この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「愛とは関心である」という視点が、経営の本質を問い直します。元金融マン・現ホテル経営者の樋口耕太郎が、一人ひとりの人と向き合う実践を通じて辿り着いた、愛を目的とした経営の姿と「こころの資本」の思想を描きます。
1.愛とは関心である:その人が向いている方向に関心を注ぐことが、コストゼロで組織を変える最も強力な経営の手段です
2.贈与としての付加価値:お金が介在しない経済は本来贈与的であり、人の関心に関心を向けることが本質的な付加価値を生みます
3.自分を愛することが出発点:他者への愛は自己愛から始まります。「いま、愛なら何をするか」という問いは、経営者としての根本的な指針になります
- あなたは、目の前にいる人が何に向かっているかを、知っていますか?
- 実は、その問いに向き合い続けることが、経営の本質に最も近い行為かもしれません。
- なぜなら、人は自分の関心に関心を持ってもらえたとき、はじめて本当の力を発揮するからです。 有線電話が20年間設置されなかったのはお金の問題でも技術の問題でもなく、その話を親身に聴こうとした人が一人もいなかったからだ——著者はそう述べています。 愛とは、その人が向いている方向への関心のことです。
- 本書は、沖縄のリゾートホテル「サンマリーナホテル」の経営再生を通じて、愛を目的とした経営の実践を描いた一冊です。 第1回(前回)では資本主義の構造と付加価値の正体を見てきました。 第2回では、「では自分はどう生きるか」という問いに向かいます。
- 本書を通じて、愛を目的とした経営がなぜ機能するのかを理解し、「いま、愛なら何をするか」という問いを自分自身への指針として持ち帰ることができます。
樋口耕太郎(ひぐち・こうたろう)氏は、ニューヨークの投資銀行で不動産金融を手がけた後、沖縄に移住。
サンマリーナホテルの経営再生に取り組み、従業員との対話を軸にした「愛の経営」を実践してきました。
本書は、その経営哲学の集大成であると同時に、資本主義の構造的問題と「愛に生きること」を同時に問い直した、著者自身の思想的探求の記録でもあります。
金融という数字の世界で研ぎ澄まされた分析眼と、ホテルという人間の営みの現場で育んだ感受性。
その両方を持つ著者だからこそ書ける、稀有な一冊です。
愛とは、その人が向いている方向への関心である
社長になった瞬間、会社の中で自分に正直に接してくれる人は一人もいなくなると言っていい——著者はそう述べています。
経営を引き継いだとき、著者の手元には250名の従業員がいました。 しかし彼らのこと、特に人間的なことについて、何一つ知らなかった。 わからなければ、まず聴いてみるのが一番自然なことのように思えた。 そこから、全従業員との対話が始まります。
その人の話を、その人として聴く
他人の「つまらない」話の中に、自分が気づいていないとてつもなく重要なことが含まれている。 著者はその前提で、全神経を集中して相手の話を聴き続けました。
ある従業員は、終業間際の30分だけ集中力が落ちると話しました。 子どもの保育園のお迎えが気になっているのです。 著者は「朝30分早く来て、夕方30分早く退社したらどうか」と提案しました。 彼女はその提案に喜んで賛同し、それ以来、終業間際の30分どころか一日中明るく溌剌と働くようになりました。
費用はまったく必要としませんでした。 彼女の話を心から聴いて、彼女の生活にとって大切なことを少し理解しようとしただけでよかったのです。
有線電話のエピソードも同じ構造です。 20年間設置されなかったのはお金の問題でも技術の問題でもなく、その話を親身に聴こうとした人が20年間一人もいなかっただけでした。 彼は夕方の退社時間になるたびに「有線の電話があったらいいな」と思いながら、20年間働いてきたのではないか。 著者はそう想像します。
「わかる」と「わかってもらえた」は別のことだ
著者はここで、重要な区別を示します。
「相手の気持ちをわかること」と、「相手が自分の気持ちをわかってもらえたと思うこと」は、別のことである——。
売上目標を達成した部下に「やっぱり私が期待したとおりだったな」と言う上司は、思いやりがないわけではありません。 しかし「人の関心に関心を持つ」上司は違う言葉を贈ります。 「先日の案件では、みんなが見逃していたポイントをさりげなくカバーしてくれていたね。今回が初めてじゃないことは知っているよ」と。
その違いは、相手を「役割」として見るか、「その人」として見るかの違いです。
愛とは、その人が向いている方向への関心のことです。 その人が何を怖れ、何に喜び、何に向かっているか。 その関心に関心を注ぐことが、経営者の、ひいては人間としての最も本質的な仕事だと著者は言います。
人の関心に対して関心を持つことの価値は計り知れない。 経営者が人間をもっとも大切にすると覚悟すれば、組織は変わる——。 この言葉は、著者の実践から生まれた確信です。
贈与としての経営――こころの資本の論理
第1回で見たように、株主資本主義は構造として「カツアゲ経済」です。 では、その対極にある経営とはどのような姿をしているのか。
著者はそれを「贈与としての経営」と呼びます。
