これからの時代の“マーケティング”を考える――「4P+PR=5P」がプランニングのキーに!?

これからの時代の“マーケティング”を考える――「4P+PR=5P」がプランニングのキーに!?

増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

最近、商品やサービスを選ぶ基準が大きく変わってきていることを感じています。以前であれば、「性能が良くて、価格が手頃で、使いやすい」という機能面や、「好きなブランドで、気分が良くなる」という情緒面で選択することが多かったと思います。

しかし、今は、それだけでは十分ではないようです。「この企業は社会に対してどのような姿勢を持っているのか」「この商品を選ぶことで、私はどのような価値観を表明することになるのか」といった、より深い意味を求める消費者が増えています。

つまり、商品選択が単なる購買行動を超えて、「私はどういう人間で、どのような社会を望んでいるか」の意思表示になっているのです。

今回は、なぜ今「機能と情緒」だけでは足りなくなったのか、そして商品選択が社会への意思表示になった時代に、企業はどのような戦略を取るべきかを考えてみたいと思います。

なぜ「機能と情緒」だけでは足りなくなったのか

従来のマーケティングでは、商品の機能的価値(品質、価格、利便性)と情緒的価値(ブランドイメージ、感情的満足)を提供すれば、顧客の心を掴めると考えられてきました。

しかし、なぜそれだけでは不十分になったのでしょうか。

まず、情報過多の時代に突入したことが大きな要因です。消費者は毎日膨大な商品情報に晒され、機能面での差別化が見えにくくなっています。スマートフォンを例に取れば、どのメーカーも高性能カメラ、長時間バッテリー、美しいデザインを謳っており、機能だけで選択するのは困難です。

同時に、似たような商品・サービスが市場に氾濫し、情緒的な訴求も画一化されています。「あなたらしさを大切に」「特別な時間を演出」といったメッセージは、もはや、どのブランドでも見かける表現になってしまいました。

さらに決定的なのは、社会課題への関心の高まりです。気候変動、労働環境、ジェンダー平等、子育て支援など、様々な社会的テーマが身近になり、消費者は「この企業は社会に対してどのような姿勢を持っているのか」を重視するようになりました。特に若い世代ほど、この傾向は顕著です。

つまり、消費者は商品の機能や感情的満足だけでなく、「この選択が社会にどのような意味を持つのか」「この企業と関わることで、自分はどのような価値観を表明することになるのか」を考えるようになった、考えざるを得なくなったのです。

商品選択が「私はどういう人間か」の表明になった時代

この変化を象徴する事例を見てみましょう。

パンテーンの「就活ヘア」キャンペーンは、単なるシャンプーの宣伝ではありませんでした。
「就活では黒髪でなければならない」という固定観念に疑問を投げかけ、「自分らしさを大切にする就活生」を応援するメッセージを発信しました。このシャンプーを選ぶことは、「私は既存の社会規範に疑問を持つ人間です」という意思表示になったのです。

味の素冷凍食品の「手間抜き論争」も同様です。
「冷凍餃子は手抜きである」というツイートに対して、公式アカウントが「手抜きではなく手間抜きです」と応答したことで、大きな共感を呼びました。この商品を選ぶことは、「私は効率的な家事で家族との時間を大切にする人間です」という価値観の表明になりました。

そして、スープストックトーキョーの離乳食持ち込み可の方針は、「私は子育て世代に理解のある社会を支持する人間です」という意思表示の場を提供しました。顧客がこの店を選ぶことで、自分の価値観を行動で示すことができるようになったのです。

これらの事例に共通するのは、企業が顧客に対して「この商品・サービスを選ぶことの社会的意味」を明確に提示していることです。

顧客は単に商品を購入するのではなく、自分がどのような人間で、どのような社会を望んでいるかを、その選択を通じて表現できるようになりました。

顧客の「社会的アイデンティティ確立」を支援する新しい関係性

ここで重要なのは、これが企業の一方的なメッセージ発信ではないということです。むしろ、企業が顧客の「社会の中での自分の位置づけ」を明確にするプロセスを支援する、新しい関係性が生まれています。

