辻秀一『子どもが伸びるスポーツの声かけ』――声かけは、誰のための言葉か

辻秀一『子どもが伸びるスポーツの声かけ』の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】他者のパフォーマンスに関与できる領域は、じつは「心の状態」だけです。スポーツ心理学の知見をベースに、声をかける側の姿勢そのものを問い直す一冊です。
 
1.主体は常に本人:「何を」「どんな心で」「やるか」を決めるのは選手自身。支援者にできるのは、その心の状態を整える後押しだけです。
2.指示から支援へ:声かけが「やるべきこと」の押しつけになる瞬間、それは応援ではなく支配に変わります。介入の境界線を知ることが支援の出発点です。
3.不介入という愛:「結果や過去ではなく今」「子どものことを信じる」という心得は、他者の内側への不介入を宣言しています。

  • あなたは、子どものプレーを見ながら何を声にしていますか?
  • 実は、声かけの多くは「相手のため」ではなく「自分の不安を解消するため」に発せられています。
  • なぜなら、人は自分がコントロールできないものを前にすると、言葉によって介入しようとする衝動を覚えるからです。
  • 本書は、スポーツドクターでありメンタルトレーナーでもある辻秀一が、子どもの力を引き出す声かけの原理を、フロー理論と脳科学をベースに解き明かした一冊です。
  • 本書を通じて、「応援とは何か」という問いに向き合うとき、他者との関係性の本質が、驚くほどシンプルな構造として見えてきます。

辻秀一(つじ・しゅういち)は、北海道大学医学部卒業後、スポーツ医学・メンタルトレーニングの分野でキャリアを積んできたスポーツドクターです。

フロー理論を軸にした独自のメソッドで、アスリートのみならず、ビジネスパーソンや子どもたちのパフォーマンス向上を支援しています。

「ご機嫌」という言葉を学術的文脈で再定義し、心の状態が結果の質を決めるという思想を、多数の著書・講演を通じて発信し続けています。

パフォーマンスの主体は、常に本人の内側にある

子どもが試合でミスをした。親が声をかける。「気にしない!」「切り替えて!」——善意から出た言葉のはずが、なぜか子どもの表情がさらに曇ることがある。

この場面に、声かけの本質的な問いが潜んでいます。

「何を」「どんな心で」「やるか」という三層構造

本書が提示する人間のパフォーマンスモデルは、じつにシンプルです。パフォーマンスとは、「何を」「どんな心で」「やるか」の三要素で構成されているというものです。

「何を」は行動の内容そのもの。シュートを打つ、パスを出す、走る——これは観察可能な行為です。

「どんな心で」は、心の状態を指します。フロー状態にあるのか、ノンフロー状態にあるのか。本書ではこれを「ご機嫌」と「不機嫌」という言葉で表現しています。気分よく、楽しく、充実感を得られている状態がご機嫌=フロー状態。落ち込んだり、イライラしたり、心がゆらいでいる状態が不機嫌=ノンフロー状態です。

「やるか」は、その行動への意思と主体性です。

この3層のうち、他者が直接触れられるのは「何を」の部分——つまり「指示」の領域だけに見えます。しかし本書が繰り返し強調するのは、パフォーマンスの質を本当に左右するのは「どんな心で」の部分だということです。

心の状態は「ご機嫌」か「不機嫌」の2つだけ。心はもともと乱れやすい性質を持っている。ちょっとしたことで変化し、ご機嫌と不機嫌の間を常に行き来している。

支援者が本当に届けられるもの

つまり、声をかける親やコーチが届けられるものは、「やるべきこと」の情報ではなく、「どんな心で」という状態へのアプローチなのです。

ここに、多くの応援者が見落としているポイントがあります。

「指示」という形で届けようとした言葉が、実際には相手の心の状態を乱す作用をしてしまっている。「気にしない」という言葉が、むしろ「気にしろ」という信号として脳に届いてしまうように、言葉の内容よりも、言葉が生み出す心の状態の変化が決定的に重要なのです。

