みなさん、こんにちは。増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
私は、広告会社で内外連携のもと新規事業を生み出していくインキュベーションセンターの部長の役割をいただきながら、中小企業診断士としても活動しております。
#考えるノート と題して、週に1回、私がさまざまなご支援のもとで考えたことや、経営者や専門家の方からヒントを頂いたことについて、まとめて発信をしております。
今回は、これからの企業ブランディングの新たな地平を切り開く「アクティビティ・エンゲージメント」という概念について考えていきましょう。
メディアの語源から見直す企業と社会の関係性
皆さんは「メディア」という言葉の本来の意味をご存知でしょうか?
ウェブリオ辞書で「メディア」を調べてみました。
「media」とは、伝達手段・媒体・媒介・マスコミなどを意味する英語表現である。
「media」とは、「通信・伝達・表現などの手段」や「媒体」、「媒介」などを意味する英語の名詞である。
また、ここから転じて「マスコミ」や「マスメディア」の意味で用いられることもある。
「媒体」とは2つの物の間に取り入って事物のやり取りのなかだちを行うもので、例えば「情報媒体(information media)」であれば2者間の情報のやり取りを行うための手段を意味する。「medium」という名詞の複数形であるが、「マスコミ」の総称として用いる場合は単数扱いとするケースもある。
メディアはラテン語の「medium(媒介するもの)」を語源とし、本質的には「中間に位置するもの」「仲介者」を意味します。しかし現代では、テレビや新聞といった情報伝達手段を指す言葉として捉えられがちです。
特に日本のブランディング(界隈)とそれが発端となり波及したイメージにおいて、テレビCMを展開することが長らく中心的役割を果たしてきました。企業は莫大な広告費をかけてマスメディアに情報を流し、消費者の認知と好意を獲得するというのが王道でした。
しかし、デジタル化とソーシャルメディアの普及は、この一方通行のコミュニケーションモデルを根本から変えつつあります。今、私たちはメディアの本質に立ち返るべき転換点に立っているのではないでしょうか。
本来、メディアとは「共感の場」であり、価値観を媒介する存在です。そして事実として、現代において、その場は必ずしも既存のメディアチャネル“だけ”である必要はないということなのです。
従来型ブランディングの限界
伝統的なブランディング手法が直面している課題は、明らかです。
まず、マスメディアだけに依存するかたちのブランディングは、情報過多の現代において、その効果を中長期には再検討しながらともに磨いていく必要に立たされている状況であると言うことができるでしょう。誰もが情報発信者となり得る時代に、企業からの一方的な発信は埋もれてしまうことも考えられるためです。
また、表層的なイメージ戦略に重点を置いたブランドコミュニケーションへの信頼性が低下しています。消費者はブランドに対して、より深い価値観の共有や社会的役割の遂行を求めるようになっています。
さらに、社会課題解決と企業価値創造が分断されていることも大きな問題です。CSR活動は「善行」として企業本業とは切り離されがちであり、本業を通じた社会的価値創出という理想と現実には大きな隔たりがあります。
これらの課題に対応するためには、従来のブランディング概念を超えた新たなアプローチが必要です。
もちろん短期的には、マスメディアの力は大きなものがあります。これだけ広く公平にニュースが届けられるシステムを構築されている資産は貴重なものです。しかし、中長期的にはそうした盤石と見られた地位も変化の波にさらされていると思います。
変化を見越して、今のうちから、関係者が一緒になって、新しい方向性を模索する起点にいま、私たちは立っているのではないかと思います。
後述しますが、それは広告会社、コンサルティング会社、広告主である事業会社、メディア各社だけにとどまらず、いまや発信者で関与者でもある生活者一人ひとりとしての私たちが皆、共有できる課題なのではないでしょうか。
