上出遼平『ありえない仕事術』――仕事術として語れないことを、仕事術の本で語る

上出遼平『ありえない仕事術』の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「仕事術」というフォーマットを意図的に解体しながら、その先にある問い――「その成功の先に幸福は用意されているか」――へと読者を導く一冊です。上出遼平が問いかけるのは、仕事の技術ではなく、仕事を通じて何者であるかという覚悟です。
 
1.様式の解体:ビジネス書の文法を破壊することで、語れなかった真実が浮かび上がる
2.正義の地肉:「Do the right thing」は弱い人間にとっていかに難しく、だからこそ価値があるか
3.死からの逆算:今際の際に立ち会った言葉が、仕事の意味を根底から問い直す

  • 「仕事術」の本を読んだとき、何か物足りなさを感じたことはないでしょうか?
  • 実は、その物足りなさは正しい感覚です。
  • なぜなら、世に出ている仕事術の多くは、「こうすればうまくいく」という安心を売っているに過ぎず、その先に何があるかを語らないからです。
  • 本書は、テレビプロデューサー・上出遼平が「仕事術」というフォーマットそのものを武器に、そのフォーマットを内側から解体していく、前代未聞の一冊です。前半は論考、後半はフィクション形式のドキュメンタリー制作日誌。その二層構造が、仕事と人生の解像度を一段上げていきます。
  • 本書を通じて、仕事術を超えた問い――善く生きるとはどういうことか――を自分のものとして引き受ける覚悟が育まれていきます。

上出遼平は、テレビ東京のプロデューサーとして、旅バラエティ『ハイパーハードボイルドグルメリポート』を手掛けたことで広く知られています。世界の最前線、紛争地帯やスラム、難民キャンプを舞台に、食を通じて人間の生をありありと描き出した同番組は、テレビの常識を大きく超える作風で話題を呼びました。

その後、東京のテレビ局を離れフリーランスとして活動を開始。グローバルプラットフォームからの依頼を受け、「死」をテーマにしたドキュメンタリーシリーズの制作に着手します。ジャーナリスト、プロデューサー、そして「善く生きることへの探求者」として、メディアと社会の境界線を問い続ける作り手です。

本書は、そんな彼が「仕事術」というジャンルそのものへ仕掛けた、静かで鋭い解体宣言です。

仕事術本の「嘘」を暴くことから始まる――様式への解体宣言

本書は冒頭から、既存の仕事術本への宣戦布告として機能しています。読み始めた瞬間に、これは通常のビジネス書ではないと気づく構造になっています。その仕掛けを理解することが、本書の真の価値を受け取るための入口です。

「安心」を売る仕事術の限界

仕事術本が売っているのは、「こうすればうまくいく」という安心感です。しかし上出は、そのことを真正面から指摘します。

多くの「仕事術」は読者に対して「こうすればうまくいく!」と語りかけ、それによって得られる安心に金を払わせます。

安心を買うこと自体は悪いことではありません。ただ、その安心がどこへ向かうのかを考えたことはあるでしょうか。本書が問うのは、まさにその先です。

ビジネスの世界は競争の場です。しかし、勝ち続けることは原理的にほぼ不可能であり、仮に勝ち続ければ、その足跡には敗者の山が積み上がっていきます。上出はそれを冷静に見つめ、「その先に幸福はあるでしょうか」と問います。これは道徳的な問いではなく、経営の根幹に関わる実践的な問いです。

様式を破ることで語れることがある

本書の特異な構造――前半は仕事論の断章、後半はフィクション形式のドキュメンタリー制作日誌――は、単なる実験的な試みではありません。様式を破ることによって初めて語れることがある、という確信から生まれた選択です。

ビジネス書の文法の中では書けない真実がある。人間の弱さ、欲望、正義への渇望、そして死への恐怖。それらを語るために、上出は「これはフィクションです」という注釈を本文に紛れ込ませ、架空の物語を通じて現実を描こうとします。

経営においても同じことが言えます。戦略資料の体裁を整えることで語れないことがある。ビジョンを美しい言葉に変換したとたんに失われるものがある。様式の外に出ることへの恐れを手放したとき、組織の中に本当の対話が生まれるのではないでしょうか。

