この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「将来のためにいまを犠牲にする」という感覚は、いつから当たり前になったのでしょうか。大川内直子さんが文化人類学の知見から解き明かす、資本主義という心的傾向とその時間感覚の起源を読み解いていきます。
1.資本主義は制度ではなく心的傾向:将来により多くの富を得るために現在を犠牲にする、という人間の心的傾向として資本主義を捉え直すことができます。
2.直線的時間感覚の起源:ゴーイング・コンサーンという「終わりなき未来」を前提とする発想が、実はごく近年に確立された時間観であることがわかります。
3.制度は変えられずとも運用は更新できる:資本主義という心的傾向は入れ替え不可能でも、環境税やコモンズ管理などの制度設計によってアップデートは可能だという視座を得られます。
- バックキャスティングやパーパス経営という言葉を、当たり前のように使ってはいないでしょうか。
- 実は、「将来のために現在を犠牲にする」という発想そのものが、人類史においてはごく新しい部類に入る時間感覚です。
- なぜなら、多くの伝統的社会では円環的な時間観が支配的であり、未来を現在の延長線上に直線的に見据えるという発想自体が存在しなかったからです。
- 本書は、資本主義を政治的・経済的な「システム」としてではなく、将来により多くの富を得るために現在の消費を抑制し投資しようとする「心的傾向」として定義し直し、その時間感覚の変遷を丁寧にたどっています。
- 本書を通じて、経営における「未来を描く」という営みが、実はどれほど特殊な心の使い方の上に成り立っているかを、あらためて考えてみたいと思います。
大川内直子さんは、文化人類学を専門とする研究者であり、株式会社アイデアファンドの代表取締役を務めています。東京大学教養学部を卒業後、同大学院総合文化研究科で修士課程を修了し、みずほ銀行本店にてコーポレート・ファイナンス業務に従事した経歴をお持ちです。
2018年にアイデアファンドを設立し、フィールドワークやデプスインタビューといった文化人類学的な調査手法を、国内外の企業の事業開発や製品開発に応用する仕事を手がけています。
学術的な知見と実務の両方を行き来してきた背景が、本書における「ミクロな人類学的視点」と「マクロな経済システムの理解」を往復する独自の論の運びにつながっているのだと思います。
資本主義を「制度」ではなく「心的傾向」として捉え直す
資本主義という言葉を聞くと、多くの人は経済学や政治学が扱う大きなシステムを思い浮かべるはずです。しかし本書が採用する視座は、それとは異なります。
資本主義を、私たち一人ひとりが日々の暮らしのなかで行っている、ごく個人的な判断の積み重ねとして捉え直すところから、議論が始まります。
「-ism」としての資本主義
大川内さんは、資本主義(Capitalism)という言葉を、資本+主義(Capital-ism)として捉え直すことを提案しています。資本という名詞ではなく、-ismという接尾辞、つまり「主義」や「傾向」を表す部分に着目する視点です。
日本語では「資本主義」という四字熟語として定着しているため、私たちはそれをひとつの完成されたシステムとして受け止めがちです。
しかし原語のニュアンスに立ち返ると、資本主義とは、将来により多くの富を得るために、現在の消費を抑制し、投資しようとする人間の心的傾向そのものを指しているといえます。
翌年の収穫を増やすために、今年食べる分を我慢して種籾に回す、という農耕民の判断は、まさにこの心的傾向の典型例です。マルクスが論じた資本主義とは別の文脈で、もっと素朴な、生きるための工夫としての資本主義的な行為が、人類の歴史のなかに古くから存在していたと考えられます。
資本主義とは、将来のより多い富のために現在の消費を抑制し投資しようとする心的傾向である。
マクロなシステムとミクロな行為の往復
本書のもうひとつの特徴は、資本主義を論じる際に、マクロな政治・経済システムの記述と、ミクロな個人の行為という、ふたつのスケールを往復しながら考察を進めている点です。
資本主義の本質を、法制度や国家の仕組みといったマクロな次元にではなく、個々人の心の使い方というミクロな次元に見出そうとする姿勢は、経営やブランディングを考えるうえでも示唆的です。
組織のビジョンやパーパスを語るとき、私たちはつい、制度設計や戦略というマクロな話に終始しがちです。
しかし本書の立場に立てば、パーパスが機能するかどうかは、結局のところ、組織に属する一人ひとりが、将来のためにいま何を我慢し、何に投資しようとするかという、ミクロな心的傾向に懸かっているということになります。
制度をどれだけ整えても、そこで働く人々の時間感覚が伴わなければ、絵に描いた餅に終わってしまうはずです。
「心的傾向」という視点が経営に問いかけるもの
心的傾向としての資本主義という捉え方は、企業経営における「戦略か、それとも意志か」という問いにもつながっていきます。
戦略は制度やロジックの言葉で語られますが、意志は個人や組織の時間感覚、つまり将来をどう見据えるかという心の姿勢の言葉で語られるはずです。
「人は戦略ではなく意味や物語によって動く」という考え方も、まさにこの心的傾向の重要性を指しているのだと思います。組織が本当に変わるためには、制度をいじるだけでなく、一人ひとりの時間の感じ方、つまり将来への構えそのものを変えていく必要があるのでしょう。
円環的時間から直線的時間へ――資本主義というOSの起源
着目したい「時間感覚」の話は、本書の中核をなすテーマのひとつです。
資本主義がなぜ、これほどまでに「未来」を志向するのか。
その謎を解く鍵は、時間そのものの捉え方の変化にあります。
円環的な時間のなかで生きる社会
