この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】AI(人工知能)の話題は、期待も不安も大きすぎて、正しい距離感を保つのが難しいテーマです。本書は「誇大に語られるAI」と「実際にできるAI」を分けて考える視点を与えてくれます。
1.誇大宣伝を見抜く視点:AIを売る側の言葉を、そのまま信じないための考え方を学びます。
2.仕事の未来への向き合い方:「仕事が奪われる」という不安にも「何でも解決する」という期待にも、距離を置いて考えます。
3.未来は選べるという希望:AIとともに育つ子どもたちの物語から、社会の選択次第で未来が変わることがわかります。
- AIは、本当に何でもできるのでしょうか?
- 実は、世の中で語られているAIの多くは、実力以上に大きく見せられています。
- なぜなら、AIを売る側にとって、期待を大きくすることが利益につながるからです。効果を証明する必要がないまま、期待だけが先に広がってしまう構造があります。
- 本書は、プリンストン大学のアルヴィンド・ナラヤナンとサヤシュ・カプールが、AIの現実的な力を丁寧に見極め、誇大宣伝の構造から仕事の未来、子どもの教育まで、幅広い視点でAI社会のあり方を問い直す一冊です。
- 本書を通じて、AIを「怖がりすぎる」でも「信じすぎる」でもなく、フラットに見つめる視点を得られると思います。経営やブランディングに携わる方にとっても、情報とどう向き合うかを考え直すきっかけになる内容です。
アルヴィンド・ナラヤナンは、プリンストン大学でコンピューターサイエンスを教える教授です。同大学の情報技術政策センター(CITP)の所長も務めています。企業がどのように個人の情報を集め、使っているのかを明らかにする研究プロジェクトを率いてきました。機械学習が社会の偏見をそのまま映してしまう問題を、早い時期から指摘してきた研究者でもあります。2023年には、『TIME』誌が選ぶ「AI分野で最も影響のある100人」に選ばれています。
共著者のサヤシュ・カプールは、同じくプリンストン大学の情報技術政策センターで、コンピューターサイエンスを研究する博士課程の大学院生です。研究テーマはAIが社会に与える影響です。コロンビア大学やスイス連邦工科大学ローザンヌ校、そしてフェイスブックでも、AIの研究や開発に携わった経験を持っています。2019年には、情報技術と倫理に関する国際学会で最優秀論文賞を受賞しました。ナラヤナンと同じく、2023年版の「AI分野で最も影響力のある100人」にも選ばれています。
2人に共通しているのは、AIを外側から批判するのではなく、技術の中身をよく理解したうえで、冷静に評価する姿勢です。
だからこそ本書は、感情的な賛否ではなく、事実に基づいた判断材料を私たちに提供してくれます。
AI蛇油――誇大宣伝の構造を見抜く
AIという言葉を聞くと、多くの人が「何でもできる魔法の道具」という印象を持ってしまいます。しかし本書は、この印象こそが問題だと指摘しています。
19世紀の蛇油商人と、今のAI商人はよく似ています
本書のタイトルにもなっている「蛇油(スネークオイル)」とは、かつてアメリカで大流行した、効果のないインチキな薬のことです。
19世紀末から20世紀の初め、蛇油商人たちは「万病に効く」とうたって、根拠のない商品を売り歩きました。
ヘビから取れた油には、健康に良さそうなイメージがありましたが、実際には効果もなければ、害があるものさえありました。
それでも、法律による規制がほとんどなかったため、こうしたインチキな商品や治療法は世の中に広まり続けました。
アメリカで食品医薬品局(FDA)が設立され、ようやく製品の内容や効果、安全性について責任を問う仕組みができたのは、1906年のことです。
このエピソードは、今のAIをめぐる状況とよく似ていると思います。
「AIを使えば、何でも解決する」という言葉が、根拠を示されないまま広まっています。
効果があいまいなまま、期待だけが先に膨らんでいく構造は、蛇油商人の時代と変わっていないのかもしれません。
効果が証明されていない商品ほど、強い言葉で売り込まれます
