松浦弥太郎『きょうからできる あたらしいこと100』――身体で確かめることが、感性を育てる

松浦弥太郎『きょうからできる あたらしいこと100』の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「だいたいわかる」という感覚が、大人の感性を少しずつ鈍らせていきます。松浦弥太郎が提案する100の小さな行動は、身体を通じて感性を取り戻し、日常を意味ある時間に変える実践集です。
 
1.感性の再起動:慣れや効率優先の習慣を一度手放し、身体的な行為から新鮮な気づきを取り戻す
2.見立ての力:自分の目と手で物事を確かめる経験が、経営者としての判断軸を豊かにする
3.豊かな時間の設計:「足るを知る」視点から、意味のある時間の使い方を自らデザインする

  • 「もう一度、一年生に戻ってみませんか?」
  • 実は、大人になるほどこの問いかけを正面から受け取れなくなっていきます。
  • なぜなら、経験が積み重なるほど「だいたいわかる」という感覚が生まれ、新しいことに手を伸ばす前に、頭が先回りして結論を出してしまうからです。
  • 本書は、100の小さな行動を通じて、その「先回り」をそっと解除していく一冊です。知らない道を歩く、靴を磨く、お茶を丁寧に淹れる。どれも特別な道具も才能も必要ありません。ただ、「やってみよう」という気持ちと、少しの好奇心だけがあればいい。
  • 本書を通じて、自分の感度や感性を自分自身で取り戻していく感覚——それは経営者にとっても、ブランドをつくる人間にとっても、静かで確かな力になると思います。

1965年、東京生まれ。高校中退後、18歳で単身渡米。英語が話せないまま本屋に入り浸り、写真集や古書の世界に目覚める。帰国後、中目黒にオールドマガジン専門書店を立ち上げ、2002年には「COW BOOKS」をオープン。

2006年から2015年まで『暮しの手帖』編集長を務め、生活文化の発信者として幅広く活動。

現在は「くらしのきほん」編集長、DEAN & DELUCAマガジン編集長、株式会社おいしい健康取締役などを兼任。「ていねいに生きること」をテーマとした著書多数。本書は2026年4月、小学館より刊行。

「わかった」と思った瞬間に、感性は止まる

経営の現場で長年働いていると、あるとき気づくことがあります。 自分が物事を「見ている」のではなく、「処理している」だけになっていることに。

知識は増えるが、感じる力は鍛えられない

「だいたいわかる」という感覚は、決して悪いものではありません。 経験の蓄積がなければ、素早い判断も的確な判断もできない。 そのこと自体は正しい。

ただ、この「だいたいわかる」が積み重なっていくと、 世界の見え方が少しずつ変わっていきます。

知らない道に入ることをやめ、 行ったことのない場所に足を運ぶ回数が減り、 やったことのないことに対して「まあ、こんなものだ」と思うようになる。

松浦弥太郎は本書の冒頭でこう書いています。

大人になるにつれ、いつの間にか「だいたいわかる」「まあ、こんなものだ」と思うことが増えてきます。その一方で、自分の心が少しずつ、いつも落ち着き払っていて、あのころのようにドキドキしなくなっていくのを、どこかで感じてはいないでしょうか。

ブランドプロデューサーとして、私はこの言葉をとても大切に受け取っています。 ブランドの本質は、「意味を発見し続けること」にあります。 しかしその発見は、感性が稼働していないところからは生まれません。 知識の量ではなく、感じる解像度——それが問われているのです。

「一年生」とは、問い続ける姿勢のことだ

本書が提案する「一年生に戻る」という言葉は、 初心に帰れ、という精神論ではありません。

一年生は何も知らない。 だから何にでも興味を持つ。 やったことがないことを恥ずかしがらず、 できないことを恐れず、「やってみたい」と素直に言える。

この姿勢こそが、感性を維持する最も実践的な方法だと思います。

中小企業の経営者と対話していると、 「わかっている」ことが足かせになっているケースをよく見かけます。 業界の常識、顧客の好み、自社の強み—— それらを「わかっている」ことで、新しい問いを立てることをやめてしまう。

しかし市場は生きていて、顧客の感覚も常に動いています。 「わかった」と思った瞬間に、その感覚とのズレが生まれ始める。

一年生であり続けるとは、 「まだわからないことがある」という前提で世界に向き合い続けることです。 それは謙虚さではなく、経営者としての知的誠実さだと思います。

素直さについては、ぜひこちらの1冊「経営の判断軸となるものは、“素直さ”!?『素直な心になるために』松下幸之助」もご覧ください!!

