辻秀一『自分を「ごきげん」にする方法』――ごきげんとは、「選択」である

辻秀一『自分を「ごきげん」にする方法』の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「ごきげん」は気分の話ではなく、判断・選択・行動・健康というあらゆる人間機能を左右する心の状態です。辻秀一が20年以上の実践から導いた「ごきげん道」は、楽しいを真面目に選ぶ技術です。
 
1.ごきげんは選択である:感情は外側の出来事が決めるのではなく、自分の意味づけが決める。この認識が自由の出発点です。
2.認知の脳を知る:人間の脳は生命維持のため不安や警戒に傾く。その仕組みを知るだけで、心は「接着」から離れ始めます。
3.新しい脳を使う:ごきげん道とは、認知の脳とは別の「新しい脳」で意味づけを選ぶ実践であり、ライフスキルとして磨ける技術です。

  • 尊敬する人の言葉に、こんなものがありました。「楽しいを真面目に。それは幸せと、両立する」シンプルな言葉ですが、最初は少し引っかかりました。楽しいと真面目は、対立するものではないのか?むしろ、楽しいを選ぶことこそが、真剣に生きることではないのか?そんな問いを抱えて、この本を手繰り寄せました。
  • 実は、「楽しい」という状態は脳の機能と深く結びついていて、人間としての力を最大限に引き出す条件でもあります。
  • なぜなら、心がごきげんな状態にあるとき、私たちの判断力・集中力・創造力が顕著に高まるからです。
  • 本書は、スポーツドクターの辻秀一が20年以上の実践から導いた「ごきげん道」を、脳の仕組みから丁寧に解き明かした一冊です。
  • 本書を通じて、「楽しい」は逃避でも気まぐれでもなく、真剣に選び取るべき心の技術だということが、腑に落ちていきました。

辻秀一は、1961年東京都生まれのスポーツドクター・メンタルコーチです。北海道大学医学部を卒業後、慶應義塾大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学びました。

「本当に生きるとは何か」という問いを抱え続け、1999年にQOL向上のための実践の場として株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースに、個人と組織のパフォーマンスを最大化する心の状態「フロー」を生みだす独自理論「辻メソッド」を展開しています。

オリンピアンやプロアスリート、経営者など幅広いクライアントを持ち、企業研修や教育現場でも精力的に活動を続けています。37万部突破の『スラムダンク勝利学』をはじめ、著書は多数。本書はその実践の集大成とも言える一冊です。

ごきげんは「感情」ではなく「選択」である

楽しいことと、真面目であることは、本当に両立しないのでしょうか。

どこかでそう信じていた気がします。
楽しいを優先するのは、少し軽い。
我慢して、苦しんで、それでこそ真剣に生きている——と。

でも、この本を読んで、その思い込みがゆっくりと溶けていきました。

「ごきげん」が人間の機能を高める

本書が提示する最も根本的な主張は、
ごきげんな状態は、感情の「いい気分」ではないということです。

ごきげんな状態は、「判断」「選択」「行動」「健康」など、あらゆる人間としての機能を高めてくれる心の状態です。

これは、心地よい話ではなく、機能の話です。
判断力、選択力、行動力、そして健康——これらはすべてパフォーマンスの根幹です。

経営者やリーダーが日々行う意思決定の質は、
論理やデータだけで決まっているわけではありません。
その人が、その瞬間にどういう心の状態にあるか——ここが、実は最も大きな変数かもしれません。

ごきげんな状態にある人は、チャンスを見つけやすく、
不機嫌な状態にある人は、同じ場面でもリスクしか見えない。
これは気持ちの問題ではなく、脳の機能の問題です。

「楽しい」を選ぶことは、逃避ではない

「楽しい」という言葉は、軽く受け取られがちです。

でも、本書で言う「楽しい」は、享楽的な刺激を求めることではありません。
自分の心の状態を、意識的に「ごきげん」の方向へ向けるという、
能動的な選択のことです。

楽しいを「真面目に」選ぶ。
これは、矛盾ではなく、覚悟です。

外側の出来事に心を持っていかれるのではなく、
自分の心を自分でとる。
その実践を、本書は「ごきげん道」と呼びます。

スポーツの世界でも、トップアスリートは結果よりも先に心の状態を整えます。
結果が出てから機嫌よくなるのではなく、
機嫌よくあることで、結果が出る——この順番の逆転が、本書の核心のひとつです。