「アクティビティ・エンゲージメント」という新たな潮流
ここで私が提唱したいのが「アクティビティ・エンゲージメント」という概念です。
アクティビティ・エンゲージメントとは、社会的活動そのものに企業が深く関与し、その活動を通じて企業と社会の新たな関係性を構築していく活動そのものとしての“ブランディング手法”です。
従来の協賛やスポンサーシップとの大きな違いは、単なる資金提供や名前貸しではなく、活動への実質的な参画と共創を重視する点にあります。
企業は活動の「支援者」から「共創者」へとその役割を変えることで、活動そのものがメディア(媒介)となり、より深い次元での関係構築を可能にします。
この概念は「企業が副業する時代」とも表現できるでしょう。本業とは異なる社会的活動に企業がコミットし、その活動を通じて新たな価値観や能力を獲得していく——これは個人が副業を通じて新たな視点や能力を得るプロセスに似ています。
アクティビティ・エンゲージメントの時代において、企業は単に製品やサービスを提供する経済主体を超え、社会の中で多様な活動に参画する「活動体」としての側面を強めていくことになります。
アクティビティ・エンゲージメントが促す「意識マイニング」
人間の意識のうち、無意識の領域は9割以上を占めると言われています。私たちの行動や判断の多くは、自覚していない潜在的な価値観や欲求に基づいています。
アクティビティ・エンゲージメントの本質的価値は、この潜在的な「意識のマイニング(掘り起こし)」を促進する点にあります。
社会的活動に実質的に参画することで、企業やそこで働く人々は、日常業務の中では気づきにくい潜在的な価値観や使命感に触れる機会を得ます。これは単なる理念や方針の策定とは異なる、身体的・感覚的な体験を通じた「気づき」のプロセスなのです。
例えば、環境保全活動に参画した企業が、その経験を通じて自社の事業における環境負荷に対する新たな認識を得る。あるいは、教育支援活動への参画が、自社の人材育成の本質的な意義への気づきをもたらす——。
こうした「気づき」が、内発的な動機付けに裏打ちされた行動変容につながるのです。そして、その変容が企業活動全体に波及することで、より本質的で持続可能なブランド価値の創出が可能になります。
アクティビティ・エンゲージメントの設計と実行
では、具体的にどのようにアクティビティ・エンゲージメントを実践すれば良いのでしょうか。
まず重要なのは、自社の強みと社会課題を結びつける活動領域の特定です。自社のケイパビリティや価値観と親和性の高い社会的活動を見つけることが、持続的な参画の基盤となります。
次に、単なる資金提供を超えた参画の設計が必要です。社員の参加機会の創出、専門知識やネットワークの提供、場の共同運営など、多層的な関与の方法を考えます。
そして、活動から生まれる価値のメディア化と循環を意識することも重要です。活動の中で得られた気づきや成果を、社内外に共有し、対話の種とする。それによって更なる共感と参画を生み出すサイクルを構築します。
特に注目すべきは、アクティビティ・エンゲージメントを通じて生まれるコンテンツの価値です。
活動に深く関与することで得られる本質的な物語や気づきは、企業のPR活動やIR活動においても大きな価値を持ちます。作られたストーリーではなく、実体験に基づく本物の物語は、ステークホルダーの心に深く響くものです。
先進企業に見るアクティビティ・エンゲージメントの実践事例
さて、ここでは、アクティビティ・エンゲージメントの可能性をより具体的に理解するために、先進的な取り組みを行っている企業の事例を見てみましょう。
パタゴニア:環境活動をコアバリューに据えた事業展開
アウトドアアパレルブランドのパタゴニアは、単なる環境保護支援を超え、環境活動そのものを事業の中核に位置づけています。2022年に創業者のイヴォン・シュイナードが会社の所有権を「地球」に譲渡し、全ての利益を環境保護団体に寄付する仕組みを構築したことは、究極のアクティビティ・エンゲージメントと言えるでしょう。