大川内さんは、アルジェリアの伝統的な農牧社会を例に、円環的な時間感覚を紹介しています。この社会では、時間は刻々と未来へ向かって直線的に進むものではなく、四季の巡りのように繰り返される円環として体験されていました。日本における春夏秋冬の感覚や、仏教における輪廻転生の思想も、同じ円環的な時間観の表れだと考えられます。
こうした社会では、集団が同じリズムで農作業や儀礼に参加することが重視され、時間は個人が独立して計算し投資すべき対象としてではなく、集団で執り行う祭事の巡りとして経験されていました。将来により多い富を計算するという、直線的な時間感覚に基づく発想自体が、そこには存在しなかったのです。
ゴーイング・コンサーンという発明
一方、資本主義的な社会では、時間は独立した単位として区切られ、将来のより多い富のために現在の消費を抑制し投資する対象になっていきます。
この転換を象徴するのが、企業という存在の変化です。かつて航海がひとつ終わるごとに利益を分け合って解散していた共同出資の仕組みが、次第に期限を設けない「ゴーイング・コンサーン」という前提へと移行していきました。
十七世紀のオランダ東インド会社(VOC)の設立は、その大きな転換点のひとつとされています。
株式会社と証券取引所という仕組みが生まれたことで、企業は時間的な限界を設けずに存続することが可能になり、資本主義は将来への時間的な射程を大きく広げていきました。
VOCは期限を設けない有限責任の企業という点で、時間的なフロンティアの拡大を企図したものでした。
イスラム金融に見る「時間感覚」の攻防
興味深いのは、こうした直線的な時間感覚と計算可能性が、決して人類にとって普遍的なものではないという点です。本書ではイスラム金融の例が紹介されています。
イスラム教では利子(リバ)を禁じる戒律がありますが、現代においても、住宅ローンなどの金融取引が必要とされる場面は存在します。そこで生み出されたのが、リバハと呼ばれる、戒律に抵触しない形で実質的に利子と同様の機能を果たす手法です。
戒律という制度上のルールと、経済活動が要求する実質的な機能とのあいだで、人々が編み出した迂回策のような仕組みだと考えられます。制度としての時間感覚や計算可能性を否定していても、実質的な経済行為としての「将来のために現在を犠牲にする」という心的傾向そのものは、そう簡単には消えないということを、この例は示しているのだと思います。
資本主義は入れ替えられなくとも、アップデートはできる
心的傾向としての資本主義は、システムのように丸ごと入れ替えることができません。
しかし、だからといって、私たちにできることがないわけではないと本書は説きます。
「脱資本主義」では解決しない理由
資本主義がもたらした環境破壊や格差拡大といった問題に対して、資本主義そのものを撤廃すべきだという「脱資本主義」の議論があります。
しかし大川内さんは、資本主義を人間が持つ心的傾向として捉える以上、それを撤廃することは事実上不可能だという立場を取っています。
将来のためにいまを犠牲にするという心の動き自体を、社会全体からなくすことはできないからです。
この視点は、組織変革の議論にもそのまま当てはまるはずです。企業文化や組織のありかたを、制度を変えるだけで一新できると考えるのは楽観的すぎるのだと思います。人が長年培ってきた時間感覚や価値観そのものを変えるのは、制度の変更よりもはるかに困難な仕事だからです。
制御可能なミクロの積み重ねとしてのアップデート
一方で、本書は資本主義を全否定するのではなく、アップデート可能なものとして捉え直そうとしています。
たとえば環境税のように、外部不経済を内部化する仕組みや、コモンズという地域の資源を共同管理していく手法など、個々人の心的傾向を前提にしながらも、行動のインセンティブを設計し直すアプローチが紹介されています。
これは、経営における組織づくりの発想とも重なります。一人ひとりの意志や心的傾向を無理に変えようとするのではなく、その傾向を活かしながら、行動が自然と良い方向に向かうような仕組みや物語を用意していくという発想です。
パーパスを掲げるだけでなく、それが日々の意思決定のなかで「自然と機能する仕組み」とセットで設計する必要があるのだと思います。
資本主義は本質において入れ替え可能なシステムではなく、アップデート可能な心的傾向である。
未来を「良いと思っている」から生きられる
本書の終盤で印象的なのは、人が未来についての計算をするのは、単に効率がよいからではなく、直線的な時間感覚に基づいて「未来のほうが良いと思っている」から、という指摘です。私たちはすでに資本主義的な時間感覚に染まった存在として、将来のためにいまを犠牲にする行為を、ごく自然な営みとして受け入れています。
この「良いと思っている」という感覚こそが、パーパスやビジョンを掲げる経営の土台になっているのだと思います。将来をより良いものにできるという確信がなければ、そもそもビジョンを描く意味自体が成立しません。「意味や物語によって人は動く」という考え方も、この直線的な時間感覚のなかで、はじめて力を持つのだと、あらためて感じます。
まとめ
- 資本主義は制度ではなく心的傾向――将来のより多い富のために現在を犠牲にする、という人間の判断の積み重ねとして資本主義を捉え直しました。
- 円環的時間から直線的時間へ――ゴーイング・コンサーンという「終わりなき未来」の発想が、実はごく近年に確立された時間感覚であることを見てきました。
- 資本主義はアップデート可能――心的傾向そのものは入れ替えられなくとも、環境税やコモンズ管理といった仕組みの設計によって、資本主義は更新し続けることができます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
