この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】“逸脱”とは無責任なルール違反ではなく、既存の枠組みへの違和感に向き合う意志です。石山恒貴が説く「逸脱させるマネジメント」は、正解なき時代の経営そのものへの処方箋だと思います。
1.管理からの脱却:マネジメントを「管理」ではなく、全体主義への処方箋として捉え直します。
2.逸脱の再定義:無責任な違反ではなく、違和感を課題として引き受ける意志と捉えます。
3.現場での実装:1on1と組織翻訳によって、逸脱を個人と組織の成長に変換します。
- 「逸脱」と聞いて、まず思い浮かぶのはルール違反や、身勝手な行動でしょうか?
- 実は、その理解こそが、私たちを身動きの取れない組織に縛りつけている元凶かもしれません。
- なぜなら、決められた枠組みの中で正解だけを探し続けるマネジメントは、変化の激しい時代において、組織を静かに窒息させていくからです。
- 本書は、法政大学大学院教授である石山恒貴さんが、「逸脱させるマネジメント」という一見挑発的な言葉を軸に、センス・トライ・グロウという10の実践スキルへと落とし込んだ、経営とマネジメントの新しい教科書です。
- 本書を通じて、正解のない道を歩む勇気の正体を、私自身の実感として受け取り直せたように思います。
石山恒貴さんは、法政大学大学院政策創造研究科教授で、人材開発・組織開発を専門とする研究者です。企業での実務経験を経て研究の道に進んだ経歴を持ち、越境学習やキャリア論、シニア人材の活躍推進など、現場の切実な問いに向き合いながら研究を重ねてきました。前著『越境学習入門』では、組織の外に出ることで得られる学びを論じましたが、本書ではその視点を組織の内側に転じ、「枠組みの中でどう違和感と向き合うか」という、より切実な問いに取り組んでいます。
伊達洋駆さんは、組織行動や人事領域の研究を専門とする研究者で、データや学術知見に基づいた組織開発の実践に携わってきました。学術的な知見を現場のマネジメントに落とし込む視点は、本書の実践スキルの緻密さにも表れています。
理論と実践のあいだを丁寧に往復しながら言葉を紡ぐそのおふたりの姿勢に、私自身も学ぶところが多くありました。
マネジメントは「管理」ではない
マネジメントという言葉を聞くと、多くの人は人材管理、進捗管理、予算管理、勤怠管理といった「管理(コントロール)」を思い浮かべます。しかしおふたりは、この理解そのものが、組織の可能性を狭めていると指摘します。
ドラッカーが構想したのは、全体主義への処方箋だった
マネジメントという概念を発明したのは、1973年に『マネジメント』を著したピーター・ドラッカーです。本書では、ドラッカーの思想的な出発点を、同時代を生きたハンナ・アーレントとの比較から読み解いていきます。
ドラッカーの第1作『経済人の終わり』とアーレントの『全体主義の起源』は、ともに全体主義がなぜ成立したのかを分析した書籍でした。全体主義は自由な社会を実現するための唯一の方策だと訴えかけ、自立した組織や中間団体を敵として排除していきます。
自由を許さない全体主義に代わるものは、全体主義に代わる社会をあげさせる責任ある組織を守る唯一の方策であり、マネジメントの力である
つまりドラッカーにとって、マネジメントとは単なる管理の技術ではなく、自立した組織が民主主義社会を支えるための、思想的な発明だったのです。
私はここに、経営ビジョンを考えるうえでの大切な出発点を見る思いがしました。「答えを出してくれる誰か」に判断を委ねたくなる欲求は、アーレントが警戒した思考停止と地続きにあります。
この構造については、以前「今こそアーレントを読み直す」仲正昌樹をご紹介した際にも触れましたが、正解に飛びつかず問いを持ち続けることの重要性は、経営の現場でも変わりません

「管理」ではなく「逸脱」を許容する力こそが、組織を進化させる
では、マネジメントを「管理」として理解する傾向は、なぜ日本社会でこれほど強いのでしょうか。本書では、短期的な業績目標を達成し、組織を確実に運営する上で、こうした管理のスキルが求められる場面が多いからだと分析します。
しかし、新しい価値を創出するという観点においては、こうした管理の考え方と逸脱させるマネジメントは、むしろ組織の常識に挑戦していく対極に位置するものだと言います。既存のルールや正論をそのままメンバーにぶつけ、隙なく論破してしまえば、組織の勝ちかもしれませんが、せっかくのイノベーションの芽(”逸脱”)は瓦解してしまいます。
組織を守ることと、組織の枠組みを超える逸脱を支援することは、決して矛盾しません。マネージャーの重要な仕事は、既存の枠組みを守ることであると同時に、既存の枠組みを超えるメンバーを支援し、組織をアップデートすることでもあるのです。
私は自身の仕事でも、経営ビジョンをともに描く過程で、このふたつの役割の往復を強く実感します。
守るべきものを守りながら、同時にそれを超えていく意志を持つこと。
それこそが、マネジメントという営みの本質なのだと思います。
逸脱とは何か――違和感を、課題として引き受ける意志
逸脱という言葉には、どうしてもネガティブな響きがつきまといます。しかしおふたりは、この言葉を丁寧に定義し直すところから本書を始めています。
社会学者マートンに学ぶ、逸脱の本当の意味
社会学者ロバート・K・マートンの逸脱論を参考に、本書は逸脱を「単なる無責任なルール違反ではなく、既存の枠組みや常識に対する違和感を課題と認識して、その解決に取り組むこと」と定義します。
