この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】感性は特別な才能ではなく、誰もが日々働かせているものです。本書は、その感性を「経験を解き放つ力」「共同体を育てる力」「未知へ踏み出す力」として描いています。経営における3つの視点を得られる1冊です。
1.感性は世界の見方を更新する:慣れや思い込みで固定化した知覚をほぐし、物事を新しく経験し直す力を養います。
2.感性は人と人をつなぐ:自分らしさを表現しながら、他者と共に文化や場をつくる力になります。
3.感性は未知への一歩を後押しする:知らない価値に触れ、自分の判断そのものを変えていく冒険を促します。
- 毎日、何気なく選んでいる音楽や、なんとなく心地よいと感じる部屋の空気について、立ち止まって考えたことはありますか。
- 実は、それらはすべて、感性が働いている証拠です。
- なぜなら、人は誰もが、意識せずとも美的な判断を積み重ねながら生きているからです。
- 本書『なぜ美を気にかけるのか――感性的生活からの哲学入門』は、この感性という力を、経験・共同体・冒険という3つの角度から解き明かしていく1冊です。
- 本書を通じて、感性がどのように経営や組織のあり方につながっていくのかを、一緒に考えていきたいと思います。
本書は3人の哲学者による共著です。
ドミニク・マカイヴァー・ロペスは、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の哲学教授です。美学の分野で数多くの著作を残してきた研究者で、現在はアメリカ美学会の会長を務めています。
ベンス・ナナイは、ベルギー・アントワープ大学の哲学教授です。知覚と美的経験の関係を専門にしており、映画批評家としても活躍しています。
ニック・リグルは、アメリカ・サンディエゴ大学の哲学准教授です。美的生活と自由・共同体の関係を探究し続けている、比較的若手の研究者です。
3人はそれぞれ異なる角度から「なぜ人は美的なものを大切にするのか」という問いに向き合い、一冊の本の中で三つの回答を提示しています。
感性は、凝り固まった世界の見方をほぐしてくれる
毎日同じ道を歩き、同じ人と会っていると、私たちはいつのまにか物事を「いつものもの」として処理するようになっていきます。
ベンス・ナナイは、この凝り固まった見方をほぐす力こそが感性だと考えています。感性を働かせることは、世界ともう一度出会い直すことなのです。
見慣れたものは、見えなくなっていく
人間の脳は、とても効率的にできています。
毎日通る道、毎日会う同僚、毎日食べる朝食。こうしたものを、私たちはいちいち丁寧に観察しません。
一度「これはこういうものだ」と分類してしまえば、あとは自動的に処理できるからです。
これは生きていくうえでとても便利な仕組みです。しかし、その便利さと引き換えに、私たちは多くのものを「見ているようで見ていない」状態になっていきます。
経営の現場でも、同じことが起きていると思います。
毎年見ている決算書、毎日通る自社のオフィス、長年付き合いのある取引先。こうしたものは、いつのまにか「わかっているつもり」の対象になっていきます。
感性は、注意をもう一度向け直す力
ナナイの議論で興味深いのは、感性を「新しいものを見つける力」ではなく、「すでにあるものへの注意を取り戻す力」として捉えている点です。
見慣れたものへの注意を取り戻すことは、新しいものを探すことと同じくらい価値がある
これは、経営者にとって示唆に富む視点だと思います。
新規事業や新しい市場を探すことばかりに目が向きがちですが、すでに自社が持っているもの、すでに関わっている人たちに、もう一度丁寧に注意を向け直すことも、同じくらい大切な営みなのです。
自社の商品を、初めて手に取るお客様の目で見つめ直す。毎日会っている社員の言葉に、もう一度耳を澄ませてみる。
そうした小さな行為の積み重ねが、感性を働かせるということなのだと思います。
感性は、自分らしさと居場所を育ててくれる
ニック・リグルの章のタイトルは「美的生活――個性、自由、共同体」です。
