前回「本当に“人を活かす”ために(前編)― 式年遷宮に学ぶ 人間社会の自然なリズムと組織の知恵 ―」は、式年遷宮システムに見られる20年という周期性と、その柔軟な組織設計について見てきました。後編では、このシステムが現代社会に投げかける、より本質的な示唆について考えていきたいと思います。
「正社員」概念の解体と再構築
式年遷宮システムで特に興味深いのは、中核となる技能者の位置づけです。彼らは確かに「常勤職員」として雇用が保障されていますが、それは単なる身分保障ではありません。
彼らに求められているのは、技術の本質を理解し、それを次世代に伝える能力です。
これは、現代の「正社員」という概念に重要な示唆を与えてくれます。
今日、終身雇用を前提とした正社員制度は、しばしば組織の硬直化や個人の成長停滞を招く要因として指摘されています。
仕事をしてもしなくても一定の給与が保証されることが、かえって人の学びを阻害する可能性があるのです。
式年遷宮システムは、この課題に対するひとつの解答を示しています。
それは、「身分」としての雇用保障から、「能力」に基づく価値創造への転換です。事実、式年遷宮においては、中核技能者は、単に雇用が保障されているのではなく、次の遷宮に向けた技術伝承という明確な責務を担っています。
また、同時に中核人材とし得選ばれることがなかった人材は、市井において重要な仕事が待ち受けています。それは一般市場において大工として活躍するというものです。
式年遷宮において得られた技術が、市場に解放されていく、その中で、さらなる技術の継承や革新も期待することができるのです。
ステレオタイプに選ばれている=○、選ばれていない=×という単純な構図でものごとを見てしまうのではなく、一人ひとりの職人と場の組み合わせの可能性について触れていくべきなのでしょう。
エントロピー増大に抗(あらが)う「踏みとどまり」
ここでより本質的な視点を提示する必要があります。
それは、「一定程度踏みとどまる」ことの重要性です。
あらゆるシステムにおいて、エントロピー(無秩序さ)は必然的に増大していきます。技術や知識も、放っておけば必ず劣化し、散逸していきます。この自然な傾向に抗うためには、意識的な「踏みとどまり」が必要なのです。
式年遷宮システムにおける30名の中核技能者の存在は、まさにこの「踏みとどまり」を体現しています。彼らは、単なる技術の保持者ではなく、価値の散逸を防ぐ「核」として機能しているのです。
この「踏みとどまり」は、しかし、硬直化や保守化を意味するものではありません。
むしろ、確かな基盤があるからこそ、柔軟な変化や創造的な挑戦が可能になるのです。式年遷宮システムが1300年以上も持続できた理由の一つは、この「踏みとどまり」と「革新」のバランスにあると言えるでしょう。
AI時代の働き方に関する示唆
このような視点は、AI技術が急速に発展する現代において、特に重要な意味を持ちます。
AIの導入によって、多くの定型的な業務は自動化されていくでしょう。
しかし、それは人間の役割が不要になることを意味するのではありません。むしろ、人間だからこそできる創造的な価値創造の重要性が、より一層高まっていくと考えられます。
式年遷宮システムが示唆するのは、AIをプラットフォームとしながら、人間固有の創造性をいかに発揮していくかという方向性です。技術の本質を理解し、それを次世代に伝えていく。
その過程で新しい価値を創造していく。このような営みこそ、AI時代における人間の本質的な役割となるのではないでしょうか。
おわりに ―― 本当に“人を活かす”ということ
式年遷宮という古来のシステムが私たちに教えてくれるのは、「本当に人を活かす」ということの本質です。
人には生きるために負荷がかかっています。それも当然です。食べなくてはならないし、そもそも一定程度運動しなければ(運動できるように)作られて、進化しているのですから。
だから、この自然の状態に反することは理想ではないのです。
理想は、一定の負荷を受け入れて、その中で、自由を得るという発想です。
それは、以下のようにまとめることができるかもしれません。
- 人間社会に内在する自然なリズムを尊重すること
- 確かな基盤(踏みとどまり)を持ちながら、革新を促進すること
- 個人の自律的な成長と組織の発展を両立させること
これらの要素は、AI時代における新しい組織・人材育成モデルを考える上でも、重要な示唆を与えてくれます。
1300年以上も持続してきたシステムの知恵は、私たちの未来を照らす灯りとなるのではないでしょうか。