人は本来、社会との関係性の中で相対的に自分の人格を描き出す生き物です。

だからこそ、「自分が社会の中でどのような存在でありたいか」「どのような価値観を持つ人間として認識されたいか」という欲求を持っています。

味の素の事例で考えてみましょう。

働く親の多くは「冷凍食品を使うのは手抜きではないか」という罪悪感を抱えていました。

これは「良い親でありたい」という社会的アイデンティティと、現実の忙しさとの間で揺れ動いている状態です。

同社が「手間抜き」という概念を提示したことで、「効率的な家事で家族時間を大切にする親」という新しい自己定義の選択肢を提供しました。

顧客はこの商品を選ぶことで、「私はこういう価値観を持つ人間です」と社会に対して表明できるようになったのです。

スープストックの事例でも同様です。

子育て中の親にとって「外食時に子どもに配慮してもらえる」ことは、単なる利便性を超えて「子育てを理解してくれる社会の一員として認められた」という安心感につながります。

この店を選ぶことで、「私は多様性を大切にする社会を支持する人間です」という立ち位置を表明できるのです。

つまり、企業は商品・サービスに社会的文脈を組み込むことで、顧客が「社会の中での自分の位置づけ」を確認し、表明するための手段を提供しています。

そして、多くの顧客がその価値観に共感し、同じ選択をすることで、結果的に社会全体の価値観が少しずつ変化していく。これが新しい企業と顧客の関係性なのです。

ただし、重要なのは社会的アイデンティティは決して固定的なものではないということです。

時代の変化、ライフステージの変化、社会情勢の変化によって、人々の価値観や「ありたい自分像」は絶えず揺らぎ、進化していきます。だからこそ企業には、顧客と一緒にその変化を見つめ、新しい自己定義の可能性を探求し続ける姿勢が求められます。

この意味で、企業と顧客の関係は「共創」と呼ぶにふさわしいものです。

企業が一方的に価値観を提示するのではなく、顧客の声に耳を傾け、社会の変化を敏感に感じ取りながら、共に「これからの時代にふさわしい生き方」を模索していく。商品・サービスは、そうした継続的な対話と探求のためのツールであり、メディアでもあるのです。

4P+PRの実践:分断されていた機能の統合が鍵

では、このような関係性を築くために、企業は具体的に何をすべきでしょうか。従来のマーケティングミックス4P(Product、Price、Place、Promotion)に、PR(Public Relations)の視点を加えた「4P+PR」の発想が重要になります。

しかし、ここで重要なのは単にPRを追加するということではありません。これまで多くの企業では、4PとPRは完全に分断されていました。

商品開発部門が機能や価格を決め、営業部門が販売チャネルを設計し、宣伝部門がプロモーションを企画し、広報部門が社会との関係性を管理する。それぞれが異なる部署で、異なるKPIで、異なるタイミングで動いていたのです。

この分断こそが、「機能と情緒だけでは足りない」時代への対応を困難にしてきた根本的な課題です。商品の機能的価値と社会的意義が切り離されていては、顧客の「社会的アイデンティティ確立」を支援することはできません。

真の「4P+PR」とは、商品・サービスの企画段階から、「この取り組みが社会にどのような価値を提供するのか」「顧客がこれを選ぶことで、どのような意思表示ができるのか」を設計に組み込むということです。つまり、従来は別々の部門が担っていた機能を統合し、ノウハウを融合させることが不可欠なのです。

