この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】学校や会社という枠組みで下された評価は、あなたの適性そのものではありません。安藤寿康さんの知見をもとに、可能性を狭めずに動き続ける方法を考えます。
1.疑似環境という前提:学校も会社も本物の社会ではなく、そこでの評価は限定的なものさしにすぎません。
2.まずやってみる姿勢:計画してから動くのではなく、動いてから次の選択肢が見えてくるという順番です。
3.直感は経験から育つ:本物を嗅ぎ分ける感覚は、本物に触れた回数の蓄積からしか生まれません。
- 「自分にはこの分野は向いていない」——学生時代や新人時代に、そう結論づけてしまった経験はないでしょうか。
- 実は、その評価はあなたの本当の適性を正しく測れていない可能性があります。
- なぜなら、学校や会社という場所は、本物の社会そのものではなく、人為的に設計された限定的な環境だからです。
- 前回は、才能とは脳が予測を重ねる中で育っていく動的なものだとお伝えしました。本書『生まれが9割の世界をどう生きるか』は、その才能が実際にどう発現していくのかを、学校というシステムの限界も含めて解き明かしていきます。
- 今回の2回目を通じて見えてくるのは、狭い環境で下された評価に縛られるのではなく、まず動いてみることでしか自分の可能性は更新されないということです。
安藤寿康さんは1958年生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程を経て、同大学文学部教授を務められました。専門は教育心理学、行動遺伝学、進化教育学です。
双生児法をはじめとする行動遺伝学の手法を用いて、知能やパーソナリティに遺伝と環境がどのように影響するかを長年研究してこられました。
つまり、「向いているかどうか」を考える前に、まず小さく行動してみることで、初めて自分の内的感覚が反応するかどうかがわかるんです。行動が先、分析は後。この順番を逆にしてしまうと、いつまでも動けないままになってしまいます。
学校も会社も、本物の社会ではない
「あの環境で評価されなかったから、自分には向いていない」——そう思い込んでしまう瞬間は、実はかなり危ういものです。ここでは、疑似環境での評価をそのまま自分の適性だと誤読してしまう脳のクセについて考えてみます。
学校は人為的に作られた疑似社会である
学校というのは、学習者に学習を効率よく行わせるために、計画的・組織的に作られた環境です。
同じ年代の子どもたちを集め、共通のカリキュラムを与え、決められた役割を委員会や係で分担させます。本物の社会の縮図のように見えて、実はかなり人工的な作り物なんですよね。
学校というのは、教育者が学習を意図的・計画的に行わせるために人為的に作られた環境です。それでもそれが本物の社会の縮図だという幻想を、教師も生徒も共犯関係になって持ってしまっています。
会社も同じ構造を持っています。
決められた評価軸、決められた昇進ルート、決められた「優秀」の定義。
その中で下される評価は、あなたという人間の全体ではなく、その限定された物差しに対する適合度でしかありません。
疑似環境の評価を、適性そのものと取り違えてしまう
部活動が続かなかった、合唱部で音程が合わなかった、新人研修でうまく立ち回れなかった。
そういう経験があると、人はつい「自分には才能がない」という結論に飛びついてしまいます。
でも、それは本当に正しい判断なんでしょうか。
学校も会社も、無数にある環境のうちのひとつの切り取り方にすぎません。
そこでの評価が低かったからといって、別の環境、別の文脈でも同じ結果になるとは限らないはずです。
むしろ「この場所に合わなかった」というだけの情報を、「自分という人間全体の限界」に一般化してしまう。これは、前編でお伝えした「数字を物語に変換してしまう脳のクセ」の、もうひとつの現れ方だと思います。
疑似環境を批判するより、道具として使いこなす
ここで大事なのは、学校や会社そのものを全否定することではありません。ナイフが人を傷つけるからといって、ナイフという道具そのものが悪いわけではないのと同じです。使い方次第で、道具は人を助けもすれば傷つけもします。
学校や会社という疑似環境も同様で、そこで得られる知識やスキル、人脈には確かに価値があります。ただ、そこでの評価を絶対視せず、「これはあくまでひとつの物差しでの結果だ」と距離を置いて見られるかどうか。この距離感を持てるかどうかで、その後の可能性の広がり方が大きく変わってくるはずです。
計画するより、まずやってみる
自分に何が向いているか、頭の中だけで考えても答えは出てきません。ここでは、行動することでしか次の選択肢が見えてこないという、キャリア論の知見を重ねてみます。
