この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「目的なんて後付けでいい」——その言葉が、経営者の固まった思考を揺さぶります。上出遼平・阿部裕介・仲野太賀の3人がネパールのランタン谷を歩いた記録は、観察眼と余白の価値を教えてくれます。
1.観察眼の再起動:目的を手放した時、人は初めて目の前の現実をそのまま受け取れるようになります
2.余白の経営的価値:答えを急がない時間が、思考の質を根本から変えていきます
3.定点観測という知恵:同じ場所に何度も立ち返ることで、変化と本質が浮かび上がってきます
- あなたの日常は、すでにロードショーだったかもしれない。経営の現場にいると、気づかないうちに「効率」と「目的」の檻の中に閉じ込められていきます。 移動はアポイントのためにあり、食事は栄養補給か接待のためにある。 そこには観察する余裕も、立ち止まる隙間もありません。
- 実は、世界で最も美しい谷と呼ばれるネパールのランタン谷を歩いた3人の記録は、旅行記の皮をかぶった経営論として読むことができます。
- なぜなら、この本に流れているのは「答えを持たずに現実に向き合う」という姿勢であり、それこそが経営者が最も失いやすいものだからです。
- 本書は、俳優・仲野太賀を被写体に、写真家・阿部裕介が撮り、TVディレクター・上出遼平が綴ったトラベル・レコードです。 3人が立ち上げた私的旅プロジェクト「MIDNIGHT PIZZA CLUB(MPC)」の第1弾として、ランタン谷の奥地・キャンジン・ゴンパ(標高3840m)を目指した一週間が、写真と文章で収録されています。
- 本書を通じて、日常という名のロードショーに、もう一度気づき直すことができます。
上出遼平:テレビ東京のTVディレクター。ドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の企画・制作を全工程にわたって手がけたことで知られています。
紛争地帯や最貧困地域など、世界の「最果て」に生きる人々の食卓を訪ね歩くというスタイルで、制作者としての独自の観察眼を磨いてきました。本書では文章を担当し、旅の記録を鋭くも温かみのある筆致で綴っています。
阿部裕介:パキスタンの辺境に住む人々の普遍的な生活を被写体とし、撮影を続けてきた写真家です。
ファッション写真の世界でも活躍する一方、「本当っぽいものを撮りたい」という衝動に従ってネパールのランタン谷に何度も足を運んできました。
この谷をすでに4回歩いているという事実が、本書における定点観測的な視座の深さを物語っています。
仲野太賀:1993年東京都生まれの俳優。
連続テレビ小説「虎に翼」でヒロインの夫・佐田優三役を演じて広く注目を集め、「新宿野戦病院」では主演を務めました。本書では被写体としてだけでなく、自らもカメラを手にして撮影に挑んでいます。
目的を手放した時、現実がそのまま飛び込んでくる
この本を読んで最初に感じたのは、3人の旅に「証明したいこと」がないという清潔さです。
旅の目的は問われません。ランタン谷を歩く理由も、この本を作る動機も、「目的なんて後付けでいい」という一言で鮮やかに棚上げされています。
「答え合わせ」をしない旅が、観察眼を育てる
現代の経営者やビジネスパーソンが旅をする時、多くの場合は「何かを得るため」に出かけます。 インプットのため、リフレッシュのため、視野を広げるため——そうした目的が旅の前に設定された瞬間、私たちは無意識のうちに「その目的に合う情報だけを拾う」モードに入ります。
これは認知心理学でいう確証バイアスと同じ構造です。 期待した答えに合う景色だけが目に入り、期待していない現実は素通りしていく。
上出遼平の文章はそのトラップを巧みに回避しています。 ランタン谷への道中、シェルパ族のガイドがつぶやいた言葉がそのまま書き留められています。
「太陽を貧乏人のダウンだって。お金がなくても温めてくれるから」
この言葉を書き留めるには、答えを探していない耳が必要です。 目的を持って歩いている人間には、この一言は雑音として通り過ぎていきます。
