この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】社会課題の解決が広がらないのは、多くの場合「組織の拡大」を目指してしまうからです。筧裕介『システミックデザイン』が紹介する実践事例は、真のイシューを見極め、拡大ではなく社会実装の出口を設計することで、局所的な成功を社会全体の変化へとつなげています。
1.当事者の一次情報から真因を掘り当てる:『認知症世界の歩き方』は、当事者100名への徹底したインタビューから、課題の真因が病気そのものではなく社会システム側にあることを見出しました。
2.分断を経済循環としてつなぎ直す:LivEQualityと沿線まるごとホテルは、分業によって切り離されていた要素を統合し、社会的意義と経済合理性を両立させる仕組みを実現しました。
3.「拡大」ではなく「社会実装の出口」を描く:6つのエンドゲームという視点は、自組織の成長ではなく、社会課題の解決そのものを最終目標に据える発想の転換を促します。
- 社会に良い変化を起こしたプロジェクトと、局所的な成功で終わってしまうプロジェクトを分けるものは、いったい何でしょうか?
- 実は、その分かれ目は情熱や資金力ではありません。
- なぜなら、真のイシューをどこに見出し、その解決策をどのような形で社会に手渡していくかという「設計」そのものに、決定的な差が生まれるからです。
- 本書『システミックデザイン』のケース編には、医療・福祉、居住、地域経済といった領域で、この設計を体現した実践事例が数多く収録されています。
- 本書を通じて、その中でも特に示唆に富む3つの事例をたどりながら、システミックデザインが実際にどう社会を動かしてきたのかを見ていきたいと思います。
筧裕介(かけい・ゆうすけ)さんは、issue+design代表を務めるデザイナーであり、工学博士でもあります。
1975年、福井県のお生まれです。
地域社会や医療・福祉といった複雑な社会課題に対して、当事者への徹底した一次情報の収集からアプローチを組み立てるスタイルで知られています。
自ら現場に入り込み、当事者の言葉に耳を傾けながら課題の構造を描き出していく姿勢は、本書のケース編に収録された数々のプロジェクトにも一貫して表れています。
本書『システミックデザイン』は、そうした実践を積み重ねてきた筧さんが、社会課題に取り組むための思考法と、その先にある事例を体系的にまとめた一冊です。
『認知症世界の歩き方』――当事者の一次情報から見出した「本人視点の欠落」というイシュー
日本の超高齢化にともない、認知症患者は急速に増え続けています。
しかし、既存の医療や介護のシステムは、この状況を長らく「管理」や「家族の負担軽減」という観点からのみ捉えてきました。
その結果、当事者は社会との関わりを失い、孤立を深め、さらなる認知機能の低下を招くという悪循環が生まれていたのです。
「管理する対象」から「本人の世界」へ――当事者100名への一次情報
筧さんらissue+designのチームは、この悪循環に切り込むにあたり、約100名の認知症当事者への徹底したインタビューという、地道な一次情報の収集から出発しました。
その結果として見えてきたのは、当事者の一見不可解に見える行動の一つひとつに、彼らなりの「世界の見え方」に基づく明確な理由があるという事実でした。
課題の真因は、認知症そのものではなく、健常者中心に設計された社会システムに、本人視点が欠けていることにありました。
つまり、真に取り組むべきイシューは「認知症をいかに医学的に治療・管理するか」ではなく、「健常者中心に構築された社会システムにおいて、当事者本人の視点がまるごと欠落している構造を、どう転換するか」にあったのです。
課題を「病気」として切り離すのではなく、社会との「関係」の問題として捉え直したこと自体が、システミックデザイン的な発想の転換でした。
異世界の旅行記というメタファーが、社会の認識を変えた
イシューが定まった後、チームが選んだ解決策のアプローチは、極めて独創的なものでした。
当事者が直面する44種類の心身機能障害を、異世界を旅する旅行記のメタファーで可視化するというデザインです。
乗るとだんだん記憶をなくしてしまう「ミステリーバス」、誰もが時間の感覚を失ってしまう「アルキタイヒルズ」、顔の区別がつかなくなる「顔無し族の村」など、いくつもの架空の物語を通じて、健常者が当事者の世界を追体験できる仕組みが生み出されました。
この書籍『認知症世界の歩き方』は累計20万部を突破し、中国・台湾・韓国でも翻訳・出版されたほか、フランスではクラウドファンディングを経て展開されています。
さらに、NHK Eテレでの番組化、実践編のワークブック、体験型展示の全国巡回、実写映画化と、多様な形で社会に広がり続けました。
データや制度論ではなく、物語というメタファーの力によって、「認知症=怖いもの」という社会のメンタルモデルそのものを転換させた点に、この事例の本質があります。
LivEQualityと沿線まるごとホテル――分断された点を、経済循環として編み直す
『認知症世界の歩き方』が「意味」の転換によって社会を動かした事例だとすれば、続く2つの事例は「構造」を編み直すことで、社会的意義と経済合理性の両立を実現した事例です。
LivEQuality――不動産と生活支援の分断を、伴走型支援としてつなぎ直す