不思議なことに、本当に効果のある商品ほど、控えめな説明で十分に売れます。
一方で、効果がはっきりしない商品ほど、「画期的」「革命的」といった強い言葉が必要になります。
AIの世界でも、同じことが起きています。実際の性能よりも、宣伝文句のほうが先に走ってしまう場面が、いたるところで見られます。
経営やブランディングに携わる立場から見ると、これは他人事ではありません。
自社の商品やサービスについて、根拠のある価値をきちんと語れているか。それとも、期待感だけを煽る言葉に頼ってしまっていないか。
AIという最先端の分野で起きていることは、実は、あらゆる業界に共通する誠実さの問題だと感じます。
規制のない市場では、誰が消費者を守るのでしょうか
本書は、AIをめぐる問題を解決するための道筋として、大きく3つの方向性を示しています。
1つ目は、AIを使う人たち自身が、正しい知識を持つことです。
2つ目は、AIの性能を客観的に評価し、格付けするような仕組みを整えることです。
3つ目は、社会や政治の場で、AIの提供そのものにルールを設けることです。
どれかひとつだけで問題が解決するわけではありません。むしろ、教育と評価と制度という3つの取り組みが、それぞれの立場で支え合うことが大切だと思います。
誇大な宣伝に振り回されないためには、私たち自身が「本当にできること」を見極める目を持つ必要があります。
仕事の未来――過大な恐怖と過小評価の両極を超えて
「AIに仕事を奪われる」という不安は、多くの人が抱いています。
本書は、この不安についても、極端な見方を避けて、冷静に整理しています。
試験で優秀な成績を出せても、現場で通用するとは限りません
生成AIの企業は、司法試験や医師国家試験などの専門的な試験で、優秀な成績を出したことを大きく誇っています。
GPT-4のようなモデルが、こうした難しい試験で高いスコアを取ったというニュースは、大きな注目を集めました。
しかし、試験で良い成績を取ることと、実際の仕事で通用することは、まったく別の話です。
過去に自動化によって職を失ったのは、実は、弁護士や医師のような専門職ではなく、比較的賃金の低い労働者だったという指摘があります。エレベーターの操作員や、電話交換手といった仕事です。
専門分野に特化したベンチマーク試験は、分野に関する知識を問うことには答えられても、実際の仕事に必要な、細かい判断や対応の多くを見落としてしまいます。
本書では、放射線科医の例が紹介されています。
AIがX線写真を読み取る精度において、人間を上回るという予測が繰り返しされてきました。
それでも、放射線科医という職業がなくなる気配はありません。
なぜなら、実際の仕事は、写真を読み取ることだけではないからです。患者とのやり取りや、他の医師との連携、判断に対する責任など、試験には出てこない要素がたくさん含まれているのです。
自動化は、一気にではなく、少しずつ広がります
本書が繰り返し伝えているのは、技術の変化が、思っているよりもゆっくり進むという事実です。
銀行のATMが導入されたとき、銀行員の仕事はなくなると考えられていました。
しかし実際には、銀行の窓口担当者の数は、かえって増えました。ATMによって銀行の運営コストが下がり、支店の数が増えたためです。
一方で、農業のように、機械化によって働く人の数が大きく減った分野もあります。
つまり、自動化の影響は、業種によって大きく異なるということです。
「AIが多くの仕事に大きな影響を与える」という考え方そのものに、間違いはありません。
ただし、それぞれの仕事の、どの部分が、どのくらいの時間をかけて変わっていくのかは、慎重に見極める必要があります。
本当に問われているのは、権限と分配の問題です
未来に対する不安を減らすために、大切な視点があります。それは、技術そのものを恐れるのではなく、技術をどう使うかを決める力が、誰の手にあるのかという視点です。
経営者や企業がAIをどのように利用するかによって、働く人たちの権限や役割が大きく変わってしまいます。
これは、経営やブランディングに携わる立場にとって、重要な問いかけだと思います。