シェルパの言葉が持つ力は、その簡潔さにあります。
貧しさを嘆くのでも、富裕な登山客を皮肉るのでもなく、ただ「太陽は平等に温かい」という事実をユーモアに変換している。 この視点は、経営における本質把握と構造が同じです。 複雑な状況を単純な真実に還元する能力——それは訓練ではなく、余白の中でしか育ちません。
観察は能動的な受動性である
「そのまま撮っていいよって言ってもらえる気がするんだ」——阿部裕介がネパールの人々を撮る理由をそう語っています。 ファッション写真の世界では「撮らなきゃいけないものも撮っちゃいけないものもたくさんある」という制約の中で仕事をする。 しかしランタン谷では、現実がそのまま目の前に広がっている。
これは組織のリーダーが部下や現場と向き合う時の姿勢に重なります。 「こうあるべき」というフィルターを通して現場を見ると、現実は歪んで見える。 フィルターを外して立つことで初めて、現場の本当の姿が飛び込んでくるのです。
日常業務の中でのみ判断を下し続けると、経営者の感度は少しずつ鈍化していきます。 これは意志の問題ではなく、構造の問題です。 同じ刺激に繰り返しさらされると、脳はその刺激への反応を省エネ化する——いわゆる「慣れ」が認知の解像度を下げていく。
旅、とりわけ目的を持たない旅は、この慣れをリセットする装置として機能します。 カトマンズを爆走する四輪駆動車、標高2440mにあるホットシャワー、地震で一度壊滅した村で韻を踏み続ける青年——上出の文章に次々と現れるこれらの描写は、読む者の感度を強制的に引き上げてきます。
余白は怠惰ではなく、思考を耕すことである
この本を経営書として読む時、最も重要なメッセージのひとつは「余白の価値」です。
ランタン谷を一週間かけて歩くという行為は、現代のビジネス感覚からすれば極めて非効率に見えます。 しかしその非効率の中にこそ、経営者が失いかけているものが詰まっています。
「焦らず行動できる」ことが、判断の質を決める
上出の文章に、旅の哲学が端的に表れている一節があります。
「旅を充実したものにするための鉄則は、一にも二にも早起きである。早い時間に動き始めることで、一日中焦らず行動できるし、天候が崩れるのは大体午後だから晴れている時間を有意義に使える」
これを経営に置き換えると、「余裕のある状態でこそ良い判断ができる」という原則と重なります。 焦りの中での意思決定は、リスクを過小評価し、感情に引きずられやすい。 旅における「早起き」は、経営における「余白の確保」と同じ機能を持っています。
誤解されやすいのは、余白が単なる休息であるという思い込みです。 ランタン谷を歩く3人は、決して何もしていないわけではありません。 歩き、食べ、話し、撮り、書く。 ただしそこには「成果を出さなければならない」というプレッシャーがない。 この「プレッシャーのない活動」こそが、思考の土壌を耕します。 経営者が求めるイノベーションや突破口は、締め切りに追われた会議室ではなく、こうした余白の時間から生まれることが多いはずです。
制約の中に宿る豊かさ——ヒマラヤの食卓が教えてくれること
Peaceful Bakery & Tea Houseという小さな店の場面は、本書の中でも特に印象的なシーンです。 耳の聞こえない女性が一人で切り盛りするその店では、注文をノートに書いて伝えます。 そのノートには料理の注文に混じって、「あなたは心の優しい人」「また会えることを願っています」というメッセージが残されていました。
訪れた客たちが、コミュニケーションの制約の中で感謝を伝えている。 伝える手段が限られているからこそ、言葉の一つひとつが重くなる。
経営においても同様です。 リソースの制約、時間の制約——それらは障害ではなく、本質を研ぎ澄ます砥石として機能することがあります。
そしてアップルモモの描写。 シナモンの香り、ハチミツとリンゴの果汁が合わさったソース、弾力を伴う角切りのリンゴ——上出はその食体験を細部まで書き留めています。 「なくなってしまうから有難い。なくなってしまったから、私たちの記憶に残る」という一節が、余白の哲学を凝縮しています。
