショップから生まれること

ソーシャルインサイト発掘ワークショップは、単なる手法習得の場を超えて、参加者全員によって、それぞれに異なる価値をもたらします。

顧客にとって:自分のモヤモヤが「社会的な意味」になる体験を得られます。個人的な違和感が、実は多くの人が共有する課題であることを知り、それが解決される可能性を感じることができます。

社会にとって:声なき声が文化として認知され始めるきっかけとなります。これまで「個人の問題」とされてきた違和感が、社会全体で取り組むべき課題として可視化されます。

企業にとって:新しい価値を先取りするための「文脈的競争力」を獲得できます。従来の競合分析では見えない、社会の潜在的ニーズを捉えることで、差別化された価値提案が可能になります。

ワークショップ自体が「未来の社会像を試作する」場となり、参加者は新しい文化の共創者として、能動的に価値創造に関わる体験を創出することができるのです。

体験としてデザインされた顧客・企業・社会の価値

ソーシャルインサイト・プランニングは「顧客・社会・企業」をつなぐ三方よしの構造を、体験としてデザインすることができる手法です。

従来のマーケティングが「企業から顧客へ」の一方向的な価値提供だったとすれば、ソーシャルインサイト・プランニングは「社会の潜在意識と共創しながら」価値を発見し、育てていくアプローチです。

違和感という小さな種から始まって、対話を通じて社会的意味を見出し、それを事業ストーリーに翻訳していく。このプロセス自体が、参加者にとって新しい世界観を体験する場となります。

ワークショップで発見された真のソーシャルインサイトは、参加者の組織を超えて、やがて社会全体の意識変革へとつながっていくことでしょう。

それでは、また来週お会いしましょう!!

ツールのテンプレートやワークショップの実際の進め方、現在も拡充を進めている「ソーシャルインサイトカード」、ファシリテーションガイドをご希望の方は、お問い合わせフォームからご連絡ください。

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