脳はそもそも「気にするな」と言われれば「気にしなければならないことがある」と認識します。これは、過去のミスについての声かけが、選手を過去に引き戻してしまう構造と同じです。声をかける側の意図と、受け取る側の心の反応は、しばしば一致しません。

だとすれば、支援者にできることとは何か。

それは、相手の心が「今、ここ」に留まれるよう、状態を整える言葉を選ぶことです。

本書が「好きな食べもの、何?」という問いかけをあえて紹介する理由はここにあります。(“好きなもの”を考えれば、心がごきげんになりますから・・・どんな時だって。)
つまり、内容の意味ではなく、言葉が引き起こす心の転換に意味があるということなのです。

声かけが「支配」に変わる瞬間

「しっかりやれ」「結果を出せ」——これらの言葉を発する側に悪意はありません。しかしこれらの声かけが、子どもをノンフロー状態に追い込む可能性があるとしたら、どう考えればいいでしょうか。

支援と支配の境界線は、思いのほか曖昧です。

「指示」は誰のための言葉か

本書で特に印象的なのは、声かけの動機を問う視点です。「優勝」「期待してるよ」という声かけの例が登場します。親からすれば励ましのつもりです。

しかし子どもはその言葉を受け取りながら、「結果を出さなければならない」「期待に応えなければならない」というプレッシャーを感じ、ノンフロー状態に入っていく。

これは、声かけが「子どもの心の状態を整えるため」ではなく、「親の期待を伝えるため」に使われているときに起きます。動機の向きが、子どもではなく自分に向いているのです。

「優勝」期待してるよ——期待してくれているのはうれしいけれど、優勝と言われるとプレッシャーを感じてノンフロー状態になるかも……という人もいます。結果のことを言われると人は結果を軸に発想する考え方を「コントロール」から「結果エントリー」と呼び、こうした結果を軸に発想する考え方に、心を乱し、パフォーマンスをかえって落としてしまうと考えます。

「コントロール」という概念は重要です。

ウォーミングアップ中の子どもに向かって「目の前のことに全力を注いでいく」という姿勢を持てるよう声をかける。それは、「今できることだけに集中させる」という支援です。

一方、「試合に勝て」「ミスするな」は、選手がコントロールできない結果を求める言葉です。コントロールできないものを求められた瞬間、人はノンフロー状態に落ちていきます。

「しっかり」という言葉の罠

本書にも登場する「しっかり」という言葉は、使い勝手がよく、つい多用されます。しかし「しっかり」は、具体性がないまま相手に委ねる言葉であり、受け取る側には「自分は今しっかりしていない」という評価として届く場合があります。

声かけが「支配」になる瞬間とは、言葉が「相手の現在を否定する」形をとったときです。否定表現、結果への言及、他者との比較——本書の13の心得のうち複数がこれらを明示的に禁じているのは、偶然ではありません。

声かけの内容を変えることよりも先に、「この言葉は誰のために発しているのか」を問うことが、支援者としての最初の問いになります。

13の心得を貫く、ひとつの原理

本書の終章には、声かけの心得が13個、整理されています。内容・指示・励ましと、バリエーションは多様です。しかしこれらを通して読むとき、貫いている抽象原理が浮かび上がってきます。

それは、「相手の内側に不介入であること」という原理です。

「信じる」とは、委ねることである

心得②「子どものことを信じる」、心得③「結果や過去ではなく、今が大切」、心得④「シンプルな言葉で子どもの『一生懸命』を支援しよう」——これらを並べると、共通の構造が見えます。

支援者は、相手の「結果」にも「過去」にも介入しない。相手の「判断」にも介入しない。できることは、「今、ここで、一生懸命に取り組める状態」を整える後押しだけ。この姿勢を、本書は「信じる」という言葉で表現しています。