シングルマザーをはじめとする生活困窮者が安全な住まいを確保できない一方で、社会全体では空き家が増加し続けるという、致命的なミスマッチが存在していました。
経済的な信用力が低いというだけで、民間賃貸市場から構造的に排除されてしまう。
この課題の真因は「住まいの物理的な不足」ではなく、不動産の提供というハードの部分と、生活支援やソーシャルワークというソフトの部分が、分業と階層型組織の壁によって完全に分断されている構造そのものにありました。
不動産オーナー側の貸し渋りと、困窮者側の孤立化が、互いを強め合う負のループを形成していたのです。
この分断を架橋するため、千年建設株式会社を事業承継した岡本拓也さんらを中心に、不動産事業と居住支援・コミュニティ支援を統合した「LivEQuality」というサービスが展開されました。
住まいを提供するだけでなく、入居後の見守りや就労支援までをひとつのパッケージとして伴走することで、市場から排除されがちな層に安定した住環境と心理的な安全を届けながら、不動産ビジネスとしての経済的な成立も同時に実現しています。
沿線まるごとホテル――点在する資源を、面としてつなぐ広域エコシステム
過疎地域を走るローカル鉄道では、利用客の減少と沿線集落の空き家増加、産業衰退が同時に進行し、交通インフラと地域コミュニティの維持そのものが限界を迎えつつありました。
この課題を俯瞰したときに見えてきたイシューは、鉄道、宿泊施設、農業、飲食業といった資源が、それぞれ独立した「点」として存在するばかりで、それらを「面」としてつなぐ広域的なエコシステムが機能していないという構造でした。
株式会社さとゆめの嶋田俊平さんらを中心に展開されたのが「沿線まるごとホテル」という構想です。
駅をホテルのフロントに、沿線の空き家を客室に、地域住民をコンシェルジュに、地元の農地や自然をレストランやアクティビティに見立て、地域全体をひとつの宿泊施設として構築するマイクロツーリズムのネットワークです。
巨額の資本投下を必要とすることなく、点在していた未利用資源を統合し、鉄道事業者と地域社会のあいだに新たな経済循環を生み出したことで、関係人口と滞在型観光客の大幅な増加という成果につながっています。
エンドゲームという問い――「拡大」ではなく「社会実装の出口」をデザインする
真のイシューを見極め、解決策を形にできたとしても、それだけでは局所的な成功にとどまってしまいます。
本書は、その先の段階として「エンドゲーム」という問いを提示しています。
なぜ「スケールアップ」を目指すことが罠になるのか
本書は、この最終段階の考え方として、スタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビューでアリス・グゲレフさんとアンドリュー・スターンさんが提唱した「エンドゲーム」という概念を紹介しています。
グゲレフさんらは、非営利組織やソーシャルセクターのリーダーが「どうやって自組織を拡大させるか」と問い続けること自体が、根本的な誤りであると指摘しています。
社会課題の解決には莫大なリソースが必要になりますが、単一の組織が無限に成長し続けることは、資金調達の壁という構造的な制約のもとでは現実的ではありません。
真の目標は自組織の規模拡大ではなく、社会課題そのものの解決であるべきだという視点の転換が、ここでの核心です。
6つのエンドゲームと、3.5%の共感者が起こす変化
本書では、組織が最終的に選び得るエンドゲームとして、商業化、行政施策への導入、レプリケーション、オープンソース化、ミッションの達成、サービスの継続という6つが挙げられています。
先に見た3つの事例に当てはめると、その輪郭がより鮮明になります。
『認知症世界の歩き方』は、ツールキットの公開というオープンソース化と、公認ファシリテーター制度を通じた行政施策への組み込みという方向へ。
LivEQualityと沿線まるごとホテルは、事業としての商業化と、他の地域への複製を意味するレプリケーションという方向へと展開しています。
自組織そのものが巨大化しなくても、ネットワーク化された共感者が、公開されたツールを現場で使い、複製されたモデルを模倣し、新しい行政プロセスに参加することで、社会システム全体がドミノ倒しのように変わっていく。
社会変革の活動は、その国や地域社会の人口のおよそ3.5%が主体的に関わり始めたとき、変化が社会全体に一気に波及することが示されています。
局所的な成功を、意図的に社会全体へと橋渡しする設計があってはじめて、システミックデザインは完結するのだといえます。
社会課題を捉え、その解決を目指していくためにはこちらの1冊「3つのレンズで、世の中を見よ!?『戦略デザイナーが伝えたい、システムのデザイン』山田和雅」も貴重な視点を提供してくれます。ぜひご覧ください。

まとめ
- 『認知症世界の歩き方』――当事者100名への一次情報から、真のイシューは病気ではなく社会システム側の視点欠如にあると見出し、物語の力で社会の認識そのものを変えました。
- LivEQualityと沿線まるごとホテル――分業によって分断されていた要素を統合し、社会的意義と経済合理性を両立させる仕組みへと編み直しました。
- エンドゲームという問い――組織の拡大ではなく社会実装の出口を描くことで、局所的な成功を3.5%の共感者を通じた社会全体の変化へとつなげています。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
