この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】デザインとは、特定の専門家だけが持つスキルではなく、人間が本来的に備えている能力です。エツィオ・マンズィーニは「デザインモード」という概念を通じて、誰もが変化の時代を主体的に生きるための思考と行動の様式を提示しています。
1.デザインモードの覚醒:批判的感覚・創造力・実践的感覚の3つを統合する能力は、すでに私たちの中に眠っている
2.慣習とデザインの使い分け:日常を支える慣習モードを理解した上で、変化の局面でデザインモードへ意識的に切り替える
3.協働による増幅:個人のデザイン能力は、他者との協働によって社会を動かす力へと変容する
- ふだんの仕事の中で、「自分にはデザインのセンスがない」と感じたことはないでしょうか?
- 実は、それは大きな誤解かもしれません。
- なぜなら、デザインとは美しいビジュアルをつくる能力でも、特別な訓練を受けた専門家だけの技術でもないからです。マンズィーニが本書で示すのは、デザインとは「現状の中で受け入れられないものを見極め、まだ存在しないものを思い描き、それを実現する方法を探る」という、人間に固有の思考と行動の様式です。
- 本書は、その様式を「デザインモード」と呼び、誰もが潜在的にそれを持っていることを丁寧に論証しています。
- 本書を通じて、デザインという言葉の意味が根本から書き換えられ、日々の仕事や組織の運営の中に「デザインする主体としての自分」が浮かび上がってきます。
エツィオ・マンズィーニ(Ezio Manzini)は、イタリア出身のデザイン理論家・研究者です。ミラノ工科大学名誉教授であり、ソーシャルイノベーションとデザインの関係を長年にわたって研究してきました。持続可能な社会に向けたデザインの役割を探求し、世界各地でフィールドワークを重ねながら理論を構築してきた実践的な思想家です。
主著に『みんなのためのデザイン』があり、本書はその思想をさらに深化・発展させた集大成的な一冊です。デザインを社会変革のツールとして捉える視点は、ビジネスの現場においても示唆に富んでいます。
デザインモードは人間の本来的な能力である
「自分にはデザインの才能がない」という言葉を、経営者や管理職の方からよく耳にします。でもその言葉の裏側には、デザインを特定の職業的スキルと同一視している思い込みが潜んでいることが多いんです。
マンズィーニはそこを根本から問い直します。
デザインモードとは、人間が持つ三つの能力──現状の中から、受け入れられないもの、あるいは受け入れるべきでないものを見極める力である「批判的感覚」、まだ存在しないものを思い描く力である「創造力」、物事を実現するための可能な方法を見極める力である「実践的感覚」──を組み合わせた結果である。
つまりデザインモードとは、「おかしい」と感じる力、「こうあるべきだ」と描く力、「では、どうするか」を考える力の3つが重なったときに発動する、人間固有の能力です。
これを聞いて、思い当たる場面はないでしょうか?