注目すべきは、こうした活動が”付加的な社会貢献”ではなく、ブランドのコアバリューと不可分に結びついている点です。環境活動への深い参画から生まれた「Worn Wear」(修理サービス)や「リサイクル素材の開発」といった取り組みは、新たなビジネスモデルの創出にもつながっています。
パタゴニアの事例は、活動への参画がブランド・アイデンティティの形成と新たな事業機会の創出に直結することを示しています。
また、こうした取組には、ステークホルダー全体が参画しやすいのも特徴でしょ。
石井スポーツ:山岳遭難救助支援から生まれる専門性と信頼
登山・アウトドア用品専門店の石井スポーツは、山岳遭難救助活動への深い関与を通じて、独自のブランド価値を築いています。同社は単なる資金提供だけでなく、救助隊への専門的な装備提供や技術的サポート、社員の救助活動参加など、多層的な形で山岳救助活動に参画しています。
この活動を通じて同社は、山岳環境下での装備の実用性に関する知見を蓄積し、それを商品開発やユーザーへのアドバイスに活かしています。また、救助活動の現場で得た経験は、「安全登山講習会」などの形で顧客に還元されています。
この事例は、企業の専門性と親和性の高い活動に深く関与することで、無理のないアクティビティ・エンゲージメントが実現できることを示しています。
セールスフォース:1-1-1モデルによる社員参画型の社会貢献
クラウドサービス大手のセールスフォースは、創業時から「1-1-1モデル」という独自の社会貢献モデルを実践しています。これは、企業資産の1%、社員の勤務時間の1%、製品の1%を社会貢献に充てるというもので、特に注目すべきは社員の活動参画を制度化している点です。
全社員に年間7日間(56時間)のボランティア休暇が付与され、社員は勤務時間内に自身が関心を持つ社会活動に参画できます。また、社員の活動参画を促進する社内プラットフォーム「Volunteerforce」を構築し、参加のハードルを下げる工夫も行っています。
この取り組みから、社員がボランティア活動で得た視点や経験、ネットワークが、製品開発や顧客サービス、組織文化の形成に還元されています。社員エンゲージメントの向上にも寄与しており、「Great Place to Work」でのランキングでも常に上位に位置しています。
これらの事例に共通するのは、単なる広報活動としてではなく、事業や組織のあり方と密接に結びついた形で社会的活動に参画している点です。そして、活動を通じて得られた気づきや知見、関係性が、事業の発展や組織文化の醸成に有機的に還元されているのです。
アクティビティ・エンゲージメントの本質は、この「参画」と「還元」の循環にあると言えるでしょう。
企業が担う社会的役割の新たな地平
アクティビティ・エンゲージメントは、企業が本来社会的に負っている役割を果たしていくための、実践的なアプローチと言えるでしょう。
マーケティング予算や広告費といった「余剰資金」の一部を、社会的活動への参画に戦略的に投資することで、社会価値と企業価値の同時創造が可能になります。従来の広告出稿と比較しても、長期的には同等以上のブランド価値創出効果が期待できるのです。
さらに、アクティビティ・エンゲージメントは、持続可能な関係構築の基盤となります。共に活動し、価値を創造した経験は、一過性の広告接触とは比較にならない強固な絆を生み出します。
そして何より、この取り組みは社会と企業の境界を超えた新たな価値創造の可能性を秘めています。企業が「副業」として社会的活動に参画することで、本業では見えなかった新たな機会や発想が生まれる。それが企業変革や事業創造のきっかけとなることもあるのです。
「ブランディングのためだけに協賛する」のではなく、「活動への参画を通じて自らも変容していく」——このような姿勢こそが、アクティビティ・エンゲージメントの時代において求められるのではないでしょうか。
アクティビティエンゲージメント時代の各プレイヤーの役割変化
アクティビティ・エンゲージメントが浸透していくにつれて、従来のビジネスエコシステムにおける各プレイヤーの役割も大きく変容していくでしょう。