AIという道具そのものに善悪はありません。
その道具を、誰のために、どんな目的で使うのかという意思決定にこそ、経営の責任が問われます。
技術への恐れではなく、資本主義の仕組みや、権限の使い方そのものへの向き合い方が必要だという指摘は、経営に携わるすべての人が受け止めるべき視点だと思います。
カイとマヤの世界――AIとともに育つ子どもたちが映す社会の選択
本書の後半では、興味深い思考実験が紹介されています。2022年11月、ChatGPTが世に出たのと同時に生まれた、2人の子どもの物語です。一人はカイ、もう一人はマヤと名付けられています。同じ時代に生まれながら、二人が育つ社会のルールが違えば、まったく異なる未来が待っている、という話です。
規制だけでは、子どもを守りきれません
カイが育つ世界では、AIに対する恐れが強く、規制も厳しく作られています。
学校ではAIの利用が禁止され、多くの親たちも、子どもにAIを使わせることに慎重です。
子ども向けのアプリの市場は閉ざされ、企業は自社製品の魅力を大げさに宣伝することに力を入れています。
その一方で、依存性の高いコンテンツを無制限に生み出すソーシャルメディアは、規制の網をすり抜けてしまいます。
13歳未満のソーシャルメディア利用を禁止する法律があっても、年齢確認をすり抜ける方法を、子どもたちはすぐに知ってしまいます。
良かれと思って作られた規制が、かえって、健全に使える環境を狭めてしまう。カイの世界は、そんな皮肉な現実を映し出しています。
良い設計があれば、AIは学びを支える力になります
一方、マヤが育つ世界では、事情がまったく異なります。
学校の教師たちは、AIを適切に使いこなす技術を、きちんと教えられています。
教育現場には十分な予算があり、開発者たちは、子どもの安全のための研究に対して、しっかりと投資しています。
教師の代わりにAIを使わせるのではなく、教師の力を補うための技術として、AIが位置づけられているのです。
マヤの世界にも、リスクがまったくないわけではありません。巨大なテック企業に富が集まりすぎることや、AIを使った世論操作、学術研究への影響など、注意すべき課題は残っています。
それでも、規制と教育と技術開発がかみ合っているマヤの世界のほうが、子どもにとって健やかな環境になっていると本書は描いています。
未来は、私たちの選択でできています
カイとマヤ、2つの世界を分けているのは、技術そのものの違いではありません。
社会が、AIとどう向き合うかを決める、その姿勢の違いです。
本書は、技術の進歩を運命のように受け入れるのではなく、教育、評価の仕組み、そして規制という3つの手段を通じて、私たちが未来を選び取れると伝えています。
学生たちがAIの適切な使い方を求めて声を上げたり、研究者たちがAIの安全性を検証したりする動きは、すでに世界のあちこちで始まっています。
一人ひとりの小さな行動が、社会全体の選択を形づくっていく。
これは、企業のブランディングや経営にも通じる考え方だと思います。
未来は、待っているだけでは決まりません。
誰が、どんな意思を持って動くかによって、これから作られていくものなのです。
AI時代において、自分を絶えず変革していくためのヒントとして、こちらの1冊「『メタスキル』深津貴之・けんすう・尾原和啓――あなたの努力は、AIに代替されていませんか?」もぜひご覧ください。

まとめ
- AI蛇油――誇大宣伝の構造を見抜く――効果が証明されていない商品ほど、強い言葉で売り込まれます。教育、評価、規制という3つの手段が、誇大宣伝から社会を守ります。
- 仕事の未来――過大な恐怖と過小評価の両極を超えて――試験の成績と、実際の仕事の現場は別物です。自動化は少しずつ進み、本当に問われるのは、技術をどう使うかという権限と分配の問題です。
- カイとマヤの世界――AIとともに育つ子どもたちが映す社会の選択――規制だけでは子どもを守りきれず、教育と設計がかみ合ってこそ、AIは学びを支える力になります。未来は、私たちの選択でできています。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
