マーケティングは、「無関心」を見極めよ!?『“未”顧客戦略』村山幹朗, 芹澤連

『“未”顧客戦略』村山幹朗, 芹澤連の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】消費者の大半はブランドに「無関心」であり、それは脳の仕様です。習慣という自動行動のメカニズムを理解することで、マーケティングの前提そのものが刷新されます。
 
1.無関心層の経済的重要性:売り上げの約半分はライトユーザー・未顧客が支えており、コアファン偏重戦略には限界があります。
2.習慣の神経科学:購買行動の多くは意識的判断ではなく、脳のオートパイロット(習慣ループ)によって自動的に実行されます。
3.意向訴求の限界:習慣が確立している日常的行動では、購入意向を高めても実際の行動変化にはつながりにくいことが研究で示されています。

  • 「うちのお客さんはブランドのファンだから大丈夫」と思っていませんか?
  • 実は、その確信こそが、マーケティングの成長を止める最大の盲点かもしれないんです。
  • なぜなら、売り上げの半分近くを支えているのは、ブランドのことをほとんど気にしていない「無関心層」だからです。
  • 本書は、消費者行動科学・神経科学・行動経済学の知見を横断しながら、「無関心な消費者」と正面から向き合うための思考と戦略を提示しています。
  • 本書を通じて、コアファン神話を超えた新しいマーケティングの地図を手に入れることができます。

村山幹朗さんは、消費者行動と習慣科学を専門とするマーケティング研究者・実務家です。アレンバーグ・バス研究所をはじめとする行動科学の最前線の知見を日本のビジネス文脈に翻訳し、消費財・サービス業を中心に幅広い企業の戦略立案に携わってきました。

本書では、「無関心」という人間の本質的な認知特性を起点に、習慣の形成・維持・不連続性のメカニズムを丁寧に解説しています。マーケターが陥りがちな「ファン幻想」を、データと神経科学の両面から問い直す、骨太な一冊です。

コアファン神話の崩壊——売り上げの半分は「無関心層」が支えている

「上位20%のヘビーユーザーが売り上げ全体の80%を占める」——パレートの法則として広く知られるこの通説を、あなたはどれくらい信じていますか?

マーケティングの世界では長らく、この法則が戦略の基盤として機能してきました。コアファンを大切に育て、エンゲージメントを高め、ロイヤルティを深める。それが「正しいマーケティング」だという共通認識が、業界全体に根付いてきたと思います。

しかし本書が突きつけるのは、その前提そのものへの疑問です。

実際にデータをとってみると、上位20%の貢献は50〜60%程度であることが少なくないといいます。「80%」が成立するのは、ビジネスが縮小してファンしか残っていない場合や、集計期間をとても長く設定した場合など、特殊な条件下に限られることが多いんです。

さらに驚くべきデータがあります。消費財200ブランドを対象に1万世帯を5年間追跡した大規模研究では、購入回数が5年間で5回以下の人が顧客基盤の8割、売り上げの4割を占めると報告されています。

つまり、年に1回も買わないライトユーザーが顧客基盤の大半であり、かつ売り上げの半分近くを支えているという現実があるんです。

ここで重要なのが「ダブルジョパディの法則」です。浸透率を伴わないロイヤルティには限界があり、ライトユーザーが離れてコアファンしか残っていない状態は、数値的には「エンゲージメントが高い」ように見えます。

しかしその実態は、顧客基盤が静かに縮小している危険なサインです。

ノンユーザーやライトユーザーのようなブランドに興味関心の薄い「未顧客」も定期的に入ってきて初めて、”健全な商売”と言えるわけです。

本書のこの一文は、マーケターの前提認識を根底から揺さぶります。

さらに「長期客ほど利益率が高い」という通説も再検討が必要です。

研究によると、期間と利益の相関は0.2程度であり、大半の顧客は時間経過とともに利益率も低下するというデータがあります。長期客の維持コストが短期客と大して変わらない一方で、長期客ほど価格に敏感で単価も下がる——これは多くのマーケターにとって、直感に反する事実ではないでしょうか。

コアファンを大切にすること自体は間違いではありません。しかしそれを「戦略の中心」に置くことで、売り上げの半分を支えている無関心層への視野が閉じてしまうとしたら、その戦略は構造的なリスクを抱えていると思います。

