この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「つくる」には2種類ある――完成を目指す「折り紙モデル」と、プロセスを楽しむ「砂場モデル」です。山内佑輔が提案する「造形対話」は、この往復運動の中に学びと創造の本質を見出します。
1.2つの「つくる」の自覚:自分が今どちらのモードで動いているかを知るだけで、チームの創造性は変わります
2.逸脱スイッチの活用:「あ!いいこと考えた!」という瞬間を意図的に生み出す環境設計が、アイデアを加速させます
3.造形対話という共創:完成ではなくプロセスを共有することで、フラットな関係性と深い対話が生まれます
- 「あなたのチームは、完成形を目指すことに疲れていませんか?」
- 実は、学びやアイデアの本質は、完成した瞬間ではなく、つくっている途中にあるんです。
- なぜなら、知識とは受け取るものではなく、手を動かしながら生み出すものだから。
- 本書は、図画工作の授業実践から生まれた「造形対話」という方法論を軸に、「つくる」という行為を根本から問い直す1冊です。
- 本書を通じて、完成を急ぐことをいったん手放し、プロセスそのものに価値を見出す視点が手に入ります。組織の中でもチームの中でも、その視点は確実に何かを変えてくれるはずです。
山内佑輔さんは、図画工作・美術教育を専門とする研究者・実践者です。小学校や大学での授業実践を重ねながら、「つくる」という行為が持つ学びの可能性を探求してきました。
特に、完成形を目指さない造形活動を通じた対話――「造形対話(Dialogue through the generative making)」――の提唱者として知られています。本書では、紙コップ1万個を使った授業や、新聞紙で空間を変える実践など、現場からの豊富なエピソードをもとに、「つくる」の再定義を試みています。
ちなみに対話のいろはについては、こちらの1冊「【深い対話とは、自分を変えるものである?】ゼロからはじめる哲学対話|河野哲也」も大変おすすめですので、ぜひご覧ください。山内さんも、インスパイアされたとおっしゃる論点の1冊です。

「折り紙モデル」と「砂場モデル」――2つの「つくる」が照らすもの
「つくる」という言葉を聞いたとき、あなたはどんなイメージを浮かべますか?
おそらく多くの人は、何かを完成させるプロセスを思い浮かべると思います。設計図があって、手順があって、最後に完成形がある。それが「つくる」だ、と。でも、本書を読んで気づくのは、その「つくる」観がいかに偏っているかということです。
山内さんは本書の冒頭で、「つくる」を大きくふたつに分類しています。
ひとつは「折り紙モデル」、もうひとつは「砂場モデル」です。
折り紙モデルとは、あらかじめ完成形があり、手順に沿って進む「つくる」です。工程は直線的で、成果はわかりやすく、評価は完成した作品に向けられます。学校の授業で「今日は鶴を折ります」と言われて折るような、あの感覚です。
一方の砂場モデルは、完成形を決めずに手を動かしながら生成していく「つくる」です。工程は円環的で、成果はわかりにくく、評価はプロセスに向けられます。砂場で気が向くままに山を作り、トンネルを掘り、友達が持ってきた木の枝を使ってみる。そんな、流動的で即興的な「つくる」です。
本来は「つくる」行為そのものに、成功も失敗もありません。
この言葉が、折り紙モデルと砂場モデルの本質的な違いを表しています。折り紙モデルには正解があり、砂場モデルには正解がない。でも、正解がないということは、失敗もないということです。
経営やビジネスの文脈で考えると、私たちはどれだけ「折り紙モデル」で動いているでしょうか。KPIがあり、ロードマップがあり、四半期ごとに成果を問われる。それは必要なことですが、それだけでは生まれないものがある。新しい価値や予想外のアイデアは、多くの場合、砂場モデルの中から生まれてくるんです。
表を見てみましょう。折り紙モデルでは「進行」はインストラクティブ(段階的)であり、砂場モデルではジェネレーティブ(生成的)です。この「生成的」というキーワードが重要です。生成的とは、あらかじめ決まった答えがあるのではなく、プロセスの中から新しいものが生まれてくるという意味です。
「活動単位」も対照的です。折り紙モデルは個人、砂場モデルは共同体。つまり、砂場モデルは本質的に、他者との関わりの中で機能するものです。ひとりで砂場にいても、誰かが木の枝を持ってきたことで世界が変わる。そのダイナミズムが、砂場モデルの醍醐味です。
もちろん、折り紙モデルが悪いわけではありません。大切なのは、どちらのモデルで動いているかを自覚すること。そして、今の状況に応じて使い分けること。本書が最初に問いかけるのは、そのメタ認知です。
あなたの組織では、今どちらのモードが求められていますか? そしてどちらが、実際に動いていますか?