会議室で誰かが「このやり方、どこかおかしくないか?」と口にする瞬間。顧客のクレームを聞きながら「本来こうあるべきだろう」とひらめく感覚。なかなか進まないプロジェクトの中で「こうやれば動くんじゃないか」とアイデアが浮かぶ経験。これらはすべて、デザインモードが静かに発動している瞬間です。
マンズィーニが強調するのは、この能力は後天的に習得するものではなく、すでに人間の中に潜在的に宿っているということです。
この三つを統合することで、今は存在しないが、適切な行動を取れば実現可能なものを構想できるようになる。つまりこれは、私たち人類に固有の能力に基づく行動様式であり、誰もが本来的に備え、潜在的に利用できる能力である。
ただし、潜在的に備えているからといって、自然に発揮されるわけではありません。「あらゆる人間的才能と同様に、この能力も刺激され育まれる必要がある」とマンズィーニは続けます。
ここに、経営者やリーダーにとって重要な問いが生まれます。自分自身のデザインモードを育てているか。そして、組織の中でメンバーのデザインモードが発動しやすい環境をつくれているか。
デザイン能力は、採用や育成によって外から調達するものではなく、すでにそこにいる人たちの中に眠っているものを呼び覚ますものです。それがわかると、組織開発の問いの立て方も変わってきます。
監訳者が序文でこう述べているのも、この文脈で読むと深く納得がいきます。
非デザイン専門家がもたらすのは、専門家の技法の模倣や反復ではない。それぞれの現場に固有の判断や価値、制度や関係への感覚、生活の実感といったものが起点となり、デザインが担いうる範囲と焦点を変えていくのである。
現場で培われた実感と判断こそが、デザインの出発点になる。これはブランディングの現場でも、コンサルティングの現場でも、まったく同じことが言えます。
慣習モードとデザインモードを使い分ける
マンズィーニは、人間の行動様式を大きく2つに分けます。「慣習モード」と「デザインモード」です。
慣習モードとは、過去の経験やパターンに基づいて、考えることなく行動できる様式です。朝のルーティン、業務フロー、組織の意思決定プロセスなど、日常の大部分はこのモードで動いています。これは決してネガティブなことではなく、人間が複雑な環境を効率的に生きるための知恵です。
慣習モードとデザインモードは常に共存してきたが、その比重と可視性は時代によって異なっていた。ヨーロッパの歴史を振り返ると、中世を通じて慣習モードが圧倒的に優位であったことがわかる。農民の小屋から大聖堂に至るまで、あらゆるものがこの方法で建てられた。
中世の職人や建築家は、設計図なしに、現場にいる人々の経験とノウハウだけで大聖堂を建てていました。それは非効率に見えて、実は高度に洗練された慣習モードの結晶です。
問題が生じるのは、慣習モードだけで変化の激しい時代を乗り越えようとするときです。
環境が変わっても同じパターンを繰り返す組織、顧客の変化に気づきながらも既存のやり方を手放せないチーム。これらは慣習モードが強固になりすぎた状態です。
一方で、デザインモードだけで動こうとするのも現実的ではありません。常に「おかしい」と疑い、常に「こうあるべきだ」と描き続けるのは、エネルギーが続きません。日常業務を支える慣習モードがあってこそ、デザインモードが有効に機能します。
ここで問われるのは、「どの場面でデザインモードに切り替えるか」という判断力です。
たとえば、年度計画の策定、新しい事業の立ち上げ、組織の再編、顧客との関係の見直し。これらの局面では、慣習モードのままでは答えが出ません。意識的にデザインモードへ切り替えることが求められます。
デザイン分野で起きていることに目を向けると、一つ明らかなことがある。それは、もともと問題解決の側に根ざしていた複数のデザインのあり方が、現在では意味形成の側へと移行しつつあるという事実である。
「問題を解く」から「意味をつくる」へ。この移行は、デザインの世界だけでなく、経営の世界でも同じように起きています。
課題解決型のコンサルティングや、効率改善型のマネジメントが限界を迎える場面が増えています。その先にあるのは、「この仕事はなんのためにあるのか」「この組織はどこへ向かうのか」という意味の問いです。
デザインモードは、その問いに向き合うときに最も力を発揮します。そしてそれは、特定の専門家だけの仕事ではなく、変化の時代を生きる全員に開かれた能力なんです。
日常の中でデザインモードを育てるとはどういうことか。それは、毎日の業務の中に「批判的感覚・創造力・実践的感覚」を意識的に持ち込む習慣をつくることです。会議の中で「現状のどこに違和感があるか」を言語化する。顧客との対話の中で「本来どうあるべきか」を問い続ける。そして「では何からはじめるか」を具体的に考える。
