増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
先日ご紹介した船井幸雄さんの『百匹目の猿』では、「百人が気づくことで世界は変わる」という臨界点の概念について考察しました。この「百匹目の猿現象」を象徴的に捉え直すと、マーケティングやブランディングの現場で私たちが日々直面している課題に、新たな視座を提供してくれることに気づきます。
今回は、この臨界点の概念を「ソーシャルインサイト・プランニング」として体系化し、社会の潜在意識を読み解きながら、顧客・社会・企業の三者がそれぞれメリットを享受できる価値創造のプランニング手法について考えてみたいと思います。
船井さんの1冊のご紹介はこちら「百人が気づくことで、世界は確実に“本物”へと向かう!?『百匹目の猿』船井幸雄」をぜひご覧ください。

なぜ今、「社会の潜在意識」なのか
マーケティングの世界では長らく、明確化されたターゲットに対して適切な4P(Product・Price・Place・Promotion)を組み合わせることが王道とされてきました。
しかし、SNSが普及し、個人の声が瞬時に社会全体に波及する現代においては、「まだ言語化されていない社会の違和感や欲求」を捉えることの重要性が増しています。
例えば、「産休」「育休」という言葉。多くの人が何の疑問も持たずに使っていますが、実際に経験した方なら「全然休んでないよね!」という違和感を抱いたことがあるのではないでしょうか。
この違和感こそが、社会が無意識に抱えている「(よくよく見つめてみれば)ネガティブ(と解釈できるよう)な当たり前」であり、新たな価値創造の起点となる可能性を秘めています。
ソーシャルインサイト・プランニングの基本構造
今回ご紹介してみる「ソーシャルインサイト・プランニング」とは、以下の4つのステップで構成される手法です。
1.N1の声の収集と感度向上
最初の一人(N1)が発した小さな違和感や気づきを的確にキャッチする技術です。
この段階で重要なのは、調査やスクレイピングといった定量的な手法だけでなく、「私もそうかも!」という共感の感度を研ぎ澄ますことです。
実際の収集方法としては、以下のような方法が検討できるでしょう。
- SNS上の個人投稿の質的分析
- カスタマーサポートへの問い合わせ内容の精査
- 座談会や深層インタビューでの何気ない一言
- 「お困りごと募集」といった能動的な声の収集
ここで肝心なのは、表面的な不満ではなく、「なぜこれが当たり前だと思っていたんだろう?」という根深い違和感を見つけることです。
2.ソーシャルインサイトの体系的蓄積
N1の声を単発で処理するのではなく、社会の潜在的構造として体系化し、情報資産として蓄積します。ここで注目すべきは「ネガティブな当たり前や暗黙のカルチャー」です。
- 「一人=寂しい・可哀想」という価値観
- 「家事は女性の仕事、男性は『手伝う』だけ」という役割分担
- 「忙しい=頑張っている証拠」という働き方の美徳
- 「完璧でないと発信してはいけない」というSNSの暗黙ルール
これらの「当たり前」が実は多くの人にとって違和感の源泉になっていることを、AIとの対話なども活用しながら定期的に整理・更新していきます。
3.照らし合わせ(ソーシャル・リフレクション)と共鳴の可視化
収集したN1の声と蓄積されたソーシャルインサイトを照らし合わせ、「この個人の違和感は、実は社会全体が感じていることかもしれない」という仮説を立てます。
ただし、この判断は一人で行うものではありません。ステークホルダー(顧客代表、メディア関係者、社内外の多様な視点を持つメンバー)とともにストーリーを共有し、対話的にブラッシュアップしていくプロセスが重要です。
船井幸雄さんが説いた「本物は共鳴する」という原理を応用し、多くの人が「確かにそうだ」と感じるかどうかを、丁寧な対話を通じて見極めていきます。
4.社会文脈プランニングの構築
従来の4Pを基軸としたプランニングを、社会との接点や文脈を意識したストーリーへと拡張します。
Product(製品・サービス) → 社会課題解決への貢献価値 単なる機能的価値ではなく、社会の違和感を解消し、新たな文化を創造する価値
Price(価格) → 社会的コストを含めた適正価格 経済的対価だけでなく、社会に与える影響やステークホルダーへの還元を考慮した価格設定
Place(流通・販売) → 社会との接点・コミュニティとの関係性 単なる販売チャネルではなく、社会との対話や共創が生まれる場の設計