「つくる」の価値は、途中にある。「つくる」の最大の誤解は、この順序にあります。「つくる」ことの価値は、最後じゃなくて途中にあるんです。
この問いかけは、完成形に評価を集中させがちな私たちの組織文化への、静かな異議申し立てだと思います。
「逸脱スイッチ」が生み出すもの――ひらめきとアイデアの発生学
砂場で遊んでいる子どもが、誰かの木の枝を見て「あ!そうだ!」と思いつく。その瞬間を、山内さんは「逸脱スイッチ」と呼んでいます。
これは単なる比喩ではありません。折り紙モデルから砂場モデルへ、あるいはその逆へと切り替わる「転換点」として、「逸脱スイッチ」は本書の中心的なコンセプトになっています。
「逸脱スイッチ」の合言葉、「あ!いいこと考えた!!」です。どうでしょう?大人のみなさんは、毎日「あ!いいこと考えた!!」を言えていますか?
この問いかけは、ちょっと鋭いと思います。子どもは砂場で無限に「逸脱スイッチ」を押し続けます。でも大人になると、この頻度は確実に落ちていく。なぜでしょうか。
理由のひとつは、「失言」や「失態」のリスクです。大人の社会では、思いつきをそのまま口にすることにはコストが伴います。会議で突拍子もないアイデアを言うと「空気が読めない」と思われるかもしれない。そのリスクが、逸脱スイッチを押す手を止めさせる。
本書が提案するのは、この逸脱スイッチを安全に押せる環境をデザインすることです。
紙コップ1万個の授業は、そのひとつの実践例です。
まず、ペンはない(描けない)、ハサミもない(切ったり、破ったりできない)なかで、僕は「紙コップで何をしよう?」と子どもたちに問いかけました。「つまらなそう……」という子どもたちの表情を受け止めたあと、「10000個用意したんだけど……」と紙コップを披露すると、子どもたちの表情は一変し、その後は止まることなく、積極的に何度もつくりかえたり、つくり続けたり。
ここには巧みな設計があります。制約(ペンもハサミもない)と豊かさ(1万個という量)を同時に提示することで、子どもたちの「逸脱スイッチ」が次々と押されていく。「投げないでね、潰さないでね、走らないでね」というシンプルなルールだけで、あとは自由に任せる。
この構造は、組織のイノベーション設計にそのまま使えるヒントだと思います。何でもありの自由より、適切な制約のある自由の方が、かえって創造性が高まる。これは多くの創造性研究が示していることでもあります。
さらに重要なのは、「子どもたちが自分で発見できると想定されるものは説明しない。自分で発見してもらう」という設計思想です。
これは、マネジメントの文脈でも深く響く言葉です。リーダーが先回りして答えを教えてしまうことで、チームメンバーの「逸脱スイッチ」が押されるチャンスを奪ってしまっていないか。プロセスを委ねることへの信頼が、メンバーの主体性を引き出す。
山内さんの砂場モデルの環境設計は、4つのステップで語られています。
- 枠組みを決める
- 余白たっぷりに導入を描く
- 自由に冒険に出てもらう
- 旅の途中や終わりに集まる
この最後の「集まる」が特に大切です。
ここでどんなことをしていたのか、自分自身の物語を語ってもらったり、その結果できたものを見せてもらったり、自分たちの手でつくり変えた世界を見渡したりします。「逸脱スイッチ」の発見と共有の時間でもあります。
冒険した後に集まって、互いの発見を共有する。この「振り返りの場」が、個人の気づきを集合知に変換する瞬間です。アイデアは個人の中だけに留めておくと消えてしまいますが、他者に語ることで輪郭を持ち、さらに発展していく。
逸脱スイッチは、個人の中に閉じているのではなく、他者との関係性の中で増幅されるものなのです。
「造形対話」という共創の場――他者とひとつの空間をシェアすること
