この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】厄介な課題が解決できないのは、能力ではなく思考の枠組みが古いからです。筧裕介『システミックデザイン』は、成長・拡大思考や分業型組織の限界を可視化し、経営リーダーが課題そのものではなく、その背後にある構造を編み直すための視点を提示しています。
1.4つの構造的限界を疑う:成長・拡大思考、市場経済、工学的アプローチ、分業と階層型組織という、これまで正しいとされてきた前提そのものが、厄介な課題を生み出す土壌になっていることを理解できます。
2.見えない影響を可視化する:市場が測ることのできないコストや恩恵(外部性)を捉え直すことで、経営判断に潜む死角を減らす視点が得られます。
3.イシューマップで構造の急所を見つける:因果関係ループ図を描き、レバレッジポイントを特定する技術を、自社の課題整理にそのまま応用できます。
- なぜ、優秀なはずの組織が、厄介な課題の前で立ち往生してしまうのでしょうか?
- 実は、その理由は個人の能力不足でも、努力不足でもありません。
- なぜなら、成長・拡大思考や分業と階層型組織といった、高度経済成長期の日本を支えてきた枠組みそのものが、複雑に絡み合った課題の前では機能不全を起こしているからです。
- 本書『システミックデザイン』は、この構造的な限界を丁寧に解きほぐし、課題を「個別に解く」のではなく「関係性として編み直す」という新しい視点を提示しています。
- 本書を通じて、日本社会が直面する7つの難局の構造と、そこに介入するための「イシューを見極める技術」について、経営の視点から考えていきたいと思います。
筧裕介(かけい・ゆうすけ)さんは、issue+design代表を務めるデザイナーであり、工学博士でもあります。
1975年、福井県のお生まれです。
地域社会や医療・福祉といった複雑な社会課題に対して、当事者への徹底した一次情報の収集からアプローチを組み立てるスタイルで知られています。
認知症当事者への約100名規模のインタビューをもとに執筆された『認知症世界の歩き方』は、累計20万部を超えるヒットとなり、中国・台湾・韓国などでも翻訳・出版されました。
本書『システミックデザイン』は、そうした実践を積み重ねてきた筧さんが、社会課題に取り組むための思考法を体系的にまとめた1冊です。
4つの構造的限界が、厄介な課題を生み続けている
日本社会は今、人口減少や孤立、環境問題など、単純な解決策が通用しない「厄介な課題」に取り囲まれています。
本書ではこうした状況を「7つの難局」として整理したうえで、それらがなぜ克服困難なのかを「4つの構造的限界」から読み解いています。
ここでは、その中でも経営リーダーにとって特に示唆の大きい3つの限界について見ていきます。
成長・拡大思考の限界――昭和の成功体験が生む負のループ
本書では、日本社会が抱える構造的な行き詰まりを、ひとつの循環として描いています。
1926年から1980年にかけての昭和の成功体験が「成長・拡大思考」を強め、それが楽観バイアスや確証バイアスと結びつき、リスクを過小評価したまま投資を継続させます。
さらに、いったん始めた投資をやめられない損失回避バイアスが加わることで、昭和的な投資モデルが延命され続けます。
その結果として日本財政の危機が深まり、日本経済の長期低迷と未来への投資の減少が同時に進行し、厄介な課題がさらに深刻化していくという負のループが形成されているのです。
重要なのは、このループが個人の判断ミスではなく、成功体験そのものが仕組みとして組み込んだ構造であるという点です。
かつて機能していた前提を疑わずに繰り返すこと自体が、厄介な課題を再生産する装置になっているといえます。
市場経済と工学的アプローチの限界――見えない影響という死角
もうひとつの限界は、市場経済と工学的アプローチが「見えない影響」を扱いきれないことにあります。
本書では、この見えない影響を「外部性」という経済学の概念で説明しています。
ある経済活動が、市場取引を介さずに第三者へ及ぼす影響のことを、外部性と呼びます。
たとえば、企業が化石燃料を安価に使うことで社会全体に負担を強いる場合は「負の外部性」、逆にアマゾンの熱帯雨林が世界中の炭素吸収に貢献しているのに、その恩恵に見合う対価を森林保全者が受け取れていない場合は「正の外部性」にあたります。
工学的アプローチは、目の前の効率や生産性を最適化することには長けていますが、こうした市場価格に乗らない恩恵やコストを、そもそも見る仕組みを持っていません。
外部性を可視化できないシステムのままでは、どれだけ効率化を進めても、社会全体としては不利益が蓄積し続けてしまうのです。
分業と階層型組織の限界――効率化が生んだ組織の分断
分業と階層型組織は、かつて日本企業の国際競争力を支えた偉大な仕組みでした。
工程を分割し、階層で統制することで大量生産を可能にし、「安定した前提」「予測可能な環境」「単純作業の反復」という条件のもとで大きな成果を生み出してきました。
しかし、その前提はすでに大きく崩れています。
効率性と経済性を重視するあまり分業が進み、管理のための階層型組織が生まれ、縦割り組織化と組織内の分断が進行します。
その結果、創造性と生産性が低下し、厄介な課題への対処力そのものが弱まり、厄介な課題への対処力低下が日本経済の長期低迷につながり、厄介な課題がさらに事業対象から除外されていくという悪循環が生まれています。
分業と階層による安定は、変化の少ない時代には強みでしたが、複雑に絡み合った課題を前にした今、境界を超えて協働する力を奪う要因に変わってしまっているのです。