「どう生きるか」が「どう仕事するか」を規定する

仕事術本は「どうすれば仕事がうまくいくか」を問います。しかし上出が置いた主眼は「どうすれば善く生きることができるか」です。

この転換は小さいようで大きい。仕事術は外側からの処方箋ですが、善く生きることへの問いは内側からの問いかけです。経営者やビジネスリーダーにとって、これは他人事ではありません。組織を導く側に立つとき、「善く生きるとはどういうことか」という問いを自分の中に持っているかどうかが、あらゆる判断の質を左右します。

「Do the right thing」は弱い人間にとっていかに難しいか――正義の地肉

本書の中盤で、上出は「Do the right thing」という言葉を掲げます。「善きことをしよう、真っ当なことをしよう」という、ごく当たり前のスローガン。しかし彼は続けます――「目に付く場所に張り出しておいてもいいくらいです」と。なぜ自明なことをわざわざ言語化しなければならないのか。その問いが、このセクションの核心です。

正義を実践し続けることの困難

上出は「ズルはしない方がいい」という章で、見ている人は見ていると書きます。短期的には得をするように見えるズルが、長い目で見れば信頼を削り、結果的に自分の足場を崩していく。これは単なる道徳論ではなく、組織の中での信頼資本に関する話です。

コスト削減の圧力の中で「Do the right thing」を選べるか。競合他社が抜け道を使っているとき、自分たちは使わないでいられるか。上出が問うのは、旗ではなく、実際の場面における選択の積み重ねです。正義を語ることは比較的たやすい。しかし、正義を日々の選択の中で実践し続けることは、別次元の難しさを持ちます。

忍耐力・睡眠・越境という地味な土台

本書には「最後の最後、あなたを救うものは何か。それは忍耐力です」という一節があります。馬鹿みたいな話だと上出自身も書いています。でも、それが真実です。

華やかな戦略よりも、地味な継続性の方が、長い目で見ると組織の根を張っていきます。そして上出は「すべての原因は睡眠不足にある」とも書きます。疲弊した状態では「Do the right thing」を選び続けることができない。睡眠を削って働き続ける組織文化が、じわじわと倫理的な判断力を侵食していく。個人の体調管理が、実は組織の正義の問題と地続きになっています。

さらに「飲みは控えよう」という章では、仕事仲間との飲み会が生み出す閉じた空気への警戒を語ります。仕事以外の仲間と飲みに行けばいい、と。同じ文脈の中だけで飲み、話し、笑っていると、思考が固まっていく。これは視野の開き方、つまりクリエイティビティの源泉としての「越境」の話です。

死の前に立った時、仕事は何であったか――人生の解像度が上がる瞬間

本書の後半は、ドキュメンタリー制作の現場を描くフィクション形式の制作日誌へと移行します。テーマは「死」。グローバルプラットフォームから依頼を受け、「死を正面から扱う」ドキュメンタリーの制作に取り組んでいく物語です。フィクションという形式を通じてこそ、語れる真実があります。

死を取り戻すことの意味

なぜ「死」をテーマに選んだのか。誰もが避けて通れない、死。しかし誰もが目を背けて生きている、死。本書にはこんな一節があります。

家で突然死んだら事故物件。病院で生まれ、病院で死ぬのが良しとされる。人間はさながら工業製品で、病院は工場のよう。

現代社会では、死は管理され、見えないところへと追いやられています。しかし死が遠ざけられた社会では、生の意味もまた薄まっていく。ドキュメンタリーを通じて、死を「私たちの手に取り戻す」という言葉には、メディアの本来的な使命が凝縮されています。

経営においても同じことが言えます。組織の「終わり」を想像することで、今何をすべきかが見えてくる。プロジェクトの「死」を意識することで、本当に大切なことが浮かび上がる。死からの逆算は、仕事術の問いではなく、経営哲学の問いです。

「もっと仕事をしたかった」という逆説と、心の在り処

作中に登場する在宅緩和ケアの医師・安田は語ります。「死を目前にしている人たちの語る言葉には力があります」と。末期患者たちの言葉が、今を生きようとする人々にとって「どうしても必要なんだ」と。死の淵に立った人間の言葉は、生存本能のフィルターが外れているだけに、驚くほど純粋な真実を含んでいます。