本書の核心にあるのは、「造形対話(Dialogue through the generative making)」というコンセプトです。
即興的・生成的な造形活動を通じた対話、と訳されるこの方法論は、「つくること」と「対話すること」を分けずに、同時に行うものです。
山内さんはこれを構想するにあたり、「哲学対話」に出合ったことが大きなきっかけになったと書いています。河野哲也さんの『ゼロからはじめる哲学対話』から引用されているのは、こんな定義です。
人間に共通するテーマについてじっくり考えながら話し合う活動。一つのテーマについて、他者と一緒に、じっくり考えながら話し合う活動が哲学対話です。
哲学対話は言葉を使います。造形対話は、手を動かすことを使います。言葉だけではうまく表現できないこと、言語化する前の直感や感覚を、「つくる」という行為を通じて他者と共有する。それが造形対話の本質だと思います。
作品にすることを主目的に置かず、プロセスに着目することができたなら、「秀作」も「駄作」もありません。その過程の中に何があったのか、何を捉えることができたのか、そこが大切です。
この「秀作と駄作の垣根を崩す」という視点は、組織の中でも意味を持ちます。成果物の優劣で人を評価するのではなく、プロセスの中でどんな思考が生まれ、どんな対話が起きたのかに注目する。それが、心理的安全性の高い場をつくる根拠になります。
私が特に興味深く感じたのは、造形対話が生み出す「共同体感覚」です。
一緒に紙コップを積み上げている時間、新聞紙で空間を変えていく時間、その「場」をシェアしているという感覚は、言葉による説明を超えた何かを生み出します。階層や役職、年齢や経験を一時的に脇に置いて、ただ「つくる」という行為を通じてフラットにつながる。
「楽しくてやりたくて心とからだが自然に躍動すること」、僕たち大人はどれだけ持っているでしょうか? これは子どもの世界の話でしょうか。僕は決してそうは思いません。AIが台頭し、より変化する社会において、今ヒトが取り戻さなくてはいけないのは、「心とからだが自然に躍動する」ような心の豊かさではないでしょうか。
AIが多くの知的作業を代替していく時代に、人間にしかできないことは何か。
この問いへのひとつの答えが、造形対話にあると思います。
手を動かし、身体で感じ、他者との即興的なやり取りの中から何かを生み出していく。
それは、効率化や最適化では生まれないものです。
「共同体のような感覚をフラットに他者と共有しながら、ひとつの空間をシェアしていく」という洞察は、まさにここに結びつきます。組織の中で「場」をデザインするということは、単に会議室を用意することではない。プロセスを共有できる空間、逸脱スイッチが安全に押せる場、秀作も駄作もない評価軸を持った時間、そういったものを意図的につくっていくことです。
そして、その「場」の中で起きることは、あらかじめ設計できません。枠組みだけを決めて、あとはプロセスに委ねる。その信頼こそが、造形対話の本質であり、共創を生み出すマネジメントの要諦だと思います。
まとめ
- 「折り紙モデル」と「砂場モデル」――完成を目指す直線的な「つくる」と、プロセスを楽しむ円環的な「つくる」。この2つの対比を知るだけで、自分たちがどちらのモードで動いているかへの解像度が上がります。
- 「逸脱スイッチ」が生み出すもの――「あ!いいこと考えた!!」が生まれる環境には、適切な制約と余白、そして発見を共有する場が必要です。アイデアは個人の中でなく、他者との関係性の中で増幅されます。
- 「造形対話」という共創の場――完成形を評価しないことが、心理的安全性とフラットな共同体感覚を生み出します。手を動かし、身体で感じ、即興的につくり続けることは、AIには代替できない人間の本質的な営みです。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