「ごきげん」は、人間力そのものである

もうひとつ、この本で印象に残ったのは、
“不きげん”の問題を「その人のせい」にしないという視点です。

不機嫌は、弱さや性格の問題ではありません。
人間の脳が、進化の過程で身につけた生存戦略の結果です。
それを知るだけで、自分への責め方が変わります。

そして同時に、ごきげんな状態を選び続けることが、
リーダーとしての「人間力」につながるという主張は、
単なる自己啓発を超えたものを感じさせます。

ごきげんでいる人のそばにいると、場の雰囲気が変わります。
それは、感染するからです。
リーダーの機嫌は、組織の機能に直結します。

人間は「認知の脳」にとらわれている

なぜ、ごきげんでいることは、こんなにも難しいのでしょうか。

その答えは、私たち人間の脳の構造にあります。

認知の脳は「生き延びるため」に働く

人間の脳は、もともと生命維持のために認知する機能を発達させてきました。

危険を察知し、逃げる。
敵か味方かを素早く判別する。
不安を感じることで、行動を抑制する。

この「認知の脳」の働きは、原始の環境では極めて合理的でした。
しかし現代においては、外側の出来事に次々と意味づけをしてしまい、
心が常に揺さぶられ続けるという状態を生み出しています。

雨が降っているだけなのに、「憂鬱だ」と感じる。
電車が遅延しているだけなのに、「最悪だ」と思う。
上司が無表情なだけなのに、「怒っているに違いない」と判断する。

これらはすべて、認知の脳が自動的に意味づけをしているからです。

意味づけが心をつくる

本書が繰り返し伝えていることのひとつは、
「出来事そのものに感情はない」ということです。

感情をつくっているのは、出来事に対して私たちが行う「意味づけ」です。

これは、一見当たり前のことのようで、
実際の日常では意外なほど意識されていません。

誰かに言われた言葉が頭から離れない。
あの場面を何度も反芻してしまう。
「あのとき、もし〜だったら」という思考ループ——。

これらはすべて、認知の脳が「接着」している状態です。
出来事が終わっているのに、心はまだそこに張り付いている。

この「接着」に気づくだけで、少しだけ心が離れ始めます。
本書は、その「気づき」の訓練こそが、ごきげん道の第一歩だと言います。

「不快対策思考者」の罠

本書では、「不快対策思考者」という言葉が登場します。

嫌なことが起きたとき、まず「どうすればこの不快を消せるか」を考える——
この思考パターンそのものが、さらに不快を呼び込むという逆説
です。

ごきげんとは、不快の対策をすることではありません。
自分の心の状態に気づき、意味づけを選び直すことです。

電車が遅れた。
対策として次の電車の時刻を調べることと、
「この時間を使って、好きなことを考えよう」と選ぶこと——
どちらが心の状態を整えるかは、明らかです。

「楽しいを真面目に」という言葉が、ここで生きてきます。
楽しいを選ぶことは、現実逃避ではなく、
認知の脳とは別の回路を使うという、意識的な実践なのです。

ごきげん道は新しい脳の使い方である

では、具体的にどうすればよいのか。
本書が提示する答えは、シンプルです。

「新しい脳」を使う、ということです。

認知の脳と新しい脳

本書では、人間の脳を大きく2つに分けて考えます。

外側の出来事に反応し、意味づけをする「認知の脳」と、
自分で意味づけを選ぶことができる「新しい脳」です。

「ごきげん道」は、この認知の脳の意味づけに気づき、心がごきげんになれるように新しい脳を使うことなのです。繰り返し練習する。そうすれば、新しい脳が意味づけをしてくれて、心が外に持っていかれそうになるたびに新しい脳が働いて、心が少しずつ引き張られなくなるのです。