「信じる」とは、感情的な信頼の表明ではありません。「あなたが自分でできる」という確信に基づいて、関与の手を引くことです。つまり、「委ねること」です。

「〜するな」の否定表現はダメな声かけ

この一言が象徴するように、否定形で介入しようとするとき、声をかける側は「相手がそのままでは不十分だ」という前提に立っています。しかし支援の本質は、「相手はそのままで十分だ」という前提から出発することです。

応援とは、不介入という関与である

ここで最初の問いに戻ります。

「私たちは、本質的には、応援しかできないのではないか」。

これは、無力感の表現ではありません。むしろ逆です。
応援とは、相手の内側には立ち入らず、しかし外側からの状態の整備に全力を注ぐという、独自の関与の形です。

心得①「『大事な』試合は存在しない。意味づけは心を乱す」——これは深い。「大事な試合だから頑張れ」という声かけは、親や指導者の「意味づけ」を相手に押しつける行為です。しかし「大事かどうか」を決めるのは、本人だけです。意味は外から与えられるものではなく、内側から生まれるものです。

だとすれば、支援者にできることは何か。「今できることに集中できる状態を、ともに作ること」。それだけです。そしてそれは、じつは非常に難しい。自分の不安や期待を手放し、相手の今に関心を向け続ける。それが「応援」という行為の、本当の姿です。

組織においても、ブランドにおいても、同じ構造があります。メンバーに「結果を出せ」と声をかけるとき、リーダーは自分の不安を解消しようとしているのかもしれません。顧客に「買ってほしい」と訴えるとき、ブランドは相手の内側ではなく自分の都合に向いているのかもしれない。

「相手の関心事に、もっとも関心を寄せ続ける」——本書の子どもへの声かけ論は、関係性のすべてに通じる原理です。

辻秀一さんの心を読む論点は、他者との関係性を考えるうえで、大変多くの示唆を提供してくれます。こちらの1冊「辻秀一『いつもごきげんでいられる人、いつも不機嫌なままの人』――心のあり方が、世界のすべてを決める」もぜひご覧ください。

まとめ

  • パフォーマンスの主体は、常に本人の内側にある――「何を」「どんな心で」「やるか」という三層構造が示すように、支援者が届けられるのは「心の状態」への働きかけだけです。指示の言葉ではなく、状態を整える言葉こそが、声かけの本質です。
  • 声かけが「支配」に変わる瞬間――動機が「相手のため」から「自分の不安の解消」に転じたとき、声かけは支配になります。「コントロール」と「結果エントリー」の違いを知ることが、支援者としての出発点です。
  • 13の心得を貫く、ひとつの原理――「信じる」とは委ねることであり、「不介入」という最も深い関与の形です。応援とは、相手の内側に踏み込まず、外側から状態を整えることに全力を注ぐ行為です。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

試合中、子どもが落ち込んでいるとき、何も言わないほうがいいのでしょうか?

「何も言わない」も選択肢の一つです。ただし本書が勧めるのは、内容のない言葉ではなく、心の状態を切り替えるトリガーになる言葉です。

「好きな食べもの、何?」のように、内容より心の転換を狙った問いかけが有効です。沈黙と声かけのどちらが正解かより、「その言葉が相手の今に向いているか」を問うことが先です。

「しっかりやれ」「頑張れ」は、本当に使わないほうがいいのでしょうか?

言葉の問題というより、動機の問題です。「しっかりやれ」が自分の不安から出ているとき、その言葉は相手の現在を否定する信号として届きます。同じ「頑張れ」でも、子どもの一生懸命を信じた上で発せられる言葉は、状態を支える支援になります。

言葉を変える前に、「これは誰のための言葉か」を問う習慣が、声かけの質を変えます。

本書のスポーツの声かけ論は、職場のマネジメントにも応用できますか?

構造はまったく同じです。「結果を出せ」という声かけがメンバーをノンフロー状態に追い込む仕組みも、「今できることに集中できる環境を整える」ことがリーダーの役割であることも、本書の原理がそのまま当てはまります。「相手の関心事にもっとも関心を寄せ続ける」という姿勢は、マネジメント・コーチング・ブランディングを貫く普遍的な支援の形です。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!