マートンは、逸脱を社会的な規範からのズレであることを認めつつも、それを単に無責任な行為として捉えるのではなく、組織と個人の関係性の中で生じるものと捉え、とりわけその肯定的な面に着目していました。
具体的には、常識や文化として染みついた慣習、承認プロセスや評価制度、予算や人員配分といったリソースに関する制約、役割意識や個人の思考といった、既存の枠組みの中で当たり前とされてきたものへの違和感が、逸脱の兆しになります。
組織の中で新しいことを始めようとすれば、反対や抵抗に遭遇します
私はこの一文を読んだとき、経営者の方々が新しい事業やビジョンを語るときに直面する壁を、いくつも思い出しました。逸脱とは決して特別な人だけが起こすものではなく、誰もが日常の中で小さく経験しているものなのだと思います。
伴走者の3つの役割――兆候察知、勇気づけ、振り返り
では、こうした逸脱の兆しをどう育てればよいのでしょうか。
本書は、マネージャーを「伴走者」と位置づけ、その役割を3点に整理します。
- 第1に、伴走者が越境学習で解明した伴走者の役割の重要な特徴を感知すること。
- 第2に、伴走者が越境学習者の勇気を鼓舞し、逸脱に挑戦させる後押しをすること。
- 第3に、伴走者が越境学習者の振り返りを促し、その学びを深めることです。
小さな違和感を「ゼロイチ」を生み出そうとする最初の一歩として面白がり、それを見逃さずに引き出していくこと。これがセンス・トライ・グロウというSTGモデルの出発点になります。
私自身、コンサルタントとしてクライアント企業の現場に立ち会うとき、まさにこの伴走者としての在り方を意識しています。
答えを渡すのではなく、相手の中にある小さな違和感を、一緒に面白がる存在であること。それこそが、逸脱を育てる土壌になるのだと、本書を読みながら改めて言語化できました。
組織翻訳と1on1――逸脱を、組織の言葉と個人の成長に変換する
逸脱の兆しを見つけ、小さく試すところまでは辿り着いたとしても、それを組織の中で育てていくには、もうひとつの翻訳作業が必要になります。
会社が安心する言葉に言い換える、組織翻訳というスキル
本書が挙げる「組織翻訳」とは、新しいアイデアを社内に広める際、過度な抵抗感を与えないよう細心の注意を払って伝えるスキルです。事業としてスケールさせるには、どこかのタイミングで社内にオープンにし、正式な予算や人員を獲得しなければなりません。
同時に重要なのが「賛同獲得」です。マネージャー自身が持つネットワークを駆使し、メンバーを適切なキーパーソンにつなげるスキルであり、反対者を説得することではなく、自分のネットワークの中から、そのアイデアを面白がってくれそうな人を紹介し、外堀を埋めるように賛同者を増やしていくアプローチだと本書は説明します。
説得ではなく、面白がってくれる仲間を増やし、熱意を守る壁を作ります
論理で説得しようとすればするほど、相手も頑なになり、反対者を疲弊させ、やがて自分たちも消耗していく。この逆説は、私自身の仕事でも痛感するところです。新しい取り組みを組織に根づかせるには、正論ではなく、面白がる仲間を増やす迂回路の方が、結局は近道であることが少なくありません。
1on1は業務管理の場ではない――強みを引き出す五つの心構え
本書の実践論の中でも、私が特に深く頷いたのが1on1に関する章です。多くの日本企業では、1on1が進捗確認、課題の洗い出し、テクニックよりも先に、マネージャー自身の世界観を整える必要があると本書は指摘します。
弱みを致命的なリスクやスキルの不足への指導が必要な突出したパフォーマンスは生まれにくくなります。常に足りない部分を埋める(マイナスをゼロにする)アプローチだけでは、メンバーが本来持つ武器として活かせず、より高い成果を引き出すためには、その人が発揮した力に焦点を当て、それをチームの武器として活かしてみてください。
そして本書は、1on1の時間を業務進捗の確認に使わないことを強く勧めます。進捗確認は必要ですが、それは別の場でもできるでしょう。1on1まで進捗確認の場にしてしまうと、強みを引き出す1on1では、なるべく業務管理から距離を取ることを意識してください。
強みが言語化されると、メンバーは自分の力の使い方を理解できるようになるのです。挑戦しやすくなり、失敗からも学びやすくなります。つまり、強みを引き出すことは、成長と挑戦の土台をつくり、メンバーの才能を開花させることを意識してください。
私自身、経営者の方との1on1に近い対話の場では、進捗を問い詰めることよりも、その人がすでに発揮している力に光を当てることの方が、次の一歩につながる実感があります。答えを与えるのではなく、一緒に考える。マネージャー自身も正解を持たないという姿勢こそが、逸脱を育てる現場の要なのだと、本書を通じて確信しました。
まとめ
- マネジメントは「管理」ではない――ドラッカーが構想したマネジメントは、全体主義に対抗する自立した組織を守るための思想でした。既存の枠組みを守ることと、それを超える逸脱を支援することは、決して矛盾しません。
- 逸脱とは何か――逸脱とは無責任なルール違反ではなく、既存の枠組みへの違和感を課題として引き受ける意志です。伴走者としてのマネージャーは、兆候を察知し、勇気づけ、振り返りを促す3つの役割を担います。
- 組織翻訳と1on1――逸脱を組織に根づかせるには、説得ではなく面白がる仲間を増やす組織翻訳が有効です。そして1on1は業務管理の場ではなく、メンバーの強みを引き出し、才能を開花させる場として設計し直す必要があります。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