「無関心な消費者と向き合う」——これは道徳的な話ではなく、ビジネスの存続と成長に直結する、極めて実践的な課題です。

習慣とは何か——脳のオートパイロットが購買行動を決める

「なぜあのブランドをいつも買ってしまうんだろう?」

消費者自身がそう問われても、明確には答えられないことが多いはずです。それは、その行動が「習慣」として自動化されているからです。

習慣の本質は、3つの要素で整理できます。

①反復性(同じ行動が同じ文脈で何度も繰り返される)
②自動性(意識的な思考や意思決定をほとんど介さずに遂行される)
③文脈依存性(行動を引き起こすきっかけに強く結びつく)

——これらが揃ったとき、人は「考えずに行動する」状態になります。

脳科学の観点からこのメカニズムを理解すると、さらに深くなります。

シュルツらの研究が示したのは、ドーパミン神経が「報酬そのもの」ではなく「報酬の予測と実際のズレ(報酬予測誤差)」を符号化するという事実です。

学習が進むにつれて、報酬そのものへの反応は薄れ、報酬の前のキュー(刺激)に反応するようになる。つまり脳は、報酬を「予測する」ことで行動を自動化していくんです。

ここで重要な含意があります。「予想以上に良かった!」という体験がより多くのドーパミン発火につながる一方で、期待が高すぎると同じ報酬でも脳の喜びは小さくなる。むしろ期待していない、予想がそこまで高くない状態のほうが、同じ報酬でもより多くのドーパミンが出るということです。

これはブランドコミュニケーションにとって、見過ごせない示唆ではないでしょうか。

習慣形成の実践的な枠組みとして、チャールズ・デュヒッグが提唱した「習慣ループ」があります。

キュー(文脈)→ルーティン(行動)→リワード(報酬)という3つのステップで習慣を捉えるこのモデルは、消費者行動の理解に非常に有効です。

ファブリーズの事例はその典型です。消臭効果を訴求しても売れなかったファブリーズが売れるようになったのは、「掃除の最後にシュッとひと噴きする」という行動を既存の掃除習慣に組み込み、「掃除が終わった」という報酬にリンクさせたからです。新しい習慣を一から作るのではなく、既存の習慣のループに「行動だけを付け足す」という発想が機能したんです。

脳の習慣処理を担うのは「背側線条体」であり、いちいち前頭前野が熟考しなくても、いつもの手順を自動で処理してくれるようになります。つまり習慣とは、脳が省エネのために構築した「自動実行プログラム」です。

スタンフォード大学のB.J.フォッグが提唱する「フォッグ行動モデル」では、人が行動を起こすために「モチベーション」「能力(実行のしやすさ)」「きっかけ」の3つが同時に満たされる必要があると整理しています。注目すべきは、モチベーションよりも「実行のしやすさ」が習慣形成において決定的に重要だという点です。

マーケティングでも、商品やサービスがどのようなご利益があるかを「ベネフィット」等で定義し、製品やサービスを設計します。結局は「脳が喜ぶ」ような体験を与えられなければ、習慣化させることは難しいとも言えます。

食品であれば美味しいこと、電子機器であれば思い通りにシュッと気持ちよく操作できること——「脳が喜ぶ体験」を設計することが、習慣化への入り口になるということです。

リピート購買の本質は「このブランドが好きだから」ではなく、「別にどれでもいいけど、失敗したくないからいつものアレでいい」「面倒だから同じブランドで済ませている」という習慣的・無意識的な選択である——この認識の転換が、マーケティング戦略の根幹を変えると思います。

「意向」を変えても行動は変わらない——習慣とロイヤルティは別物である

「市場調査で高い購入意向が確認されたにもかかわらず、実際の売り上げには結びつかなかった」

こうした経験に心当たりのあるマーケターは、少なくないはずです。なぜこのギャップが生まれるのか。その答えは、習慣の観点から考えると驚くほどシンプルです。

「意向の変化が行動の変化につながるのは、習慣が成立していない時に限るから」——これが本書の核心的な主張のひとつです。

ロイヤルティと習慣は、混同されがちですが本質的に異なります。

ロイヤルティは「このブランドが好きだから」「他とは違うから」という態度的・意図的な価値判断に基づいています。一方、習慣は特定の文脈を手がかりに生起し、意識的な評価や本人の意図とは独立して機能します。

