この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】決断の意味は、決断した瞬間にはまだ存在しません。吉田幸司が示す5つの構えを通じて、考え抜いた先にある「それでも決める」ための作法を読み解きます。
1.意味は事後に生まれる:感情で決めていい局面と、行動の後に初めて意味づけられる決断のあり方を見極めます。
2.事実を引き受ける覚悟:他者の道徳に委ねず、賭けとしての決断と、その結果を引き受ける構えを学びます。
3.協創という構え:自力の限界を認め、他者とともに行動していく姿勢が、次の一歩を支えます。
- 「この決断で、本当によかったのだろうか」。ビジネスでも人生でも、こう自問する瞬間は誰にでも訪れます。
- 実は、その答えは、決断した瞬間にはまだ存在していません。
- なぜなら、決断の意味は、その後の行動によって、事後的に形づくられていくものだからです。
- 本書は、考え抜いた末に、それでもなお答えの出ない局面で、人がどのような構えで決断し、行動していくのかを、5つの構えとして描き出しています。
- 本書を通じて私は、未来に身を投げてみて初めてわかることの多さを、あらためて引き受け直すことになりました。
吉田幸司さんは、日本で初めて「哲学」を事業内容に掲げた会社を設立した、異色の経歴の持ち主です。博士(哲学)という肩書きを、考え抜くことのその先――決断し、行動することにまで広げてきた人だと思います。
上智大学の哲学研究科で博士課程を修了した後、同大学の特別研究員、日本学術振興会特別研究員(東京大学)などを経て、クロス・フィロソフィーズ株式会社を設立しています。「哲学コンサルティング」という言葉を掲げ、人材・組織開発やビジョン構築に使えるワークショップを数々のトップ企業で実施してきました。その取り組みは『日本経済新聞』や『週刊ダイヤモンド』など各メディアでも取り上げられ、哲学シンキング研究所のセンター長、上智大学の非常勤講師なども兼任しています。
前著の『「課題発見」の究極ツール 哲学シンキング』(マガジンハウス)や『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』(かんき出版)は、いずれも「考え抜くこと」そのものを主題にしてきました。
本書はその先――考え抜いても答えが出ない局面で、どう決断し、行動するのかというところまで踏み込んでいます。哲学を仕事にしてきた人だからこそ、思考の限界を語れるのだと思います。
決断の意味は、決断した瞬間にはまだない
本書の後半は、「考える私」だけでは決められない局面に、人がどう向き合うのかを描いています。
ここで示されるのは、決断の意味は決断した瞬間には定まっておらず、その後の行動によって初めて形づくられるという考え方です。
感情で決めていい3つの条件
証拠が出るまでは判断を保留すべき、という場面があります。
しかし、証拠がいつまでも出ない場合、感情によって決めてもよいと、W・ジェイムズは言います。彼が許した「感情で決める」選択には、3つの条件があります。
1.生きた選択であること
2.逃げ道のない避けられない選択であること
そして
3.ほかに逃げ道がなく、重大な選択であること
この3条件が揃っていれば、証拠が出るまで待とうとすることは、むしろ真理をつかみ損ねるリスクを冒すことになります。
思考で答えが出ない場面において、感情によって決めることは、決して思考を放棄することではありません。
むしろ、証拠がないなかで「信じる道を選ぶ権利」が自分にあると引き受けることだと思います。
決断は、なにもしないで真理をつかみ損ねるリスクを冒すより、証拠が出るまでは、判断を保留すべきである。
椅子の目的は、あとから変わる
木製の椅子には、質料因、形相因、目的因、作用因という4つの原因があるとアリストテレスは説きました。
しかし、プラグマティズムの立場では、椅子は座るためだけのものである必要はありません。
窓ガラスを割るためにイスを使うこともできるし、アート作品として展示することもできる。
ある出来事や経験の意味は固定的なものではなく、後から生じる作用因によって書き換えられていきます。
たとえば、雇用契約の対象として、A社を選んだ瞬間、その決断が正しかったのかはわかりません。
あとからの経験や、B社との関係性やコンテクストによって、意味づけられていきます。
ここで重要なのは、「何を得られるか」ではなく「何を取り逃す可能性を、自分は引き受けられるか」に着目することだと思います。
決断の時点で満足のいく答えを求めすぎると、かえって身動きが取れなくなります。
私自身、パーパスやビジョンの策定に伴走するなかで、企業が最初に掲げた言葉の意味が、後の実践を通じてまったく違う輝きを帯びていく場面を、幾度となく見てきました。
「やるしかない」ときの覚悟、事実を引き受ける
考え抜いたうえで、それでもなお思考だけでは支えきれない局面があります。
長年連れ添ったが、我慢の限界、事業の改善はやりつくした――そうした問いを抱えたとき、人は他者の意見や道徳に委ねるのではなく、自らの生を賭けて決断する瞬間に入ります。
ゴーギャンの賭け――他者や道徳に委ねない生き方
株式仲買人だったポール・ゴーギャンは、劇的な転身をした人物として知られています。