その繰り返しが、組織全体のデザイン能力を底上げしていきます。
協働がデザインを社会的な力に変える
個人がデザインモードを発揮するだけでは、変化はローカルにとどまります。それが組織を動かし、社会を変える力になるには、協働という要素が不可欠です。
マンズィーニはこう述べています。
協働は、「何かを実現する」ため、そして人々が自ら選び取った未来を築くために能動的な役割を果たすための、欠かせない前提条件である。こうした革新的な人々が生み出すソリューションの多くは、協働を基盤としている。
ここで言う協働は、単なる「チームワーク」とは少し違います。それは、異なる立場・異なる専門性・異なる現場経験を持つ人々が、共通の問いに向けて集まり、それぞれの「デザインモード」を持ち寄ることです。
マンズィーニが提示する「コ・デザイン」という概念は、まさにその実践です。専門家が解決策を「与える」のではなく、関係する人々が共に意味を構築していくプロセス。それによって、解決策は技術的に正しいだけでなく、そこに関わる人々にとって文化的・社会的に受け入れられるものになります。
コ・デザイン・プロジェクトを立ち上げ、関心を持つ人々が誰でも貢献できるようにすべきである。その貢献は、単に技術的な解決策を見つけることにとどまらず、その解決策の意味を構築することにも向けられるべきである。
これは、ブランディングや組織変革の現場に直接重なります。外部のコンサルタントや専門家が「答え」を持ち込むのではなく、組織の内側にいる人々が自分たちの意味を発見していくプロセスを支援することが、本当の変革につながります。
「人は戦略ではなく意味や物語によって動く」という視点からすると、協働によって生まれた意味は、誰かに押しつけられた意味とはまったく異なる力を持ちます。自分たちが関わってつくった意味だからこそ、人は主体的に動こうとする。
本書が描く「ソーシャルイノベーションのためのデザイン」は、この協働による意味形成のプロセスを社会規模で実践しようとするものです。
ソーシャルイノベーションのためのデザインは新しい学問分野ではなく、現代のデザインが取る形の一つにすぎない。だからこそ、必要とされるのは特定のスキルや手法の一覧ではなく、社会やそこで生きる人々に対して、デザインが何をなしうるのかを捉え直す「新しい文化」、すなわち新たな視座である。
「新しい文化」という言葉が印象的です。スキルや手法ではなく、文化。それは、組織の中に「デザインモードで考えることが普通だ」という空気をつくることとも読めます。
特定の誰かがデザインするのではなく、組織にいる全員がそれぞれの持ち場でデザインモードを発揮し、互いに協働する。そういう組織は、外部環境の変化に対してしなやかに応答できます。
日本語版序文でマンズィーニは、本書に一貫する3つの質的特性として「協働、近接性、ケア」を挙げています。
本書で述べたソーシャルイノベーションが提案・実践してきたアイデアには、協働(collaboration)、近接性(proximity)、ケア(care)という三つの共通する質的特性がある。
「近接性」とは、問題や人々に近い場所から関与することです。「ケア」とは、関わる人々と環境への配慮です。この3つは、デジタル化・グローバル化によって人々が孤立し、分断される現代への、静かな抵抗でもあります。
伴走支援という仕事は、まさにこの3つを体現しています。クライアントの現場に近い場所から関与し(近接性)、共に考え動く(協働)、そして相手の成長と変化を深く気にかける(ケア)。
デザインを「誰もがする時代」において、専門家の役割は答えを提供することではなく、人々のデザインモードが発動するための場と関係をつくることです。それが、本書が最終的に指し示している方向だと思います。
まとめ
- デザインモードは人間の本来的な能力である――批判的感覚・創造力・実践的感覚の3つを統合する能力は誰もの中に宿っています。それは訓練によって習得するものではなく、刺激と環境によって呼び覚まされるものです。
- 慣習モードとデザインモードを使い分ける――日常を支える慣習モードを否定するのではなく、変化の局面でデザインモードへ意識的に切り替える判断力が問われます。「問題を解く」から「意味をつくる」への移行が、経営においても同様に起きています。
- 協働がデザインを社会的な力に変える――個人のデザイン能力は、協働によって増幅されます。解決策の意味を共につくるコ・デザインのプロセスが、人々の主体的な行動を引き出し、組織と社会を変えていきます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