ロイヤルティ視点の施策——つまり「もっとブランドを好きになってもらう」「購入意向を高める」——では、習慣によって駆動されている行動を変えることは極めて難しいということです。

消費財やサービス財の多くは、まさに「意向の変化が行動に転換されにくい土俵」で戦っています。

日常的な購買行動、低関与カテゴリー——これらは習慣が強く働くフィールドであり、態度変容を狙ったコミュニケーションの効果が出にくい領域です。

一方で、習慣が確立していない非日常的な行動や高関与・高価格カテゴリーでは、意向を高めることが行動変化につながりやすいという整理もできます。

自分のブランドがどちらの土俵にいるかを見極めることが、戦略設計の出発点になるんです。

現代広告の父と称されるデイヴィッド・オグルヴィの言葉が印象的です。

「人は自分が何を感じているかを考えないし、何を考えているかも言わない、そして言う通りに行動するとは限ない」

消費者は口では「欲しい」と言っても実際には買わない、逆に「もう利用しない」とつぶやいているのに結局また利用する——こうしたあべこべで不合理な側面は、習慣という自動化された行動プログラムの存在を知れば、十分に説明がつくことです。

ここで問い直したいのは、「なぜ多くのマーケターが意向調査や態度変容に過剰な期待を寄せてしまうのか」という点です。

ひとつの答えは、マーケター自身が「消費者が合理的に判断して行動する」という前提から抜け出せていないことにあると思います。人間は合理的な意思決定者ではなく、文脈と習慣に駆動される自動的な生き物——この認識を戦略の起点に置くことで、初めて「無関心な消費者と向き合う」ための正しい問いが立てられるはずです。

第2回では、この習慣の構造に実際にどう介入するか——CEPの設計、95:5ルール、文脈想起——という実践的なフレームワークに踏み込んでいきます。

まとめ

  • コアファン神話の崩壊――売り上げの約半分はライトユーザー・未顧客が支えている。ロイヤルティ偏重の戦略は、顧客基盤の縮小というリスクをはらんでいます。
  • 習慣とは脳のオートパイロット――購買行動の多くは意識的判断ではなく、キュー→ルーティン→リワードの習慣ループによって自動実行されています。「脳が喜ぶ体験」を設計することが習慣化の鍵です。
  • 意向と行動のギャップ――習慣が確立している日常的行動では、購入意向を高めても行動は変わりにくい。習慣とロイヤルティは別物であり、この違いを理解することが戦略設計の出発点になります。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

自社ブランドがコアファン偏重になっていないか、どう確認すればよいですか?

購買頻度の分布データを確認し、年1回未満のライトユーザー・未顧客の売り上げ貢献比率を算出してみてください。「上位20%が売り上げの何%を占めているか」という問いより、「ライトユーザーが全体の何%を占め、どれだけ貢献しているか」を見ることが重要です。

その比率が低下傾向にあれば、顧客基盤が縮小しているサインと考えられます。

「脳が喜ぶ体験」を設計するとはどういうことですか? 具体的にどう考えればよいですか?

まず自社の商品・サービスがどの感覚や感情に報酬を与えているかを言語化することから始めます。視覚・嗅覚・触覚などの五感的な報酬なのか、達成感・自己肯定・社会的承認などの感情的な報酬なのかを特定し、その報酬体験が消費者の日常のどの文脈(きっかけ)と結びつくかを設計します。

ファブリーズの事例のように、既存の習慣ループに自社の行動を「付け足す」形で組み込めると、習慣化が起きやすくなります。

購入意向調査の結果と実際の売り上げが乖離する場合、どう解釈すればよいですか?

その商品カテゴリーが「習慣的な日常行動」に属するかどうかを確認することが最初のステップです。日常的・低関与なカテゴリーであれば、意向が変化しても行動は変わりにくい土俵にいると考えられます。

その場合は態度変容を狙うよりも、消費者が購買行動を起こす文脈(CEP)へのアクセスを増やすフィジカルアベイラビリティの強化や、購買文脈と自社ブランドの結びつきを高めるメンタルアベイラビリティの構築にリソースを振り向けることが有効です。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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