Promotion(販促・広告) → 社会ムーブメントとしてのストーリー 一方的な情報発信ではなく、社会の意識変革を促す文化的なナラティブの構築
実践事例:「産休・育休」から見えた言葉の違和感
「産休・育休」という言葉への違和感を起点に、実際のソーシャルインサイト・プランニングのプロセスを追ってみましょう。
N1の声:「産休・育休って言うけど、実際は24時間体制の育児で全然休んでないよね」
ソーシャルインサイトとの照合(リフレクション)
- 「休む=何もしない」という社会的な価値観
- 育児労働の不可視化・軽視される傾向
- 仕事以外の活動への社会的評価の低さ
ステークホルダーとの対話: 育児経験者、人事担当者、政策関係者などとの対話を通じて、「育児は休暇ではなく、別の形の重要な労働である」という共通認識が形成される
社会文脈プランニング
- 社会課題解決価値:育児の社会的価値を可視化し、支援体制を充実させる
- 適正な社会的コスト:育児支援にかかる真のコストを社会全体で負担する仕組み
- コミュニティとの関係性:育児する人同士、また育児を支援する人々との連帯を生む場づくり
- 文化変革のストーリー:「育児休暇」から「育児労働期間」への言葉の転換を促す社会的ムーブメント
もう一つの事例:「おひとりさま」の価値再評価
N1の声:「一人で映画を見に行くのって、なんで恥ずかしいと思っていたんだろう?」
ソーシャルインサイトとの照合
- 「一人=寂しい・可哀想」という固定観念
- 集団行動を美徳とする文化的背景
- 個人の時間を楽しむことへの罪悪感
ステークホルダーとの対話: 様々な年代・職業の人々との対話から、「一人の時間の充実=自立した大人の証拠」という新たな価値観への共感が確認される
社会文脈プランニング
- 社会課題解決価値:個人の自立と充実した時間の価値を社会が認める
- 適正な社会的コスト:一人でも利用しやすいサービス・空間への投資
- コミュニティとの関係性:「ソロ活」を通じて新たな出会いや学びが生まれるコミュニティ
- 文化変革のストーリー:「おひとりさま」から「ソロ充」への価値観の転換
三方よしの価値創造が生まれる瞬間
ソーシャルインサイト・プランニングの最大の特徴は、社会の潜在意識を可視化することで、顧客・社会・企業の三者がそれぞれ異なるメリットを享受できる点にあります。
*顧客にとって:自分が感じていた違和感が社会的に認知され、新たな選択肢や価値観を得られる
*社会にとって:無意識の固定観念や制約から解放され、より多様で包容力のある文化が形成される
*企業にとって:社会の変化を先取りしたポジショニングにより、持続的な競争優位性を獲得できる
この三方よしの構造が成立するのは、N1の小さな声から始まって、ソーシャルインサイトとの照合、ステークホルダーとの対話という丁寧なプロセスを経ることで、表面的なトレンドではなく、社会の深層にある真のニーズを捉えているからです。
「本物の共鳴」を見極める感度
船井幸雄さんは「本物は必ず伝播し、広がり、残る」と説きました。ソーシャルインサイト・プランニングにおいても、この「本物かどうか」を見極める感度が極めて重要です。
真の社会的ニーズは、一時的な話題性や表面的な共感を超えて、人々の深いところで「確かにそうだ」「これまでモヤモヤしていたことが言語化された」という響きを生みます。
この響きを捉えるためには、論理的な分析だけでなく、多様なステークホルダーとの対話を通じた感性的な判断が不可欠です。そして、その判断の精度を高めるためには、日常的にソーシャルインサイトを蓄積し、社会の「当たり前」に疑問を持ち続ける姿勢が求められます。
社会の潜在意識(インサイト)と共創する時代へ
ソーシャルインサイト・プランニングは、単なるマーケティング手法を超えて、社会の潜在意識と共創しながら新たな文化を創造するアプローチです。
百匹目の猿現象が示すように、ある臨界点を超えたとき、個人の小さな気づきは社会全体の意識変革へと飛躍します。その瞬間を捉え、意図的に価値創造へとつなげていくことで、企業は単なる利益追求を超えた社会的意義を持つ存在になることができるのです。
次回は、このソーシャルインサイト・プランニングを実際に組織で実践するためのワークショップ手順について、具体的な進め方をご一緒に考えてみましょう。お客様企業と広告会社が共同で取り組む「社会の潜在意識発掘ワークショップ」の設計について、詳しくお話しできればと思います。
それでは、また来週お会いしましょう。増田浩一