家族を置いてフランスを離れ、タヒチへ渡った彼の生き方を指す言葉として「ゴーギャン・コンプレックス」があります。哲学者B・ウィリアムズは、ゴーギャンの生き方を例に挙げ、倫理的な生を問いました。
ゴーギャンは家族を犠牲にしたという点では「反道徳的」であったかもしれませんが、自らの生に対して「誠実さ(インテグリティー)」があったとも理解できるのです。
インテグリティーとは、他者や世界との関係を断ち、自分の殻に閉じこもることではありません。もし自分のしたいことだけに関心が向けられ、悦に浸っているだけなら、それは自己耽溺(じこたんでき;自分自身や自分の世界に深く浸りきり、他を顧みなくなる状態)になってしまいます。
成功の保証がないまま決断し、結果によって部分的に正当化されるかもしれない、というだけの話です。
娘のアリーヌが急性肺炎で急逝したとき、ゴーギャンは精神的に大きな打撃を受けました。
自らの持病の悪化や困窮した生活とも重なり、心身ともに追い詰められた状態のなかで、自らの芸術の集大成を残さねばならないという強い執念に突き動かされ、作品を描き上げます。
その代償を無視することはできません。

われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか
(D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)
制作:1897-1898年
縦横:139×374.5cm
所蔵:ボストン美術館
出典:Wikipedia
フランクルの「うつわ」――事実を受け止める
すべてを失い、何も残らなかったとしたら。想像してみてください。
予期せぬ出来事に直面して事業に失敗し、家庭不和や自己破産に至ったとしたら。
私たちは、自分ではコントロールの及ばないことに直面し、成功も失敗もします。
精神科医ヴィクトール・E・フランクルは、強制収容所での体験を『夜と霧』に綴りました。
多くの人が希望を失った極限状態のなか、フランクルは妻から与えられた、たったひとつのことを胸に、生を肯定する道を見出します。人生から何を期待するかではなく、人生が自分に何を期待しているのかという問いに、その都度応答すること。
共に生きた、という事実だけでも、決して償われて余りある幸福なのだと彼は考えました。
決断がもたらす結果は、時に取り返しのつかないものです。
それでも、その事実を受け止める「うつわ」を自分のなかに持てるかどうかが、決断のあとを生きる力になるのだと思います。
自力の限界を認め、他者と協創する
ここまでの3つの構え――感情で決めること、のちの行動で意味づけられること、成功の保証がないまま賭けてしまうこと――は、いずれも「考える私」だけでコントロールできることではありません。
むしろ、偶然の出会いや事実そのものによって、人は「決断させられている」あるいは「決断してしまっている」と言ったほうが近い局面があります。
田辺元の実存協同
日本の哲学者、田辺元(1885~1962)は、自らの哲学が学生を戦場に駆り立ててしまった無力さ、時代の流れに対する無力さを恥じ、悔いました。
田辺のこの弱さは、批判されるべき対象であると同時に、私たちに大切な示唆を与えてくれます。「自分で決める主体」という前提そのものが揺らぐとき、田辺が「実存協同」と呼んだ構え――個々人の個別性を認めながら、他者とひとつの全体として行動していく構え――が必要になるのではないでしょうか。
自分自身では対応できない事柄があると認めることは、自分の弱さや不完全さを認めることでもあります。しかしそれは、行き過ぎた思考にブレーキをかけ、どう行動するかを自覚させるという点で、むしろ重要な構えだと思います。
自分で決める主体という前提そのものが、揺らぐ瞬間がある。
伴走スタイルという構え
気候危機や世界情勢に対して、自分の力だけではどうにもできない無力を痛感する場面が、今日、増えています。だからこそ求められているのは、偶然の出会いによる協創や、予期せぬ出来事に開かれながら、多元的な他者と協創しつつ行動していく構えなのだと思います。
これは、私が伴走スタイルという言葉で大切にしてきたことと、深く重なります。
伴走とは、一人で考え抜いて答えを出すことではなく、自力の限界を認めたうえで、他者とともに意味を編み直していくことです。
人は考え抜いた末に、それでも決めきれない瞬間を迎えます。そのとき必要なのは、孤独に決断を背負うことではなく、他者とともに一歩を踏み出す構えなのだと思います。
哲学的に思索する場面もあれば、そうではない場面もある。
両者を対比的に並立させながら引き受けるという構えのなかに、豊かに生きるための手がかりがあるのだと思います。
本書の論点のクロスポイントとして、こちらの1冊「咲ける場所は、待っていても見つからない――橘玲・安藤寿康『運は遺伝する』」はいかがでしょうか。

まとめ
- 決断の意味は、決断した瞬間にはまだない――感情で決めていい局面と、後の行動によって意味づけられる決断のあり方を見極めることが重要です。
- 「やるしかない」ときの覚悟、事実を引き受ける――他者の道徳に委ねず賭けとして決断し、その結果としての事実を受け止める「うつわ」を持つ構えが求められます。
- 自力の限界を認め、他者と協創する――「考える私」だけで決めきれない局面を認め、他者とともに行動していく構えが、次の一歩を支えます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
