『教育脳』安藤寿康――遺伝という種を、どう発芽させ、育てるか

『教育脳』安藤寿康――遺伝という種を、どう発芽させ、育てるかの書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】教育とは遺伝子に刻まれた種を、環境という土壌でどう発芽させるかという相互作用のプロセスです。安藤寿康が脳科学と行動遺伝学の両面から、固定的な能力観を解体し、育つ人と育てる人の関係を問い直します。
 
1.予測する脳という前提:脳は最初から個人差をもって世界を予測しており、教育とはそのズレを埋め合わせる共同作業であること。
2.遺伝は遺伝しないという逆説:遺伝率という数値が、個人の運命を固定するものではないこと。
3.二人称から立ち上がる学び:教える/教わるという一方向の構造ではなく、共同注意から生まれる伴走的な学びのかたち。

  • なぜ、同じ教室で同じ授業を受けても、学び取るものはこれほどまでに一人ひとり違うのでしょうか。
  • 実は、その差異は教育が始まる前から、脳という器官そのものに刻み込まれています。
  • なぜなら、私たちの脳は生まれ落ちた瞬間から、それぞれ異なる予測モデルを携えて世界と向き合っているからです。
  • 本書『教育脳』は、能動的推論という最新の脳科学理論と、行動遺伝学という長年の実証研究を接続しながら、この個人差の正体を丁寧に解きほぐしていきます。
  • 本書を通じて、私は改めて、教育を「与える」ものから「共に発芽させる」ものへと捉え直す必要性を感じました。
安藤寿康
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安藤寿康さんは、慶應義塾大学で長年にわたり行動遺伝学の研究を続けてこられた研究者です。

双生児法という手法を用いて、知能や学力、性格といった人間のさまざまな特徴に遺伝がどの程度関わっているのかを、実証的に明らかにしてきました。

その研究姿勢の背景には、遺伝という言葉がしばしば誤解され、時にタブー視されてきたことへの強い問題意識があります。遺伝の影響を無視することは、むしろ一人ひとりの学習者が抱える困難や可能性を、正しく理解する機会を奪ってしまう。そうした思いから、安藤さんは科学的な知見をもとに、教育のあり方そのものを問い直す仕事を重ねてこられました。

本書はその集大成ともいえる一冊であり、脳科学の最前線と行動遺伝学の蓄積とを架橋する、稀有な視座を提供してくれます。

能動的推論と行動遺伝学が示す「教育脳の2つのカギ」――脳は最初から差異を持って予測している

なぜ同じ体験を受けても、理解の深さや興味の持ち方がこれほど違うのか。

この問いを解く鍵は、脳がそもそも何をしている器官なのかという理解の更新にあります。

自由エネルギー原理と能動的推論――脳は予測のズレを埋めようとする

脳科学ではいま、「脳は予測している」という考え方が大きな注目を集めています。

この理論によれば、脳は世界をそのまま受け取っているのではなく、常に自らの内部モデルをもとに次に起こることを予測し、その予測と現実とのズレを小さくしようとしながら働いています。

脳のあらゆる働きまでも、脳のこの基本原理で統一的に説明できるのではと考えられているのです。

このズレを埋める方法はふたつあります。

ひとつは知覚や認知学習を通じて予測そのものを世界に合わせて更新していく方法、もうひとつは行動によって世界の側を自分の予測に近づけていく方法です。

後者はカール・フリストンが提唱した能動的推論と呼ばれる考え方であり、教育を「知識を注入する営み」としてではなく、「学習者自身の予測モデルを外部から揺さぶり、更新を促す働きかけ」として捉え直す視点を与えてくれます。

私自身、クライアント企業のビジョン策定に伴走する際、相手がすでに持っている暗黙の予測モデル――つまり自分たちの事業や組織についての無意識の前提――を可視化し、そこに新しい情報を差し込むことで初めて、腹落ちする変化が起きるという実感があります。これは教育脳の議論と地続きの構造だと感じています。

行動遺伝学が明かす「学び方」の個人差

もうひとつの鍵が、行動遺伝学の知見です。双生児研究の蓄積により、知能や学力だけでなく、頑張る力や諦める力、生きる力といった、これまで人格や努力の問題とされがちだった特性にまで、相応の遺伝的個人差があることが明らかになってきました。

ただし、これは遺伝がすべてを決定するという意味ではありません。同じ教育環境や教材を与えても、そこから何をどれだけ吸収できるかという反応の度合いには、生まれつきの幅があるということです。

この事実を認めることは、一人ひとりに合わせた学びの設計を諦めることではなく、むしろその出発点になります。ヒトの脳が強く遺伝的な影響を受けていることが、行動遺伝学ではすでに明らかにされてきています。

組織開発の現場でも同じことが起こります。同じ研修プログラムを受けても、そこから引き出すものは人によって大きく異なります。それを個人の資質の問題として切り捨てるのではなく、一人ひとりの予測モデルの違いとして受け止め直すところから、本当の意味での育成設計が始まるのだと考えています。

「遺伝は遺伝しない」という誤解の解体――固定的な遺伝観から、可変で動的な発現プロセスへ

遺伝という言葉を聞くと、多くの人は「生まれつき決まっている、動かしがたいもの」というイメージを抱きます。しかし本書が示すのは、その直感がいかに実態からずれているかという事実です。

GWASが示す膨大な遺伝子の集合と「遺伝率」の誤解

近年の遺伝子研究では、GWASと呼ばれる手法により、数十万から数百万人規模のデータから、学歴や知能に関わる膨大な数の遺伝子変異が特定されるようになりました。その数は4000か所近くに及び、文字通りすべての染色体上に散らばっています。