「気づき」を繰り返すことで、脳は変わっていく。

これは、精神論ではなく、脳の可塑性の話です。
繰り返し選ぶことで、新しい脳の回路が育ちます。
ライフスキルとして磨ける、という主張の根拠がここにあります。

言葉・表情・態度を選ぶ

本書が提示するごきげん道の実践は、3つに集約されます。

言葉表情態度

この3つは、自分で選べるものです。
感情は、すぐには変えられない。
でも、言葉は今すぐ変えられます。
表情は、今この瞬間に変えられます。
態度は、次の一歩から変えられます。

例えば、イチロー選手がテレビのインタビューで言葉を選びながらゆっくり話すのは、
自分のために言葉を選んでいるからだと本書は指摘します。

言葉は外に向けてだけでなく、自分の心をつくる道具でもあります。

自分に入れる言葉で、心ができる。
耳に入る言葉で体をこわさないように、自分で言葉を選ぶ——
その積み重ねが、ごきげんな人生をつくっていきます。

「心エントリー」という発想の転換

本書には、「結果エントリー」と「心エントリー」という対比があります。

結果エントリーとは、結果が出てから機嫌よくなるという生き方。
心エントリーとは、まず心をつくってから行動するという生き方。

多くのビジネスパーソンは、無意識に結果エントリーをしています。
数字が達成できたら機嫌よくなる。
プロジェクトが成功したら楽しめる。

でも、この順番では、機嫌よくいられる時間がほとんどありません。
結果は、常に次の目標に塗り替えられていくからです。

「楽しいを真面目に」というのは、この順番を逆転させることです。
今この瞬間に、心をごきげんに整えて、行動する。
その積み重ねが、結果をつくり、そして幸せをつくる。

ごきげん道とは、結果に向かう前に、まず自分の心に向かうという選択です。

ごきげんについては、こちらの1冊「辻秀一『いつもごきげんでいられる人、いつも不機嫌なままの人』――心のあり方が、世界のすべてを決める」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ

  • ごきげんは「感情」ではなく「選択」である――機嫌は外側の出来事が決めるのではなく、自分の意味づけが決める。ごきげんな状態にあるとき、判断・選択・行動・健康というすべての人間機能が高まります。楽しいを選ぶことは逃避ではなく、能動的な覚悟です。
  • 人間は「認知の脳」にとらわれている――人間の脳は生命維持のために、外側の出来事に自動的に意味づけをする機能を持っています。この「接着」に気づくことが、心を自由にする第一歩です。「不快対策思考」から抜け出し、意味づけを選び直す視点こそが、ごきげん道の出発点です。
  • ごきげん道は新しい脳の使い方である――言葉・表情・態度という、今すぐ選べる3つの道具を使い、繰り返し練習することで「新しい脳」の回路が育ちます。「心エントリー」の発想で、まず心を整えてから行動するという順番の転換が、ごきげんな人生をつくります。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

ごきげんでいようとするほど、うまくいかないときはどうすればいいですか?

ごきげんを「目標」にすると、達成できないたびに不快が増えるという逆説が起きます。

本書が言う実践は、ごきげんになろうと頑張ることではなく、自分の心の状態に「気づく」ことから始まります。不きげんに気づいたその瞬間が、すでに「新しい脳」を使っている状態です。気づきを繰り返すことで、自然に心が整いやすくなっていきます。

リーダーや管理職として、チームのモチベーションを高めるためにごきげん道を活かすにはどうすればいいですか?

まず自分のごきげんを自分でとることが先決です。リーダーの心の状態は、言葉・表情・態度を通じてチームに伝播します。不機嫌な状態で発した言葉は、意図に関わらず周囲の機能を下げます。

「心エントリー」の発想で、会議の前・フィードバックの前・重要な決断の前に、まず自分の心を整える習慣をつくることが、チームパフォーマンスへの最も直接的な貢献になります。

ポジティブシンキングとごきげん道はどう違うのですか?

ポジティブシンキングは、ネガティブな意味づけをポジティブな意味づけに「書き換えよう」とする試みです。しかしこれは、認知の脳のフル回転を前提にしているため、エネルギーを多く消費し、維持が難しい状態を生みます。

ごきげん道は、意味づけそのものに「気づく」ことを出発点にします。無理に書き換えようとするのではなく、意味づけをしている自分に気づくだけで、心は外側の出来事から少しずつ離れていきます。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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