システミックデザインとは、課題を「解く」のではなく「関係」を編み直す営みである
ここまで見てきた3つの限界に共通するのは、いずれも「課題を単体で切り離して解決しよう」とする発想そのものに限界があるという点です。
本書が提示するシステミックデザインは、この発想を根本から転換するアプローチです。
「解く」から「編み直す」へ――全体性と関係性を取り戻す視点
システミックデザインとは、人間が持つ「協働」と「創造」の力によって、厄介な課題を抱えるシステムを、より良い未来へと移行させていくデザインの営みだと定義されています。
ここで重要なのは、目の前の課題を単体で切り離して「解く」のではなく、地域や社会、地球全体という大きなつながりの中で課題を捉え直すという視点です。
人と人、人と自然、制度と暮らしの「関係」と「構造」そのものを整えながら、より良い方向へと動かしていく。
どこか一つを直しても、別の場所で新たな歪みが生まれてしまう。
だからこそ、部分ではなく全体を、個ではなく関係を見渡す視点が必要になるのです。
外部性という盲点をどう可視化するか――誰もが見過ごしている恩恵とコスト
本書では、外部性という盲点をどう可視化するかについても、具体的な事例を交えて論じています。
たとえば、認知症への偏見や誤解をなくす取り組みは、単に個人の医療・介護費削減にとどまらず、誰もが認知症とともに人生を楽しみ続けられる社会という、社会全体への恩恵(正の外部性)を生み出します。
また、幼児教育の普及がもたらす影響についての研究では、母子家庭の貧困率が高い国において、1960年代の幼児教育プロジェクトが、その後の少年期の暴力犯罪率や10代の妊娠率を大きく低下させたと報告されています。
いずれも、事業単体としては収益が伸びにくく、正の外部性が大きいがゆえに社会の宿命として扱われがちな領域です。
しかし、その外部性を丁寧に可視化し、価値として位置づけ直すことができれば、事業としての持続可能性と社会的意義を両立させる道が開けてきます。
イシューを見極める技術こそが、成果の半分を決める
課題を「関係」として捉え直すという視点は理解できても、実際にどこから手をつければよいのかは、また別の問いです。
本書は、そのための具体的な技術として「イシューを見極めるプロセス」を提示しています。
課題の地図を描く――因果関係ループ図とレバレッジポイント
本書が提案する「課題の地図(イシューマップ)」は、複雑に絡み合った課題の構造を、矢印でつないだ因果関係ループ図として可視化する技術です。
取り組むべきテーマを言語化し、関わるアクターを洗い出し、現場での対話を通じて一次情報を集め、要素同士のつながりを整理していく。
その先に見えてくるのが、システム全体に大きな影響を及ぼしている負の循環と、そこに介入すべき急所である「レバレッジポイント」です。
本書で紹介されている宮城県南三陸町の牡蠣養殖の事例では、東日本大震災による壊滅的な被害からの復興にあたり、単に元の姿に戻すのではなく「過密養殖」こそが、収入減・若者の流出・長時間労働・海の疲弊という悪循環を生み続けていた真のイシューであると特定されました。
取り組むべきイシューが定まった瞬間、すでに成果の半分を手にしているといえるのかもしれません。
実際、養殖密度を見直したことで、生産量を追い求めていた従来のやり方から、高品質な牡蠣を持続的に育てる養殖へと転換が実現しています。
課題の地図を描くという作業そのものが、複雑な現実を前にした一人ひとりの思考を鍛える、実践的な技術なのです。
優れたイシューの4条件――当事者視点・スケール・わかりやすさ・モチベーション
もっとも、どんなイシューでも良いわけではありません。
本書では、優れたイシューが満たすべき条件として、当事者視点・社会性、スケール、わかりやすさ、モチベーションという4つを挙げています。
- 当事者や地域にとって本質的な意義があるか。
- 挑戦的でありながら、自分たちの手で十分に実践可能な大きさであるか。
- 専門用語やカタカナ語に頼らず、誰が聞いても直感的に意味が伝わる言葉になっているか。
- そして、取り組む人たちが心から「やってみたい」と思える、
前向きなエネルギーを持った問いになっているか。
この4条件は、経営の現場でビジョンや戦略を言語化する作業とも、驚くほど重なります。
社内で共有される問いが専門的すぎたり、規模が壮大すぎたりすると、チームの熱量はむしろ下がってしまう。
イシューを見極める技術は、社会課題に限らず、組織の中で人を動かす問いをどう設計するかという課題にも、そのまま応用できる視点だといえるでしょう。
イシューについては、こちらの1冊「大切なことに対して、資源を集中させていくために!?『イシュー思考』和氣忠」もぜひ!

思考の論点については、こちらの1冊「【「直感」へ至るには!?】直観を磨く 深く考える七つの技法|田坂広志」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 4つの構造的限界――成長・拡大思考、市場経済、工学的アプローチ、分業と階層型組織という、かつての勝ちパターンそのものが、厄介な課題を生み出す土壌になっています。
- 「解く」から「編み直す」へ――システミックデザインは課題を切り離さず、関係性と構造全体を捉え直すことで、外部性という見えない影響にも光を当てます。
- イシューを見極める技術――課題の地図を描き、レバレッジポイントを見つけ、当事者視点・スケール・わかりやすさ・モチベーションという4条件を満たすイシューを設定することが、成果の半分を決めます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