ひとつの能力がひとつの遺伝子で決まるのではなく、無数の小さな効果を持つ遺伝子の組み合わせによって個人差が生まれる。この事実そのものが、遺伝を単純な運命論として語ることの危うさを教えてくれます。

親から子へのバラつき――遺伝はそもそも遺伝しない

さらに興味深いのは、遺伝の影響力を示す数値である遺伝率が、たとえ高くても、それがそのまま親から子への伝わりやすさを意味するわけではないという指摘です。

つまり遺伝はそもそも遺伝しないのです。

親が持つ膨大な数の遺伝的変異は、メンデルの分離と独立の法則に従って子どもに伝達される際に、完全には類似しません。

一組の親から何人子どもが生まれても、その組み合わせは毎回異なり、双子でもない限り同じ遺伝的個性が再現されることはないのです。この事実は、「親にしてこの子あり」という素朴な遺伝観を覆すものであり、同時に、一人の人間の可能性を親の姿から予め見積もることの危うさも教えてくれます。

私はこの構造を、企業のビジョン策定における「前例踏襲」への警鐘としても受け取りました。ある組織文化から生まれた個々の事業や人材は、その組織の性質を色濃く受け継ぎながらも、決して同じ形で再現されるわけではありません。

過去の成功パターンを固定的な遺伝子のように扱い、そのまま複製しようとする発想こそが、実は最も遺伝の本質から遠いのだと気づかされます。

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素直に育まれる環境をどう設計するか――共同注意・ナチュラル・ペダゴジーが教える「二人称」の場づくり

遺伝的な個人差が動的で可変なものだとすれば、次に問うべきは、その発現を後押しする環境をどう設計するかという実践的な課題です。

共同注意という教育の起源

本書が示す興味深い知見のひとつが、共同注意という能力です。

これは、二人の人間が同じものに一緒に注意を向けるという、一見単純に見える行為が、教育という営みの最も原初的な基盤になっているという指摘です。

共同注意は社会性の基盤となる重要な能力です。

私とあなた、私と誰かほかの人という2者関係から、私とあなたと対象という3項関係へと意識が広がったとき、初めて教育が成立する土壌が生まれます。

神経科学の研究では、この共同注意がなされているときに、相手の意図を推測する脳領域が活性化することも明らかにされています。2人で同じものを見るという行為そのものが、すでに深い社会的な意味を帯びているのです。

さらに、ヒトには「人に教えないではいられない」という固有の性質があることも紹介されています。

乳児でさえ、実験者が知らない情報に対して、知っている情報よりも頻繁に指差しをするという研究があり、これは知識を一方的に共有しようとする、ヒトに備わった贈与的な傾向を示唆しています。

外発的動機づけの限界と、環境が学びをアフォードする発想

一方で、現在の学校教育の多くは、報酬や評価、罰則といった外部からの働きかけによって行動を促す、外発的動機づけを土台にしています。

これは受験やテストという「形式」のための教育であり、本来の意味での学びの真正性とは距離があるという指摘は、示唆に富んでいます。

これに対して本書が示すのは、文化そのものが教育をアフォードする、つまり可能にするという発想です。椅子が座ることを可能にするように、文化財や環境そのものが、教育と名づけられていなくても、学びを促す機能を十分に持っているという考え方です。

私が伴走スタイルという言葉を掲げてきたのも、まさにこの発想に近いものがあります。一方的に知識を教え込むのではなく、共に同じ対象に注意を向け、その場に学びが自然と立ち上がるような環境そのものを設計する。

それは、パーパスやビジョンを掲げるだけでは組織が動かないという、私自身の実感とも重なります。外発的な評価指標を整えることよりも先に、二人称的な共同注意が生まれる場をどうつくるか。

組織における育成やビジョン浸透の設計においても、この問いこそが出発点になるのだと、本書を読みながら改めて考えさせられました。

こちらの1冊「共創の可能性をどのように担保するのか!?『「頭がいい」とは何か』勅使川原真衣」も、人と人と人の関係を考えるヒントをたくさん提供してくれます。ぜひご覧ください。

まとめ

  • 能動的推論と行動遺伝学が示す教育脳の2つのカギ――脳は生まれつき異なる予測モデルを携えており、教育とはそのズレを埋め合わせる共同作業です。
  • 「遺伝は遺伝しない」という誤解の解体――遺伝率の高さは運命の固定を意味せず、個々の発現は常に可変で動的なものです。
  • 素直に育まれる環境をどう設計するか――一方向的な指導ではなく、共同注意から立ち上がる二人称的な場づくりこそが、学びの土壌をつくります。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

遺伝の影響が大きいとわかったら、教育の意味がなくなってしまうのではないでしょうか?

本書が示すのは、遺伝が結果を固定するのではなく、環境への反応の仕方に個人差があるという事実です。むしろ一人ひとりの反応の違いを前提にすることで、教育の設計はより精緻なものになります。遺伝を知ることは、教育を諦める理由ではなく、より的確に働きかけるための手がかりになります。

外発的な評価や報酬に頼らない教育は、実際にどう始めればよいのでしょうか?

本書が示す共同注意の考え方に従えば、まずは評価の仕組みを整える前に、同じ対象に一緒に注意を向ける時間そのものを増やすことが出発点になります。組織であれば、目標数値の共有以前に、課題そのものへの関心を共に育てる場を意識的につくることが有効です。

親や上司の資質が、子どもや部下にそのまま遺伝するのではないかという不安には、どう向き合えばよいのでしょうか?

本書は、遺伝率の高い特性であっても、親から子への伝達には大きなばらつきがあることを明らかにしています。同じ環境で育っても、一人ひとりの発現の仕方は異なります。過去の型をそのまま次世代に当てはめようとするのではなく、個々の可能性を都度見極める姿勢が求められます。

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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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