この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】心の状態は、機嫌が良いか悪いかの2つしかありません。スポーツドクター・辻秀一が、教育現場を題材にしながら、経営やチームづくりにも応用できる「機嫌のマネジメント法」を提示しています。
1.心の単純化:フローとノンフローという2択に整理することで、複雑に見える感情を扱いやすくします。
2.コントロール領域の分離:ストレッサーは消せなくても、ストレス状態はマネジメントできると気づきます。
3.意味付けからの解放:不機嫌をつくっているのは出来事ではなく、自分自身の意味付けだと理解します。
- 経営者やリーダーは、自分の機嫌が組織全体の空気を決めていることを、どこまで自覚しているでしょうか?
- 実は、機嫌の良し悪しは、能力や環境の問題ではなく、日々の心の使い方の問題です。
- なぜなら、心の状態はフローとノンフローという単純な2択であり、その切り替え方さえ知っていれば、誰でも自分の機嫌を自分でつくり出せるからです。
- 本書は、教員向けのメンタルトレーニング書という体裁を取りながら、機嫌を経営資源として扱うための実践的な視点を数多く提供しています。
- 本書を通じて、ストレッサーに振り回されることと、ストレスというマネジメント可能な状態に向き合うことの違いを、経営の言葉で捉え直していきたいと思います。
辻秀一さんは、1961年生まれのスポーツドクターです。北海道大学医学部を卒業し、慶應義塾大学で内科研修を積んだのち、「本当に生きるとは何か」という問いに向き合い、クオリティ・オブ・ライフの支援を志すようになりました。
そのヒントをスポーツに見出し、慶應義塾大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学びます。1999年には株式会社エミネクロスを設立し、応用スポーツ心理学をベースにした独自理論「辻メソッド」によるメンタルトレーニングを、スポーツ・ビジネス・教育の各分野に展開してきました。
37万部を突破した『スラムダンク勝利学』をはじめ、『自分を「ごきげん」にする方法』『禅脳思考』『さよなら、ストレス』など著書は多数にのぼります。本書は、そうした知見を教育現場向けに再構成した一冊です。
フローとノンフローという2択――経営者が見落としがちな「心の状態」の単純さ
多くの経営者は、自分自身の心の状態を「絶好調」か「絶不調」かという両極端でしか捉えていません。しかし、本書が示す視点はもっと軽やかです。
心の状態は、機嫌が良いか悪いかのグラデーションであり、その中心はいつも揺れ動いている。
ゾーンを目指さなくていい
トップアスリートが語る「ゾーンに入る」という究極の集中状態は、狙って再現できるものではありません。日常のマネジメントにおいても、常に最高のパフォーマンスを目指す必要はないはずです。
大切なのは、ゾーンのような極端な状態ではなく、「ゆらがず、とらわれない」「自然体でいられる」といったライトなフローの感覚を、日々の判断の中に積み重ねていくことだと思います。経営会議でも、現場での意思決定でも、機嫌が良い状態のほうが、情報の受け取り方も、部下への声かけも、明らかに質が変わります。
機嫌はパフォーマンスの土台である
真面目なリーダーほど、「するべきことをする」ことに意識が向きがちです。しかし、するべきことを、機嫌良くやるかどうかで、成果の質は大きく変わります。
同じ業務量、同じメンバーであっても、機嫌の良い状態で取り組む組織と、不機嫌な緊張感の中で取り組む組織とでは、アウトプットの質もチームの結束力もまったく異なります。機嫌が良い人のところには自然と人が集まり、機嫌が悪い人の周りからは人が離れていくものです。
自分で自分の機嫌をとるという発想
多くのリーダーは、「誰かに機嫌をとってもらう」という受け身の姿勢に慣れてしまっています。しかし、自分自身の心をマネジメントするという主体性こそが、経営における本当の自己管理だと思います。
外部からの評価や成果に機嫌を依存させている限り、心の状態は常に不安定なままです。まずは、自分の心の状態にはフローとノンフローの2つしかないと知ることから、経営者としての心のマネジメントが始まります。
ストレッサーとストレス状態を分離する――排除できないものと、マネジメントできるものを分ける思考
経営には、コントロールできることと、コントロールできないことがあります。この線引きを誤ると、消耗するだけの努力を続けることになってしまいます。
ストレッサーは、この世からなくならない
取引先の理不尽な要求、業界の急激な変化、優秀な人材の離職。これらは、いくら対処しても次から次へと現れる「外的な刺激」です。
本書は、これを「ストレッサー」と呼び、それによって心に生じる反応を「ストレス状態」と呼んで、明確に区別しています。
一つのストレッサーが消えても、また新たなストレッサーが訪れる。ストレッサーが完全になくなることはない。