まず必要なのは、自社が大切にする価値観を明確にすることです。

スープストックであれば「多様性への理解」、味の素であれば「家族時間の価値」といったように、企業として社会に伝えたいメッセージを定めます。

ただし、これは表面的なスローガンではいけません。経営陣から現場スタッフまで、組織全体が本気で信じている価値観でなければ、顧客には伝わりません。

次に、その価値観を商品・サービスの設計に具体的に反映させます。離乳食の持ち込み可能という具体的なサービス変更、「手間抜き」という言葉の再定義、就活の固定観念への問題提起など、価値観を形のある取り組みに落とし込むことが重要です。

そして、顧客がその価値観に共感し、自分の意思表示として選択できるような文脈を整備します。単に商品の機能を説明するのではなく、「この選択があなたにとって、そして社会にとってどのような意味を持つのか」を明確に伝えるのです。

最後に、そして最も重要なのは、一貫性を保つことです。一度発信した価値観は、その後のすべての企業活動において貫かれなければなりません。顧客は企業の本気度を厳しく見ています。表面的な取り組みや、一時的なキャンペーンでは、逆に信頼を失うリスクもあります。

また、この取り組みには一定のリスクも伴います。明確な価値観を示すということは、それに反対する人々からの批判を受ける可能性もあるからです。

しかし、「誰からも嫌われない」ことを目指すのではなく、「共感してくれる人との深い関係性」を築くことが、これからの時代には重要なのです。

事業者として実践できることとは!?

商品選択が社会への意思表示になる時代において、最も重要なのは企業自身の姿勢です。

顧客が「社会的アイデンティティの確立」を求めているということは、裏を返せば、企業もまた「社会の中での自分の存在意義」を絶えず問い続けなければならないということを意味しています。

「私たちは何のために存在するのか」「社会に対してどのような価値を提供したいのか」「この変化し続ける時代において、どのような役割を果たすべきなのか」
——こうした根本的な問いと向き合い続ける企業だけが、顧客の自己定義プロセスを本当の意味で支援できるのです。

なぜなら、顧客の社会的アイデンティティが絶えず揺らぎ、進化していくように、企業の存在意義や社会的役割もまた、時代とともに変化していくものだからです。固定化された企業理念やミッションステートメントではなく、社会の変化に敏感に反応し、自分たちの立ち位置を柔軟に見直していく姿勢こそが求められています。

スープストック、パンテーン、味の素の事例に共通するのは、単に商品・サービスを提供するだけでなく、「私たちはこのような社会を目指している」という明確な意思表示を続けていることです。

そして、その意思表示は一度きりのものではなく、顧客や社会との対話を通じて継続的に深められ、時には修正されていくものでもあります。

この継続的な自己問いかけを支えるのは、情報の点と点をつなぎ、文脈として物事を理解する力です。社会の変化、顧客の声、競合の動向、技術の進歩——これらの断片的な情報を統合し、自社の存在意義との関係性の中で解釈していく作業が不可欠です。

幸い、現在はAIの力を借りることで、膨大な情報の収集・分析・パターン認識を効率化できるようになりました。

しかし重要なのは、AIが提供する情報をチーム全体で共有し、多様な視点から議論を重ねることです。

一人の経営者の直感だけでなく、現場スタッフの肌感覚、マーケティング担当者の データ分析、広報担当者の社会動向への洞察などを統合することで、初めて自社の社会的役割の変化を的確に捉えることができるのです。

皆さんの企業では、経営陣から現場スタッフまで、全員が自社の社会的存在意義について語れるでしょうか。そして、それは昨年と同じ答えでしょうか、それとも時代の変化とともに進化しているでしょうか。さらに、そうした議論の材料となる情報を、チーム全体で効果的に収集・共有・解釈する仕組みが整っているでしょうか。顧客との深い関係性を築くためには、まず企業自身が「社会の中での自分」と真摯に向き合い続けることから始まるのです。

それでは、また来週お会いしましょう。

ソーシャルインサイトに関しては、こちらの1冊「百人が気づくことで、世界は確実に“本物”へと向かう!?『百匹目の猿』船井幸雄」もぜひご覧ください。おすすめです。

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