お金が介在しない経済は贈与的だ
興味深いことに、お金が介在しない経済の大半は贈与的であり、関わる人を少しずつ幸せにし、極めて高い生産性を内包しています。
もともと経済は贈与だったのだから、貸し借りが数量化されなければ人間関係が贈与的になるのは当然だ——著者はそう述べています。
二宮金次郎のエピソードが印象的です。 金次郎は収穫した米を無利息あるいは無償で分け与えましたが、そのとき他人の心の中に自分にとっての「簿外資産」が蓄積されていくことに気づきました。 所有権も権利証もない、しかし確実に存在する資産。 それが贈与によって生まれる価値の正体です。
贈与は、人の関心に関心を向ける行為であり、それゆえに関わるすべての人の幸せに寄与します。 愛とは関心であり、関心を贈ることが経営の本質だとすれば、贈与と経営は同じ方向を向いています。
こころの資本が引き起こすこと
著者が構想する「こころの資本」とは、資本を増やすために人を働かせるのではなく、人間の幸せのために——愛を目的として——使われる資本のことです。
株主利益を複利で増加させ続けるプレッシャーがなくなれば、株主ではなく人間にとっての最善を事業課題にできます。 企業は無理やり需要をつくり出す必要がなくなり、消費者の最善を目的とすることが許されるようになります。 利益を無理やり捻出するために人件費が削られることもなくなります。
さらに逆説的なことに、「こころの資本」は資本家にとっての最善でもあると著者は言います。 資本を増やし続ける努力は塩水で渇きを癒やそうとするようなものであり、どれだけお金を増やしても、決して心の安らぎを得ることはできないからです。
「愛の経営」と「こころの資本」が出会うとき、資本主義の次のパラダイムが起動する——。
著者のこの言葉は、理想論ではなく、サンマリーナホテルでの実践に裏打ちされた確信として届きます。
「いま、愛なら何をするだろうか」
サンマリーナホテルの人事考課の基準は2つだけです。
どれだけ人の役に立ったか? どれだけ人間的に成長したか?
昇進も報酬も、すべてこの2つの基準によって決まります。例外はありません。
人の役に立つことと、自分を愛すること
第1の基準「人の役に立ったか」とは、どれだけ他者に愛で接しているかとほぼ同義です。 愛で接すること以上に人の役に立つことはない、と著者は言います。 愛とは関心であり、その人が向いている方向に関心を注ぐことが、人の役に立つことの本質です。
第2の基準「人間的に成長したか」とは、自分を愛することです。 自分に嘘をつかず、他人の目を怖れず、無防備に愛に生きる。 その人が成し遂げた成果よりも、その人のあり方が、人間的な成長の証であるとされます。
ここで重要なのは、他者への愛と自己愛が対立しないという視点です。
心理学者エーリッヒ・フロムは「利己主義と自己愛は正反対だ」と述べています。 利己的な人は自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのだ、と。 自分を愛していなければ、他者を愛することも、本当の意味では成立しません。 自分への関心と他者への関心は、根っこでつながっています。
フロムについては、こちらの1冊「【私たちが生きる意味とは?】愛するということ|エーリッヒ・フロム」もぜひご覧ください。

問いとして手渡される言葉
著者はホテルのテーマをこう定めています。
「いま、愛なら何をするだろうか?」
これは経営の判断基準であり、同時に一人の人間としての生き方の指針でもあります。 人と人との接点において自分はどう行動するか。 人との関係において自分をどのように見つめるか。 サンマリーナにおいてはこれがすべてに優先されます。
いま、愛に生きる。それがすべてだ。
この問いは、読者に手渡されます。
付加価値の正体を問い続けること(第1回)と、愛を目的として経営すること(第2回)は、実は同じ問いの表と裏です。 自分はこの循環のどこに立ち、目の前にいる人の、どこに向かっているかに関心を注げているか。
その問いを持ち続けること自体が、経営者としての、そして一人の人間としての成長だと思います。
まとめ
- 愛とは、その人が向いている方向への関心である――社長になった瞬間、正直に話してくれる人はいなくなる。それでも一人ひとりと向き合い、その人の関心に関心を注ぐことが、コストゼロで組織を変える最も強力な手段です。「わかること」と「わかってもらえたと思うこと」は別のことだという視点が、経営者としての姿勢を根本から変えます。
- 贈与としての経営――こころの資本の論理――お金が介在しない経済は本来贈与的であり、経営の本質も贈与にあります。人の関心に関心を向けることが付加価値を生み、株主利益の最大化とは真逆の「こころの資本」は、逆説的に関わるすべての人にとっての最善でもあります。
- 「いま、愛なら何をするだろうか」――人事考課の基準は「人の役に立ったか」「人間的に成長したか」の2つのみ。自分への関心と他者への関心は根っこでつながっています。この問いを持ち続けることが、経営者としての、そして人間としての根本的な指針になります。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