そして本書で最も印象深い場面が、ある末期患者の言葉です。「今際の際では大体、仕事ばかりの人生に後悔していると言うのが相場じゃないですか」と問われる場面で、その患者はこう言い放ちます――「もっと仕事をしたかった」と。忙殺されそうになっている語り手を見て「羨ましい」と言う。その言葉が語り手の心を楽にする。「この仕事で心も体も壊れるならば本望だ」という心持ちで仕事に向かうと、逆にストレスが減ったという。

これは単純な仕事礼賛ではありません。仕事の意味が自分の内側から来ているとき、人は消耗しながらも充足しています。誰かに押しつけられた成功ではなく、自分が望む成功を追いかけているとき、仕事は苦行ではなく生の充実になる。その逆説を、死の前に立った患者の言葉が証明しています。

本書のあとがきはこんな言葉で終わります。

ひとつだけ、どうか忘れないでほしい。何よりも大切なのは心。目の前の誰かの、あるいは隣の誰かの、そして何より、あなた自身の心だということを。

どんな時代にも、どんな役職にあっても、最後に問われるのは心の在り処です。「仕事術」の本が、この言葉で終わること自体が、本書の解体宣言の完成形です。

ただ、ひとつだけ伝えておきたいことがあります。後半のドキュメンタリー制作日誌は、読み進めるうちに予想もしない方向へと展開していきます。その驚きと、そこに込められた意味については、ここでは書かないことにしましょう。

それは、ぜひ本書をお手にとって、ご自身の目で確かめてほしいと思います。仕事術の解体宣言として始まったこの本が、最後にどこへ着地するのか。その問いごと、持ち帰ってください。

このドキュメンタリーを読んで頂き、前半の上出による仕事論をもう一度読むと、本書が挑戦していることについて、解像度をあげながら腑に落とすことができるかもしれません。そういう「繰り返し・反芻(はんすう)」が仕事と人生で起こって、人を成長させていくのか・・・いろんなことを考えさせてくれます。素晴らしい、1冊です。

善く生きるとはなんだろう、正義とはなんだろう、そして、人生とは、仕事とは・・・問いを持ちながら、ぜひこの読書体験を、あなたのものに!!

構造を解体するという観点から、この建築物に触れてみるのも良いかも。先日曳家が終わっています。こちら「動ける構造、更新する世界観。── 蟻鱒鳶ルから考える、人生のデザイン – 増田みはらし書店」からどうぞ。

まとめ

  • 仕事術本の「嘘」を暴くことから始まる――「こうすればうまくいく」という安心を売る仕事術本の限界を指摘し、「どうすれば善く生きられるか」という問いへと視座を転換します。様式を破ることで初めて語れる真実があり、本書自体がその実践です。
  • 「Do the right thing」は弱い人間にとっていかに難しいか――正義を旗として掲げることよりも、日々の選択の中で実践し続けることの困難さを、忍耐・睡眠・越境といった具体的な次元から語ります。弱さを認めることが、正義を地に足のついたものにする出発点です。
  • 死の前に立った時、仕事は何であったか――緩和ケアの現場で聞いた「もっと仕事をしたかった」という患者の言葉が、仕事の意味を根底から問い直します。死からの逆算が、今ここでの仕事の解像度を上げていきます。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

「成功の先に幸福があるか」という問いを、経営の現場でどう実践的に扱えばよいでしょうか?

まず、「自分が望む成功」と「誰かに押しつけられた成功」を区別することから始めるのが効果的です。経営判断の節目で「この選択は自分の心が喜ぶか」という問いを一度挟むことで、目先の数字だけでは見えなかった方向性が浮かび上がることがあります。

本書が促すのは、評価基準を外側から内側へ移す習慣です。

チームに「Do the right thing」の文化を根づかせるにはどうすればよいですか?

リーダー自身が弱さを認めることが、最初の一歩になります。

本書が示すように、正義を実践することは強い人間だけに許された特権ではなく、弱い人間が意識的に選び続けることです。「私もズルをしたくなる瞬間がある」という率直さが、組織の中に心理的安全性を生み、結果として正しい選択が選ばれやすい土壌を育てます。

「死を意識すること」を経営やビジネスにどう活かせますか?

プロジェクトや事業の「終わり」を具体的に想像する練習が有効です。「このまま続けて10年後、後悔しないか」「この仕事が終わったとき、何が残っているか」という問いは、日常の意思決定に別の軸をもたらします。

本書が描くように、死からの逆算は絶望ではなく、今ここで何に力を注ぐかを明確にするための思考ツールになります。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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