「今日、雨降るよ」
「今日、雨降るね」
情報量は同じ。伝えている中身も、たぶん同じ。なのに、受け取ったときの感触が違う。
「よ」は、相手がまだ知らないことを渡す言葉。渡す側と、受け取る側。そこに、小さな高低差が生まれる。教えてあげている。伝えてあげている。優しさのつもりでも、気づけば少し高いところから話している。
では「ね」は安全か。そうとも言い切れない。
「ね」は、相手も同じ景色を見ている前提の上に立つ言葉。隣に並んで、同じ方向を見ている、という賭け。もし同意されなかったら。もし景色がずれていたら。いちばん脆く壊れるのも、実は「ね」の方かもしれない。
「よ」は一方的な分だけ、強い。
「ね」は対等に見える分だけ、賭けている。
語尾ひとつで、立っている場所が変わる。
「よ」は上から手渡す言葉で、「ね」は隣に賭ける言葉なのかもしれません。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