経営者が「あの問題さえ解決すれば楽になる」と考えがちなのは、この構造を見誤っているからかもしれません。ストレッサーをひとつずつ潰そうとする行為自体が、もぐらたたきのような疲弊を生み出します。
マネジメントすべきは、ストレッサーではなく自分の状態
ここで経営に応用できる視点は、ストレッサーをなくす努力ではなく、ストレッサーに向き合ったときの自分の心の状態をマネジメントする努力に、意識を切り替えることです。
環境や相手を変えようとするコントロールの発想から、自分の反応を整えるマネジメントの発想へ。この転換は、リーダーシップ論においても本質的な考え方だと思います。組織の外側にある変数をすべて管理しようとするのではなく、自分自身の内側にある変数に集中することで、結果的にパフォーマンスは安定していきます。
認知機能がストレス状態をつくり出している
人間は、進化の過程で「外界に対して考え反応する力」、つまり認知機能を手に入れました。この機能のおかげで文明は発展しましたが、同時に、常に外の世界と向き合い、意味を考え続けることを強いられるようにもなりました。
睡眠不足や体調不良、自分の能力不足さえも、脳にとってはストレッサーになり得ます。つまり、ストレス状態とは、現代人が自らの高度な脳機能によってつくり出しているものだと言えます。この事実を知るだけでも、ストレッサーへの向き合い方は変わってくるはずです。
意味付けの暴走に気づく――「イヤな雨」は存在しないという視点と、ポジティブシンキングとの違い
ここで、経営者やリーダーがもっとも誤解しやすいテーマに触れたいと思います。それは、ポジティブシンキングと、本書が提唱する「ごきげん思考」との違いです。
雨そのものに意味はない。「イヤな雨」にするのも「恵みの雨」にするのも、受け取る側の意味付けである。
出来事に意味はない
同じ「あと5分しかない」という状況でも、焦りを感じる人もいれば、まだ余裕があると感じる人もいます。同じ出来事、同じ時間でも、意味付けの仕方によってまったく違う感情が生まれます。
これは、経営における「解釈のクセ」にも通じます。市場の変化や部下の失敗といった出来事そのものには、本来良いも悪いもありません。それに対してネガティブな意味を重ねてしまうのは、脳の習性であり、自分自身の選択でもあります。
ポジティブシンキングとの決定的な違い
ここで多くの人が混同しがちなのが、ポジティブシンキングとの違いです。ポジティブシンキングは、悪い状況に対して「これは良いことだ」と、無理やり前向きな意味を上書きしようとするアプローチです。一時的には気分が上がっても、根本にある「意味付けの構造」自体には手をつけていないため、反動で疲弊してしまうことも少なくありません。
一方、本書が示す「ごきげん思考」は、そもそも出来事に意味などなかったと気づき、自分が勝手に意味付けをしていた事実に立ち返るアプローチです。
前向きな解釈を新たに乗せるのではなく、意味付けそのものをいったんフラットに戻す。この違いは、経営における問題解決の姿勢にも重なります。無理にポジティブな物語をつくろうとするのではなく、まず自分の解釈のクセに気づくことから始めるほうが、はるかに持続可能だと思います。
意味付けに気づくことが、リーダーの成熟である
誰かに対して苛立ちを感じること自体は、人間として自然な脳の反応です。問題は、その苛立ちに「あの人はいつもこうだ」という意味付けを重ね、それを自分の中の常識として固定してしまうことです。
リーダーが自分の意味付けの癖に自覚的であることは、部下やチームとの関係性にも直結します。
「この案件は厳しい」「あの人とは合わない」といった意味付けに気づき、それを一度手放してみることで、組織の中に新しい可能性が生まれてくるはずです。
ごきげん思考とは、無理に明るく振る舞う技術ではなく、自分の意味付けに気づき続ける、地に足のついた実践だと思います。
ご機嫌については、こちらの1冊「松浦弥太郎『ご機嫌な習慣』――リーダーとは、自分を引き受け続けた人のことだ」も大変おすすめです。ぜひご覧ください。

まとめ
- フローとノンフローという2択――心の状態は複雑な感情の集合体ではなく、機嫌が良いか悪いかというシンプルな2択です。まずはこの単純さに気づくことが、心のマネジメントの出発点になります。
- ストレッサーとストレス状態の分離――ストレッサーはこの世からなくなりません。マネジメントすべきは外部の刺激ではなく、それに向き合う自分自身の心の状態です。
- 意味付けの暴走と、ポジティブシンキングとの違い――出来事そのものに意味はなく、意味付けをしているのは自分自身です。無理に良い意味を上書きするポジティブシンキングとは異なり、意味付けの構造そのものに気づくことが、持続可能な機嫌のつくり方になります。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
