中屋敷均『わからない世界と向き合うために』――わからなさを引き受ける者だけが、次の一歩を選べる

中屋敷均『わからない世界と向き合うために』の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「わからない」を弱さとして隠すのではなく、意思決定の前提として引き受けること。科学が発達しても消えない不確実性と正面から向き合う姿勢こそが、次の一歩を選ぶ力になるのだと思います。
 
1.不確実性の受容:科学が発達しても、賽の目のように予測しきれない領域は残り続けることを認める。
2.自己決定の覚悟:ゼロにならないリスクの中で、自分の基準に基づいて選択を引き受ける。
3.独立した個の設計:外部と内部を分ける「膜」を持つことが、しなやかな組織や個人をつくる。

  • 平安時代の白河法皇が「賽の目」を意のままにならないものの象徴として嘆いたという逸話をご存じでしょうか。
  • 実は、21世紀の科学がどれほど進んでも、私たちは同じように「わからないもの」と隣り合わせで生きています。
  • なぜなら、ワクチンの副反応のように、統計的な確率でしか語れず、個人のレベルでは何が起こるか誰にも断言できない領域が、この世界には数多く存在するからです。
  • 本書は、そうした「わからなさ」を科学的な視点から丁寧に解きほぐしながら、それでも人がどう選択し、どう生きていくべきかを問いかける一冊です。
  • 本書を通じて、経営やブランディングの現場で私たちが日々向き合っている「正解のない意思決定」について、あらためて考え直すきっかけを得られるのではないかと思います。

中屋敷均さんは1964年、福岡県のお生まれです。

1987年に京都大学農学部農林生物学科を卒業し、博士(農学)を取得された後、神戸大学大学院農学研究科の教授として、植物や糸状菌を材料にした染色体外因子(ウイルスやトランスポゾン)の研究を続けてこられました。

専門は分子生物学でありながら、その筆致は科学の枠を超えて、生命や社会のあり方そのものへと広がっていくのが特徴です。

『ウイルスは生きている』は2016年に講談社科学出版賞を受賞し、『科学と非科学』は東京大学をはじめ多くの大学や高校の入試問題として採用されているということですから、その論理の明晰さと文章の読みやすさは、専門家からも読者からも高く評価されているのだと思います。

趣味は将棋、山歩き、テニスとのことですが、勝負や偶然性、そして自然という「わからないもの」と日常的に対峙してこられた経験も、本書の視点の背景にあるのかもしれません。

研究者としての厳密さと、生活者としての実感を往復しながら書かれる文章だからこそ、専門知識のない読者にも「わからなさ」の本質がすっと届くのだと感じます。

わからなさを前提に置くところから経営は始まる

賽の目が古来「神意」の象徴とされてきたように、人は先の読めないものに何かしらの意味を見出そうとしてきました。

しかし科学がどれほど発達しても、確率でしか語れない領域は消えることがありません。

経営の現場でも、「わからない」を弱さとして隠すのではなく、意思決定の前提として扱う姿勢が、まず問われるのだと思います。

確率は個人の運命を教えてくれない

ワクチンの副反応のように、「起こる確率は低いが、起きた人には100%の出来事になる」という領域があります。

全体の統計としては説明できても、目の前のひとりが何に当たるかは、誰にもわかりません。

経営における市場予測や新規事業の判断も、実はこれと同じ構造を持っています。

過去のデータから傾向をつかむことはできても、自社が実際にどちらの結果を引くかは、走り出してみるまでわからないのです。

「賽の目」が支配するような「わからない世界」は、あなたのすぐ横に大きな口を開けて広がっています。

この一文は、経営者が抱える不安の正体を、実に率直に言い当てていると感じます。

例えば、ブランディングやマーケティングという活動ひとつとっても、「これをやれば必ず売れる」という保証はどこにもありません。

むしろ、保証がないことを認めたうえで、それでも進む理由を言語化できるかどうかが、ブランドの芯をつくるのだと思います。

「わからない世界」を認めることが意思決定の起点になる

不確実性を認めることは、思考停止ではありません。

むしろ逆で、「わかったつもり」になっている状態のほうが危険です。

市場調査や過去の成功事例に頼りきった経営判断は、一見合理的に見えても、実は「わからなさ」から目を逸らしているだけということが少なくありません。

本書が示すように、科学ですら万能ではないという前提に立つからこそ、人はより慎重に、より謙虚に、そしてより主体的に意思決定に向き合えるのだと思います。

私自身、クライアント企業のビジョン策定に伴走する中で、「わからないことをわからないと言える組織」のほうが、結果として筋の良い戦略にたどり着くケースを何度も見てきました。

解像度の高い問いを立てられるかどうかは、まず不確実性を直視できるかどうかにかかっているのだと感じます。

正解のない選択を、自分の基準で引き受ける

「わからない」を認めたその先で問われるのは、それでも選ばなければならないという現実です。

リスクをゼロにすることはできません。

だからこそ、何を基準に選ぶかという、自分自身の物差しが必要になります。

ゼロにならないリスクとどう付き合うか

私たちは飛行機事故のリスクよりも、車を運転するリスクのほうを軽視しがちです。

統計的な確率と、体感的な恐怖のあいだには、常にずれがあります。

しかし、そのずれを正すことよりも大切なのは、「ゼロリスクはこの世に存在しない」という事実を、まず受け入れることだと思います。

新規事業も、ブランディングの刷新も、リスクを完全に排除してから動くことはできません。

むしろ、リスクを正確に見積もったうえで、それでも進むという判断そのものが、経営の本質なのだと感じます。

「正解のない選択」ができるかどうかも、同じ構造の話です。

人生を大きく左右する重い選択ほど、現実には正解が存在しません。
にもかかわらず、選択肢のリスクとベネフィットを正確に把握しようと足がすくんでしまうことがあります。

