この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】行動遺伝学が示すのは、環境の影響がないという話ではなく、育て方という「共有環境」ではなく、その人だけが経験する「非共有環境」こそが個性を形づくるという事実です。
1.型にはめる限界:親や上司が意図してつくる共通の環境は、実は人格形成にほとんど影響しないと知ること。
2.非共有環境の力:本人だけの経験や選択の積み重ねこそが、その人らしさを育てるのだと理解すること。
3.居場所の選び直し:馴染めなかったとしても本人のせいではなく、次の居場所を探す力を支えることの大切さ。
- 「この子には、この環境が合っていないのかもしれない」——そう感じたとき、私たちはつい、環境そのものを責めるか、あるいは本人の適応力を疑ってしまいます。
- 実は、行動遺伝学という分野が長年積み重ねてきたデータは、まったく違う答えを差し出しています。
- なぜなら、双生児研究が明らかにしてきたのは、親がどれだけ意識的に「共有の環境」を整えても、それが子どもの人格形成に与える影響は、ほとんど無に等しいという事実だからです。
- 本書は、遺伝率という数字を手がかりに、私たちが信じてきた「良い環境をつくれば人は育つ」という前提そのものを問い直します。
- 本書を通じて、環境を与える側の発想から、本人が自分に合う場所を選び直していく力を支える発想へと、視点を転換していきたいと思います。
橘玲(たちばな あきら)さんは、作家として数々のベストセラーを送り出してきた方です。行動遺伝学、進化心理学、脳科学など、科学的知見をもとに社会や人間関係の「不都合な真実」を解きほぐすスタイルで知られています。
タブー視されがちなテーマに正面から向き合い、データや研究結果を丁寧に積み上げながら、読者が目を背けたくなるような事実を、冷静な筆致で提示していく姿勢が特徴です。
本書『言ってはいけない――残酷すぎる真実』も、その姿勢が貫かれた一冊だと感じます。遺伝と環境、血縁と絆、意識と無意識といった、私たちが安易に語りたがらない領域に、科学の光を当てています。
遺伝率という数字が「型にはめる経営」の限界を示す
親や上司が良かれと思って整える「共通の環境」は、実は本人の個性形成にほとんど寄与しないという知見から出発したいと思います。
双生児研究が突きつける事実
一卵性双生児と二卵性双生児を比較する研究によって、性格やパーソナリティにおける「共有環境」の寄与度は、ほぼゼロに近いことがわかっています。
同じ家庭で、同じ親のもとで、同じしつけを受けて育っても、きょうだいの性格が大きく異なるのはよくあることです。これは偶然ではなく、共有環境そのものが人格形成にほとんど影響しないという構造の表れだと考えられます。
一卵性双生児のこころにおける遺伝の影響がきわめて大きいということは、別々に育てても人格や能力・才能に共有環境がほとんど影響を与えていないことを示しています。
これを経営や組織づくりに置き換えてみると、示唆はとても大きいと感じます。
理念研修や統一された行動指針、画一的な評価制度といった「共有の型」をどれだけ丁寧に整えても、それだけでは一人ひとりの主体性や創造性を育てることにはならないのだろうと思います。
「良い制度」への過信を手放す
私自身、伴走スタイルという考え方を大切にしてきましたが、その根っこには「型を与えれば人は育つ」という発想への違和感がありました。
本書が示すデータは、その違和感に科学的な裏づけを与えてくれるものです。制度や研修という共有環境は、あくまで土台を整えるものであって、そこで働く一人ひとりの物語を決定づける力は持っていないのだと思います。
だからこそ、経営やブランディングにおいて本当に問われるべきは、共有の型をどう精緻化するかではなく、一人ひとりが自分だけの経験を積み重ねていける余白を、どうつくるかという問いなのだと感じています。
「非共有環境」こそ、その人らしさを育てる土壌になる
共有環境の影響がほぼゼロだとすれば、では何が個性をつくるのか。本書が示す答えが「非共有環境」です。
本人だけが経験する現実
非共有環境とは、同じ家庭で育ったきょうだいであっても、それぞれが個別に経験する友人関係、学校でのできごと、たまたま出会った先生や本、偶然の成功や失敗といった、本人固有の経験の総体を指します。
人格や能力の形成において、遺伝の影響を除いた残りの多くは、この非共有環境によって説明されるとされています。共有環境ではなく、本人だけの物語の蓄積こそが「その人らしさ」をつくっているということです。
子どもの人格形成に決定的な影響を与える非共有環境とは、いったいなんだろうか。
伴走スタイルが目指してきたもの
この知見は、私が実践してきた伴走スタイルの本質と深く重なります。
伴走とは、共通のフレームワークを一方的に当てはめることではなく、その人だけが積み重ねてきた経験や物語に寄り添い、そこから立ち上がる意味を一緒に言語化していく営みです。
組織における人材育成やビジョン浸透においても、同じ研修を受けさせ、同じスローガンを唱和させることに力を注ぐより、一人ひとりが自分の経験の中からどんな意味を見出しているかに耳を傾けるほうが、はるかに本質的なのだと思います。
パーパスやマイパーパスという言葉を大切にしてきたのも、まさにこの非共有環境的な発想に近いのだと、本書を読みながら改めて気づかされました。組織の物語は、個人の物語との重なりの中でしか、本当の意味で機能しないのだと思います。
居場所は与えるものではなく、選び直す力を支えるもの
最低限の環境さえ整えば、子どもは自ずと育っていく。
そして、ある環境に馴染めなかったとしても、それは本人のせいではありません。
トライアンドエラーを許容する視点
本書が扱う進化適応環境の議論も踏まえると、人が特定の環境に馴染めないことは、本人の欠陥ではなく、その環境とその人との組み合わせの問題である場合が多いのだと考えられます。
だとすれば、大切なのは、最初から完璧な環境を用意することではなく、合わなかったときに次の居場所を探しにいける力そのものを支えることなのだと思います。
これは子育てだけでなく、組織におけるキャリア形成にもそのまま当てはまる視点です。
親も、組織も変わっていい
ある部署や役割に馴染めなかった人がいたとき、それを本人の適応力不足として片づけるのではなく、居場所を選び直すプロセスそのものを支援する組織でありたいと感じます。
そして、それは経営者やリーダー自身にも向けられるべき視点です。かつて有効だった制度や価値観に固執する必要はなく、リーダー自身も変わっていっていいのだと思います。
型を押しつけるのではなく、一人ひとりが自分の非共有環境を生き、そこから居場所を選び直していく。その伴走者であり続けることこそ、これからの経営やブランディングに求められる姿勢なのだと、本書を通じて改めて感じています。
遺伝に関する本質的なアプローチには、こちらの1冊「『教育は遺伝に勝てるか?』安藤寿康――遺伝の真実を見つめ、私たちのバイアスに気づく」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 型にはめる限界――共有環境が人格形成に与える影響はほぼゼロであり、画一的な制度や研修だけでは個性は育ちません。
- 非共有環境の力――本人だけが積み重ねる経験こそが「その人らしさ」をつくり、伴走とはその経験に寄り添う営みです。
- 居場所の選び直し――環境に馴染めないのは本人のせいではなく、次の居場所を探す力を支えることが、親にも組織にも求められています。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