感性は、個人的な好みにとどまるものではありません。自分らしさを表現しながら、同時に他者とのつながりをつくっていく力でもあります。
好みを選ぶことは、自分を表現すること
どんな服を着るか、どんな音楽を聴くか、どんな部屋で過ごすか。
こうした選択は、単なる趣味の問題ではないと、リグルは考えています。
私たちは日々の小さな選択を積み重ねながら、「自分はどういう人間なのか」を形づくっているのです。
これは組織にも当てはまります。
どんなオフィスをつくるか、どんな言葉で発信するか、どんな空間で顧客を迎えるか。こうした一つひとつの選択が、その会社らしさを形づくっていきます。
経営者が日々下している小さな美的判断の積み重ねこそが、いつのまにか会社の文化そのものになっていくのだと思います。
感性は、共同体をつくる接着剤になる
同時に、感性は他者とのつながりも育てます。
同じ景色を美しいと感じる。
同じ音楽に心を動かされる。
同じ空間を居心地よいと思う。
こうした感じ方の共有が、人と人との結びつきをつくっていきます。
美的な生活は、個人であることと、共同体の一員であることを、対立させるものではない
この一節は、経営における多様性の議論にもつながる視点だと思います。
一人ひとりの個性を尊重することと、チームとしての一体感を育てることは、どちらか一方を選ぶ問題ではありません。
むしろ、それぞれの個性を認め合う姿勢そのものが、強い共同体をつくっていく土台になるのだと思います。
感性は、まだ知らない価値へ踏み出す力になる
ドミニク・マカイヴァー・ロペスの章のタイトルは「足を踏み入れる――美的生活における冒険」です。
感性を磨くことは、すでに知っている好みを上手に楽しむことだけではありません。まだ知らない対象へ、一歩踏み出していくことでもあります。
好みを守ることと、好みを更新すること
多くの人は、自分の好みを大切にしながら生きています。
好きな音楽を繰り返し聴き、好きなお店に何度も通う。それ自体は、とても自然なことです。
しかし、ロペスは、それだけでは感性は豊かにならないと指摘しています。
知らない音楽を聴いてみる。理解できない作品の前に、しばらく立ち止まってみる。異なる文化に触れてみる。
こうした冒険を通じて、私たちの好みそのものが少しずつ更新されていきます。
経営においても、これは重要な姿勢だと思います。
自社の得意分野や、これまでのやり方を守ることは大切です。
しかし同時に、まだ知らない市場や、これまで縁のなかった相手に、思い切って足を踏み入れてみることも必要です。
冒険には、価値がある
美的関与は、なぜ多様であるべきなのか
この問いに対して、ロペスは「多元的な価値実践を切り拓きたいから」だと答えています。
ひとつの正解を追い求めるのではなく、複数の価値のあり方を認め、実際に試してみる。そうした冒険そのものに意味があるという考え方です。
新しい事業に挑戦するとき、私たちはつい「これは正しいのか」と結果ばかりを気にしてしまいます。
しかし本書が教えてくれるのは、結果が出るかどうかにかかわらず、未知への一歩を踏み出す行為そのものに価値があるという視点です。
その冒険の積み重ねが、やがて自社ならではの新しい強みになっていくのだと思います。
これからの時代の感性に関わる論点については、ぜひこちらの1冊「【行動・感性・創発の好循環がキー!?】田坂広志「21世紀の知」を語る|田坂広志」もご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 感性は、凝り固まった世界の見方をほぐしてくれる――慣れによって見えなくなっていたものに、もう一度注意を向け直すことが、感性を働かせるということです。
- 感性は、自分らしさと居場所を育ててくれる――日々の小さな選択の積み重ねが自分らしさをつくり、同じ感じ方の共有が共同体をつくります。
- 感性は、まだ知らない価値へ踏み出す力になる――好みを守るだけでなく、未知への冒険を重ねることで、感性そのものが豊かになっていきます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