常に手に入るものは記憶に残らない。
希少性と非日常性が、体験の密度を高める。 これは顧客体験の設計においても同じ原理が働きます。
定点観測という経営の知恵——同じ場所に何度も立ち返ること
阿部裕介はランタン谷をすでに4回歩いています。
この事実に最初は驚きました。 できる限り行ったことのない場所へ行き、見たことのないものを見たい——そう思うのが自然ではないかと。 しかし阿部裕介の答えは違いました。
変化がわかるから楽しい——定点観測が見えないものを見せる
「同じところに何回も通うと、変化がわかるでしょ。それが楽しいんだ」
この言葉は、経営における「定点観測」の本質を突いています。
新しい情報を大量に仕入れることが知的であるという錯覚が、現代のビジネスパーソンには広く共有されています。 しかし本当に重要なのは、同じ対象を異なる時点で繰り返し見ることで初めて見えてくる「変化の文脈」です。
写真家が定点観測的な旅をする理由は明快です。 同じ場所で撮った写真も、数年経てば違うものが写る——それは単に被写体が変わったのではなく、撮る側の目も変わっているからです。 経営者が同じ現場に繰り返し足を運ぶことも、これと同じ構造を持っています。
「前回と何が違うか」を問い続けることで、表面上の変化の奥にある本質的な動きが見えてくる。
定点観測とは、変化を記録する行為ではなく、変化を通じて不変を探す営みです。
深耕が生む価値——新規より既存に眠るもの
多くの経営者は「新しい市場」「新しい顧客」「新しい事業」を求めます。 これ自体は間違いではありませんが、既存の関係性や市場を深く掘り下げることで見えてくる価値を見落としているケースは少なくありません。
阿部裕介が同じ谷を何度も歩くことで得ているのは、表面的な「また来た」という経験ではありません。 その谷の季節ごとの表情、人々の変化、自分自身の変容——それらが重なり合うことで、一度しか訪れた人間には絶対に見えない景色が生まれる。
中小企業の経営において、これはとても重要な示唆を持ちます。 顧客との関係を深耕し続けることで見えてくる潜在的なニーズは、新規開拓では決して拾えない質を持っています。
本書のタイトルにある「BLAZE」は、燃え盛る炎を意味します。 阿部裕介が撮りたかったのは「本当っぽいもの」でした。 そしてその「本当っぽさ」は、ヒマラヤの奥地にしかないわけではない。
定点観測の眼と、余白から生まれた観察眼を持てば、東京の街角も、毎朝の会議室も、顧客との何気ない会話も——すべてがロードショーになりえるのだと、私は、思います。
旅は場所の問題ではなく、眼の問題なのだと、この本は静かに教えてくれます。
日常を観察することについては、こちらの1冊「世界の知り方!?『ふだんづかいの人類学 気づきと観察の力を磨く19の練習』ニコラ・ノヴァ」も大変おすすめです。ぜひご覧ください。

まとめ
- 目的を手放した時、現実がそのまま飛び込んでくる――「答え合わせ」をしない旅の姿勢が観察眼を育てます。シェルパの言葉、阿部裕介が「本当っぽい」と感じる感覚——それらはすべて、フィルターを外した時にだけ見えるものです。経営者が失いやすいのは、まさにこの「素のまま受け取る力」です。
- 余白は怠惰ではなく、思考の耕すことである――焦りのない状態が判断の質を高め、制約の中にこそ豊かさが生まれる。アップルモモの記憶が証明するように、なくなってしまうから記憶に残る。余白とは何もしない時間ではなく、思考の土壌を耕す時間です。
- 定点観測という経営の知恵――同じ谷を4回歩いた阿部裕介の視点は、変化を通じて不変を探す営みです。新しいものを求め続けるより、同じ場所・同じ関係・同じ現場に繰り返し立ち返ることで見えてくる景色があります。経営における深耕の価値は、旅の定点観測と同じ構造を持っています。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