やりたいことがない人ほど、動く前に立ち止まりすぎている
「やりたいことが何もない」「得意なことも特にない」——そう感じている人は、実はそれほど珍しくありません。エベレストや富士山のように突出した才能を持つ人はごく稀で、多くの人はなだらかな起伏の中で生きているものです。
問題は、才能がないことではなく、なだらかな起伏の中にある小さな「これ」を見つける前に、頭の中だけで計画を立てようとしてしまうことにあります。
何が向いているかを考え尽くしてから動こうとすると、変数が多すぎて答えが出ないまま止まってしまうんですよね。
「まずやってみる」ことで、次の選択肢が生まれる
ここで参考になるのが、キャリア論における計画的偶発性という考え方です。キャリアの大部分は、事前の緻密な計画によってではなく、予期しない偶然の出来事への対応によって形成されるという理論になります。
遺伝的な素質とマッチした対象に出会えるかどうかは、実際に触れてみるまでわからないことがほとんどです。
つまり、「向いているかどうか」を考える前に、まず小さく行動してみることで、初めて自分の内的感覚が反応するかどうかがわかります。行動が先、分析は後。この順番を逆にしてしまうと、いつまでも動けないままになってしまいがちです。
計画的偶発性については、こちらの1冊「【幸運は引き寄せられる!?】その幸運は偶然ではないんです!――夢の仕事をつかむ心の練習問題|J・D・クランボルツ,A・S・レヴィン」をぜひご覧ください。

組織における「まずやってみる」の設計
これは個人のキャリアだけでなく、組織づくりにもそのまま当てはまります。新しい挑戦を「計画がしっかりしてから」と先送りにする文化では、社員が自分の適性に出会う機会そのものが減ってしまいます。
小さく試して、反応を見て、次に進む。
このサイクルを高速で回せる環境をどれだけ用意できるか。リーダーの役割は、完璧な計画を立てさせることではなく、安心して「まずやってみる」ことができる余白を組織の中に作ることなんだと思います。
本物を嗅ぎ分ける直感は、経験からしか育たない
「これは本物だ」と感じる勘は、生まれつきの才能ではありません。ここでは、その直感がどうやって育っていくのかを考えてみます。
直感は、本物に触れた回数の蓄積である
サッカーボールを蹴ることだけに夢中になった子どもが、戦術的なプレイの面白さに目覚めていくように、本物の技術や道具に触れる経験を重ねるほど、何が本物で何がまがい物かを見分ける感覚が育っていきます。
この感覚は、頭で理屈を学んで身につくものではなく、実際に触れた経験の蓄積からしか生まれてこないものです。
子どもがやりたいと言ったら通わせてあげる、休日にお金をかけずに始められることを一緒にやってみる、というくらいの向き合い方でいいと思います。
大人になってからも同じで、本物の顧客、本物の修羅場、本物の一流の仕事に触れる回数が少なければ、直感が育つ土壌自体が育ちにくくなってしまいます。
疑似環境の中だけにいると、直感は鈍っていく
学校や会社という疑似環境の中だけで完結していると、この直感を育てる機会そのものが乏しくなってしまいます。決められた評価軸の中でうまく立ち回るスキルは磨かれても、「これは本物か、まがい物か」を自分の感覚で判断する力は、まったく別の筋肉なんですよね。
だからこそ、疑似環境の外に出て、まずやってみるという行動を重ねることが、直感という感覚そのものを鍛えるトレーニングになります。行動と直感は、切り離せない一つのサイクルとしてつながっているものだと思います。
リーダーが担うのは、直感が育つ機会の設計
組織のリーダーにとって大事なのは、社員に「直感を磨け」と求めることではなく、本物に触れる機会そのものをどれだけ用意できるかということです。本物の顧客の声を直接聞く機会、一流の仕事を間近で見る機会、失敗しても致命傷にならない範囲で挑戦できる機会。
こうした機会を積み重ねた先に、初めて「これは本物だ」という直感が育っていきます。才能とは待っていれば開花するものではなく、行動と直感の往復運動の中で、少しずつ形になっていくものだと思います。
まとめ
- 学校も会社も、本物の社会ではない。――そこでの評価は限定的な物差しの結果にすぎず、自分という人間全体の限界と取り違えてはいけません。
- 計画するより、まずやってみる。――頭の中だけで考え尽くすより、小さく行動することで初めて次の選択肢が見えてきます。
- 本物を嗅ぎ分ける直感は、経験からしか育たない。――本物に触れた回数の蓄積こそが、直感という感覚を鍛える唯一の方法です。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
