この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】安藤寿康『教育は遺伝に勝てるか?』は、遺伝が学力やパーソナリティに驚くほど大きく関わっている事実を、行動遺伝学の知見から明らかにします。同時に、私たちが「親のせい」「子のせい」という分かりやすい物語に、いかにとらわれやすいかを教えてくれます。
1.遺伝の真実を知る:能力もパーソナリティも、思っている以上に遺伝の影響を受けています。
2.バイアスに気づく:結果の原因を単純化したがる私たちの思考のクセを、双生児研究が浮き彫りにします。
3.「好き」を信じる:先の見える「好き」の中にこそ、一人ひとり異なる資質が宿っています。
- 子どもの性格を見て、「これは親の育て方のせいだ」「本人の努力不足だ」と、つい分かりやすい理由を探してしまうことはないでしょうか?
- 実は、離れて育った双生児の研究は、そうした「わかりやすい物語」の多くが、思い込みに過ぎないことを示しています。
- なぜなら、私たちは、目の前の結果に対してもっともらしい単一の原因を当てはめたがるバイアスから、なかなか逃れられないからです。
- 本書は、双生児研究を専門とする安藤寿康さんが、遺伝という動かしがたい真実を正面から見つめながら、そのうえで教育や環境、そして「好き」という感覚にできることは何かを丁寧に論じた一冊です。
- 本書を通じて、遺伝の大きさを受け止めた上で、私たちがどれほどバイアスに翻弄されているか、そして子どもや大人と向き合うときに何を大切にすればよいかを考えていきたいと思います。
安藤寿康(あんどう じゅこう)さんは、1958年東京都生まれです。慶應義塾大学名誉教授で、教育学博士です。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学です。日本における双生児法研究の第一人者として、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績に及ぼす影響を、長年にわたり研究してこられました。
子育てや教育の「常識」を、科学的なデータに基づいて問い直す姿勢が、本書にも一貫して流れています。
遺伝の真実は、思っている以上に大きい
学力もパーソナリティも、私たちが思っている以上に遺伝の影響を受けています。
ここでは、その大きさを示すデータと、正しい受け止め方を見ていきたいと思います。
メンデルの法則が示す、確率としての遺伝
200年前、メンデルはエンドウマメの交配実験から、遺伝の本質的な法則を導き出しました。親が持つ一対の遺伝子のうち、どちらか一方だけがランダムに子どもへと伝わっていきます。
このランダムネスがあるからこそ、同じ両親から生まれたきょうだいでも才能や性格がまったく異なることが起こり得ますし、逆に、まったく違う環境で育った一卵性双生児が驚くほど似ることも起こり得ます。
遺伝とは、家系という型に人をはめ込む力ではなく、一人ひとりに独自の組み合わせを配る、確率のしくみなのだと思います。
学力もパーソナリティも、遺伝の影響は大きい
行動遺伝学の第一原則は「いかなる能力もパーソナリティも行動も、遺伝の影響を受けている」というものです。
日本人小学生の国語の学業成績は、およそ5割が遺伝で説明され、家庭環境の影響は3割強、学校などの非共有環境の影響は1割台にとどまるという調査結果があります。
さらに驚かされるのは、ADHDや自閉症のような発達の特性についても、一卵性双生児の一致率が二卵性双生児よりはるかに高く、遺伝要因がおよそ8割を占めるとされていることです。
外交性、協調性、勤勉性といったパーソナリティにも、家庭環境はほとんど影響を与えていません。同じ家庭で育っても性格がまるで違うきょうだいがいるのは、決して珍しいことではないのです。
この事実を知らずにいると、子どもの成績が伸びない理由を、本人の努力不足や勉強の仕方、先生の良し悪しのせいにしてしまいがちです。
しかし、勤勉性そのものが半分近く遺伝で説明されるとしたら、その評価はあまりに理不尽だと感じます。
子どもにとっては、遺伝要因も家庭要因も、ともに自分ではどうすることもできないガチャ要因です。
自分自身の持つ遺伝要因と生まれ落ちた環境によって、あわせて8割から9割が説明されるほどの大きさだというのに、このことがほとんど知らされていない世間では、子どもがお勉強ができない理由を、本人の努力不足や、勉強の仕方、先生の良し悪しといった、もっぱら非共有環境のせいにされています。
これは、子どもにとって、きわめて理不尽といわざるをえません。
数字が意味するもの、しないもの
遺伝の真実を直視することは、子どもを突き放すことではないと思います。
むしろ、本人にはどうにもならない部分があると認めた上で、何にどう向き合うべきかを考え直す出発点になるはずです。
数字だけを見ると身も蓋もない話に思えるかもしれませんが、実際にはこの数字が示しているのは「集団の中でのばらつきをどの要因が説明するか」であって、個人の可能性そのものを否定するものではありません。
この前提を正しく理解することが、遺伝の話を建設的に受け止める第一歩になると思います。
「親のせい」「子のせい」という物語にとらわれている私たち
私たちは結果を見ると、つい分かりやすい単一の原因を当てはめたくなります。
しかし、その因果の矢印は、思っているよりずっと逆転していることがあります。
双生児研究が示す、因果の逆転
本書でとりわけ印象に残ったのが、離れて育った双生児の研究です。