身体を使うことが、見立ての力を育てる

本書の100の行動の多くは、身体を使うことで成立しています。 歩く、走る、書く、磨く、淹れる、眺める。 頭だけで処理できない行為が、意図的に並べられている。

行為の中に、思考の質が宿る

「30分、ランニングをする」という章でこんな一節があります。

走ることは、速くなることや強くなることばかりが目的ではない。自分自身の内側とていねいに対話する時間をつくることなのだと気づいた。

経営者がランニングを習慣にしている話はよく聞きます。 ただ、その目的を「健康管理」や「ストレス解消」と捉えているうちは、 本書が言う意味での身体的行為にはなっていないかもしれません。

走ることで呼吸が整い、心が静かになる。 その状態ではじめて、普段の思考では届かない問いが浮かんでくる。

これは神経科学的にも説明できますが、 本書の魅力はそこを「理論」として語らないことにあります。 ただ、走った先にある静けさを丁寧に描写することで、 読者が自分の身体でそれを確かめたくなるように書かれている。

道具の起源を知ることは、歴史の感性を育てる

「毎日使う道具の起源を調べる」という章では、 箸の起源が中国の火を扱うための小枝にあることが紹介されています。

道具には、たくさんの人々の知恵と工夫、そしてやさしさが詰まっている。

この感覚は、ブランドをつくる上でとても重要な視点です。 ブランドとは、製品やサービスそのものではなく、 その背後にある意志と歴史の積み重ねです。

道具一つの起源をたどることで、 ものをつくるということへの解像度が上がる。 顧客が何かを手に取るとき、その行為がどれほど深い歴史の上に成り立っているかを、 つくり手が知っているかどうかは、必ずブランドの質に表れます。

身体を使い、物の背景を感じ取る経験は、 見立ての力——つまり物事の本質を自分の言葉で語る力——を少しずつ育てていきます。

これはセミナーや読書では代替できない、経験知の領域です。

「足るを知る」から始まる、豊かな時間の設計

本書後半には、手放すこと、感謝すること、日常のひとこまに立ち止まることを促す行動が多く登場します。

「加える」より「気づく」という発想転換

「使わない物をひとつ手放してみる」という章には、こんな言葉があります。

「足りない」ではなく「足る」を知ること。手放すたびに見えてくるのは、本当に必要な人、言葉、喜び。

経営においても、これはきわめて本質的な問いです。 事業を拡大し、機能を増やし、チームを大きくすることが成長だという前提は、 いつの間にか組織の思考様式に刷り込まれています。

しかし、顧客がブランドに感じる「豊かさ」は、 多さではなく深さから生まれることが多い。

何を削ぎ落とすか、何を残すか—— その判断の精度こそが、ブランドの個性をつくります。

松浦弥太郎の言う「足るを知る」は、 減らすための戦略ではなく、本当に大切なものを見極めるための感性の話だと思います。

時間をていねいに使うことが、意味ある仕事をつくる

「ていねいにお茶を淹れてみる」では、 結果よりも過程を大切にするという姿勢が語られます。

お茶をていねいに淹れることは、結果よりも過程を大切にすること。大切なのは、時間を贅沢に使うこと。効率ではなく、手間に価値を見いだすこと。

これは生産性の話ではありません。 一杯のお茶を淹れることに向き合う姿勢が、 仕事のすべての場面に滲み出るという話です。

経営者が発する言葉、提案の仕方、顧客への向き合い方—— そこには必ず、その人が「時間をどう使ってきたか」が表れます。

丁寧な時間の使い方は、丁寧な思考を育て、 丁寧な思考は、意味のある仕事を生みます。

「感謝を手帳に残す」という習慣も、同じ文脈で読めます。

今日一日の感謝リストを手帳に残すこと。それは今日一日をハッピーエンドにする小さな習慣。

一日の終わりに感謝を書き留めることは、 その日に起きた出来事を「意味のある文脈」として整理する行為です。 何が大切だったか、誰に支えられたか—— その積み重ねが、仕事や人生の物語をつくっていく。

人は戦略ではなく、意味や物語によって動く。 私がブランドプロデューサーとして大切にしているこの考え方は、 松浦弥太郎の言う「ていねいに生きること」と、深いところでつながっていると感じます。

まとめ

  • 「わかった」と思った瞬間に、感性は止まる――「だいたいわかる」という慣れが感性の停止を招きます。一年生の姿勢で問い続けることが、経営者の知的誠実さにつながります。
  • 身体を使うことが、見立ての力を育てる――歩く、走る、磨く、調べる。身体を通じた経験が、物事の本質を自分の言葉で語る力を少しずつ育てていきます。
  • 「足るを知る」から始まる、豊かな時間の設計――何を手放し、何に丁寧に向き合うか。その感性の精度が、ブランドの個性と仕事の質を決めていきます。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

忙しい経営者が「ていねいな行動」を習慣にするには、どこから始めればよいですか?

本書が提案する行動は、どれも特別な時間を必要としません。通勤路をひとつ変えてみる、靴を磨く時間を週に一度つくる——まず一つだけ選んで、2週間続けることをお勧めします。

習慣は「始める」より「続ける」ことで意味が生まれ、その過程で感性の変化を自分で確かめることができます。

「感性を磨く」ことと「経営の成果を出す」ことは、どうつながるのですか?

感性とは、物事の意味を読み取る力です。顧客が何を求めているか、組織に何が起きているか——それを言語化する前に「感じ取る」精度が、経営判断の質を左右します。

本書の行動は、その感知センサーを日常の中で定期的にメンテナンスするための実践と言えます。

本書は自己啓発書として読むべきですか、それとも実践書として使うべきですか?

どちらでもなく、「感性の手引き書」として手元に置くのが最も有効だと思います。一度通読するより、気が向いたときにページを開いて、今日試せる一つを見つける使い方が本書の本質に合っています。

忙しい日々の中で、自分の感度をリセットするための「習慣のきっかけ集」として機能します。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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