事業会社:「活動主体」から「活動媒介者」へ
従来、事業会社は自社の製品・サービスを提供する「活動主体」でした。しかし、アクティビティ・エンゲージメントの時代には、自社の事業領域を超えた社会的活動の「媒介者」としての役割も担うようになります。
これは単なるCSRの拡張ではなく、本業とは別の「社会的副業」を持ち、そこから得られる知見や関係性を本業にフィードバックする循環を生み出す新たなビジネスモデルとも言えるでしょう。
メディア企業:「情報伝達者」から「活動プラットフォーム」へ
従来型メディアは、情報を伝達する「パイプライン」として機能してきました。しかし、アクティビティ・エンゲージメントの時代には、社会的活動の「場」を提供する「プラットフォーム」としての役割が重要になります。
メディア企業は、単に情報を伝えるだけでなく、読者・視聴者と企業が共に参画できる活動のハブとなることで、新たな価値創造の中心的存在となるでしょう。
広告会社:「メッセージ設計者」から「活動デザイナー」へ
広告会社は従来、企業のメッセージやクリエイティブを設計する役割を担ってきました。アクティビティ・エンゲージメントの時代には、社会的活動そのものをデザインし、企業と社会をつなぐ「活動デザイナー」へと進化していくことが求められます。
これは、単なるイベント設計やプロモーション企画を超えた、社会課題解決と企業価値創造を両立させる「活動のグランドデザイン」という新たな専門性を意味します。
コンサルティング企業:「戦略立案者」から「共創ファシリテーター」へ
コンサルティング企業は従来、外部専門家として戦略立案やアドバイスを提供してきました。アクティビティエンゲージメントの時代には、多様なステークホルダーとの「共創」を促進する「ファシリテーター」としての役割が重要になります。
企業と社会の境界を越えた対話と協働のプロセスを設計し、そこから生まれる価値を最大化する触媒的存在として、新たな価値を発揮するでしょう。
NPO・社会起業家:「支援先」から「共創パートナー」へ
従来、NPOや社会起業家は企業からの支援を受ける「受益者」的な位置づけでした。アクティビティ・エンゲージメントの時代には、企業と対等に協働する「共創パートナー」として、その専門性や現場知識を活かした主体的な役割を担います。
企業にとっても、彼らは単なる支援先ではなく、自社では得られない知見や能力、ネットワークを持つ貴重なパートナーとなるのです。
このように、アクティビティ・エンゲージメントの浸透は、従来のビジネスエコシステム全体を変容させ、各プレイヤーの役割や関係性を根本から再定義することになるでしょう。その中で生まれる新たな価値連鎖が、持続可能な社会と経済の発展を支える重要な基盤となっていくのです。
メディアの本質に立ち返る時
アクティビティ・エンゲージメントという概念は、メディアの本質に立ち返ることでもあります。
情報を一方的に伝えるのではなく、価値観を媒介し、共感の場を創る。そして、その活動自体がメディアとなることで、参加者の潜在意識に働きかけ、内発的な変容を促す——。
企業がこのような「媒介者」としての役割を担うことで、社会と企業の関係性は新たな次元へと進化していくでしょう。そして、その過程で掘り起こされた意識の鉱脈こそが、持続可能な未来を築く貴重な資源となるのです。
ブランドは何を語るかではなく、何を実践するかによって定義される時代。アクティビティ・エンゲージメントこそが、その時代にふさわしいブランディングの新たな地平を切り開くものと確信しています。
それでは、また来週お会いしましょう。
来週は、今回とりあげたアクティビティ・エンゲージメントの考え方と、マイケル・E・ポーター氏提唱のCSV(共有価値の創造)の考え方に照らして、どのように考え方を展開していけばいいのか、これからの時代における価値ポイントを深く見つめていきたいと思います。
こちらの1冊「【社会のために企業は存在できるか?】経済的価値と社会的価値を同時実現する 共通価値の戦略|マイケル・E・ポーター」もぜひご覧ください。