生まれてすぐに別々の家庭に引き取られた一卵性双生児の記録によれば、ある男性の双生児は、まったく性格の異なる養母のもとで育ちました。一方の養母は極端に几帳面で、家中をいつもきれいに整えている人でした。もう一方の養母は反対に、身だしなみにも家事にもまったく無頓着な人でした。
ところが成長したふたりは、そろって几帳面な性格になっていたそうです。しかも興味深いのは、それぞれが自分の几帳面さの理由を、片や「母がそうだったから」、片や「母の反対をしたかったから」と、まったく正反対の説明で語っていたということです。
この逸話が示しているのは、私たちがいかに「結果には分かりやすい原因があるはずだ」というバイアスにとらわれやすいかということだと思います。
子どもの性格や行動を見て、私たちはつい「親の育て方のせいだ」「本人の努力不足だ」という物語を当てはめたくなります。しかし実際には、因果関係が逆であることも少なくありません。
几帳面な子どもだからこそ几帳面な母親の行動をお手本として選び取ったのかもしれませんし、几帳面でない母親に対しては反発というかたちで自分の資質を発揮しただけなのかもしれません。
子どもが親の育て方を映す鏡なのではなく、子ども自身の資質が、親との関わり方や、そこから何を学び取るかを選び取っているのだと思います。
遺伝子検査という、もうひとつのバイアス
同じようなバイアスは、遺伝子検査や科学への過信という、正反対の方向にも表れます。
今では生まれたばかりの赤ちゃんのDNAから、将来の学歴や病気のリスクをある程度予測できるようになりました。ただし、その説明率はまだ4%から6%程度に過ぎず、高校の模擬試験の成績から大学の合格率を予測する精度にはとても及びません。
それにもかかわらず、遺伝子検査の結果を絶対的な未来予測であるかのように受け止めてしまう人は少なくありません。
遺伝子の情報はあくまで確率であって、運命ではないはずです。
私たちは、結果に対して単一の原因を求めたがる思考のクセから、なかなか自由になれないのだと感じます。
子どもの「好き」を、疑わずに大切にする
遺伝という動かせない土台の上で、私たちは子どもや自分自身とどう向き合えばよいのでしょうか。本書が繰り返し語りかけているのが、「好き」という感覚の大切さです。
「好き」に宿る、遺伝的な資質
近年の脳科学は、「好き」というごく個人的な感覚の中に、知覚や動機づけ、学習行動を導く働きがあることを明らかにしています。一卵性双生児の脳のMRI画像は、顔立ちが似ているのと同じくらい、構造がよく似ているそうです。
何に心を動かされ、何を面白いと感じるかという、もっとも個人的に思える感覚の中にも遺伝的な素質が働いているのだと思うと、「好き」という気持ちを軽んじてはいけないと感じます。
とはいえ、「好き」を大切にしましょうと言われても、それが一時的な感覚的なものなのか、その先に何かにつながる資質なのかを見極めるのは簡単ではありません。
だからこそ本書は、「好き」の中に、ただ楽しいという以上の「先」が見える気がするかどうかに注目しています。
一時の流行のように消えてしまう「好き」もあれば、時間をかけても飽きずに向き合い続けられる「好き」もあります。
後者には、本人の遺伝的な資質が発現しているサインが宿っていることが多いのだと思います。
子どもの好きの芽を、摘み取らないために
志賀直哉の短編「清兵衛と瓢箪」を思い出します。
瓢箪に夢中になる少年が、大人たちから「くだらない趣味だ」と取り上げられてしまう物語です。
大人の側にある「役に立つかどうか」「ものになるかどうか」という物差しは、時に子どもの純粋な好きの芽を、無自覚のうちに摘み取ってしまいます。
「下手の横好き」だと切り捨てる前に、その好きの中に何が宿っているのかを、もう少し丁寧に見つめてみたいと思います。
大人同士の関わりにも、同じことが言える
そしてこれは、子どもだけの話ではないはずです。
大人同士の関わりにおいても、私たちはつい相手の「好き」や個性を、役に立つかどうかという物差しで測ってしまいがちです。
しかし、遺伝という一人ひとり異なる土台の上に立っている以上、誰かにとっての正解が、別の誰かにとっての正解であるとは限りません。
子どもであれ大人であれ、目の前の相手が何を面白いと感じ、何に時間を忘れて向き合っているかという「好き」のサインに立ち会うこと。
それこそが、遺伝という動かせないものの上で、私たちにできる最も本質的な関わり方なのだと思います。
進化を冷静に見つめてみることも私たちを客観視できるかも。こちらの1冊「「最適」なものだけが残る、は本当か!?『理不尽な進化 増補新版 ――遺伝子と運のあいだ』吉川浩満」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 遺伝の真実は、思っている以上に大きい――学力の個人差の約5割は遺伝で説明され、ADHDや自閉症のような特性にも共有環境はほとんど影響しません。メンデルのランダムネスが、一人ひとり異なる資質を生み出しています。
- 「親のせい」「子のせい」という物語にとらわれている私たち――離れて育った双生児が驚くほど似ている一方で、私たちはすぐに分かりやすい原因を求めてしまいます。因果関係は、思っているよりずっと逆転していることがあります。
- 子どもの「好き」を、疑わずに大切にする――「好き」の中には遺伝的な資質のサインが宿っています。役に立つかどうかで測るのではなく、先の見える好きに、子どもにも大人にも丁寧に立ち会いたいと思います。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