しかし、それを乗り越えて自分なりの答えを選び取ることこそが、経営者にもリーダーにも求められている姿勢だと思います。

「自分で選ぶ」ことが自由と責任を同時に引き受けること

本書には、ジャック・ウェルチの「自ら選ばない者は、他人に支配される」という考え方への言及があります。

リスクを提示するという手法は、不安を煽って人を支配することと表裏一体である

これは、リスクを煽って人を思い通りに動かそうとする構造への警鐘として読めます。

企業のブランディングにおいても、恐怖や不安を煽って選ばせるやり方は、短期的には効果があっても、長期的な信頼にはつながりません。

むしろ、リスクを正確に伝えたうえで、相手自身に選んでもらう、その誠実さこそが、経営やブランディングの土台になるのだと思います。

自分の選択をベストにする力とは、正解を見つける力ではなく、選んだあとの現実と向き合い続ける力なのだと、あらためて感じさせられました。

独立した個であることが、組織を健全にする

正解のない選択を引き受けるためには、そもそも「自分」というものが、外部の圧力や空気から独立して存在している必要があります。

本書が紹介するハンス・ヨナスの生命観は、この「独立していること」の意味を、生物学的な視点から鮮やかに描き出しています。

「膜」を持つことが自律を可能にする

ヨナスは、生命の本質を「外部と内部を分ける膜」を持ち、そのうえで環境と物質をやり取りし続ける代謝のプロセスに見出しました。

膜がなければ、生命は周囲の環境と同化して溶けてしまいます。

逆に、膜が完全に閉じてしまえば、代謝ができずに死んでしまいます。

生命の本質は、外部と内部を区別することによって初めて維持される生の状態にある

この視点は、組織や個人のあり方にもそのまま重なります。

周囲の意見や市場の空気を完全に遮断してしまえば、組織は独りよがりになり、環境変化についていけなくなります。
かといって、外部の声にすべて同化してしまえば、その組織や個人の「らしさ」は失われてしまいます。

健全な自律とは、開きながらも境界を保つという、絶妙なバランスの上に成り立っているのだと思います。

独立した個の集合体こそ、しなやかな組織になる

ヨナスはさらに、独立した生命を「敵対する」ことと混同してはならないと指摘しています。

独立していることと、周囲と無関係であることは根本的に違います。

むしろ、独立した個であるからこそ、異なる論理や価値観を持つ相手と、健全な関係を築くことができるのだと思います。

企業組織においても、全員が同じ価値観に同化した集団は、一見強く見えても、外部環境の変化に対して脆いものです。

むしろ、それぞれが「自分の膜」を保ちながら、必要な情報や視点をやり取りし続けられる組織のほうが、長期的にはしなやかに生き残っていくのだと感じます。

自分の頭で考える文化を組織の中に根づかせることは、この独立した個を育てることと、実は同じ営みなのだと思います。

分かるということについて、翌々考えてみるということが、ものごととの向き合いを前に進めていくヒントになるかも知れません。こちらの1冊「『考えない哲学』吉田幸司――決断の意味は、身を投げてみて初めてわかる」もぜひご覧ください!!考え抜いた先に、それでもどうしても、わからないことがある・・・そんな「考えない」哲学な1冊。

まとめ

  • わからなさを前提に置くところから経営は始まる――科学がどれほど発達しても消えない不確実性を、弱さではなく前提として引き受けることが、意思決定の出発点になります。
  • 正解のない選択を、自分の基準で引き受ける――ゼロにならないリスクの中で、恐怖や空気に流されるのではなく、自分自身の基準で選び、その結果と向き合い続ける姿勢が問われます。
  • 独立した個であることが、組織を健全にする――外部と内部を分ける「膜」を保ちながら、開かれた関係を築くこと。それが、しなやかで長く生き残る組織や個人をつくります。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

不確実性を前提にすると、経営判断が優柔不断になりませんか?

むしろ逆だと思います。わからなさを認めないまま判断すると、根拠のない自信に頼ることになり、想定外の事態に脆くなります。前提として不確実性を織り込んでおけば、変化が起きた際の修正も早くなり、結果として意思決定の速度は上がるはずです。

ゼロリスクを求める社内の空気があるとき、どう向き合えばよいですか?

リスクをゼロにすることは不可能だという事実を、まず正直に共有することが出発点になると思います。そのうえで、どの程度のリスクなら許容できるかという基準を、組織としてあらかじめ言語化しておくと、いざという場面での判断がぶれにくくなります。

組織の「独立性」と「協調性」は両立できるのでしょうか?

両立できると思います。ヨナスの生命観が示すように、独立とは孤立ではなく、外部とやり取りするための境界を持つことです。それぞれのメンバーが自分の視点を保ちながら情報を交換できる組織は、同化した集団よりも変化に強いはずです。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

  • URLをコピーしました!