常に私を引き受け続けよ!?『私が間違っているかもしれない』ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド

『私が間違っているかもしれない』ビョルン・ナッティコ・リンデブラッドの書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】17年間の仏教修行を経た著者が語る、思考との新しい付き合い方。「自分が間違っているかもしれない」という問いは自己否定ではなく、自分をより自由にするスーパーパワーです。
 
1.思考との距離感:自分の考えをすべて信じない視点が、傷つきにくく、しなやかな自己をつくる
2.自己との関係:まず自分を思いやることが、他者への本物の思いやりの土台になる
3.人生への信頼:コントロールしようとする力を緩めるほど、奇跡の余地が広がる

  • タイの森の中から届いた、静かで力強い知恵。経営者が読むと、戦略や計画への固執がいかに自分とチームを縛っているかが、くっきりと見えてきます。かつて、こんな問いを自分に投げかけたことがあるでしょうか?「自分は本当に正しいのだろうか」と。
  • 実は、この問いを持てること自体が、一種のスーパーパワーです。
  • なぜなら、自分の考えをすべて信じ込んでしまうと、人は傷つきやすく、無防備な状態に陥ってしまうからです。頭の中で鳴り響く声を「事実」だと思い込むとき、私たちは知らず知らずのうちに自分を縛っています。
  • 本書は、スウェーデン出身のビョルン・ナッティコ・リンデブラッドが17年間の仏教僧としての修行体験をもとに書いた、魂の回顧録です。タイやイギリスの僧院での実体験、師僧たちとの対話、そして俗世界に戻ってからの気づきを通して、「思考」と「自分」の関係を根本から問い直します。
  • 本書を通じて、あなたは「自分との関係」を最も大切な関係として扱い直すきっかけを得るでしょう。そしてそれは、リーダーとして人と関わるすべての場面に、静かに、しかし確かな変化をもたらしてくれます。
ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド
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ビョルン・ナッティコ・リンデブラッドは、1961年スウェーデン生まれ。ストックホルム経済大学でMBAを取得後、ビジネスパーソンとして活躍。

その後、より深い意味を求めてタイへ渡り、テーラワーダ仏教の僧侶として17年間の修行に入ります。

僧院を離れた後は、スウェーデンに戻り、瞑想・マインドフルネスの指導者として多くの人々の人生に関わりました。

本書は彼の唯一の著作であり、スウェーデンでベストセラーとなった後、世界各国で翻訳されています。2022年、多発性硬化症のため逝去。本書は、彼が病と向き合いながら綴った、生涯最後のメッセージでもあります。

「自分の考えが正しい」という思い込みを手放すと、自分が自由になる

「自分の考えが常に正しいと思うな」

著者がこの言葉に出会ったのは、タイの森の僧院でのことでした。師僧からこの言葉を受け取った瞬間から、彼の精神修行は新しい局面に入ります。

私たちは日々、無数の思考を抱えて生きています。朝起きた瞬間から、判断、評価、比較、懸念……頭の中では休みなくアイデアが生まれ、ぶつかり合い、組み替えられています。著者はこれを「思考のサーカス」と呼びます。そのサーカスに飲み込まれず、少し離れた場所から眺める視点を育てること。それが「気づき」の実践です。

重要なのは、これが自己否定とはまったく別のことだ、という点です。「自分の考えが正しくないかもしれない」と気づくことは、自分を否定することではありません。

むしろ逆です。思考に乗っ取られない自分を取り戻すことであり、著者が「スーパーパワー」と呼ぶほどの力を手に入れることです。

頭の中に浮かんでくる考えをすべて鵜呑みにしないことで、何が得られるのか? それは、自然と湧き上がってくる自信のような、かけがえのないものだ。いつも自分の味方になってくれる誰かのような存在を得ることとも似ている。

この視点は、経営やリーダーシップの文脈でも深く響きます。「自分の判断は正しい」という確信は、意思決定の場ではしばしば強みに見えます。しかし同時に、その確信が視野を狭め、チームの声を遮断し、新しい情報を受け取れなくする壁にもなりえます。

「私たちは自分の思考を選べない」と著者は言います。思考はコントロールできない。でも、その思考との距離感は育てられる。これは、思考を敵にするのではなく、ただ「それは思考であって、事実ではない」と認識することです。

瞑想初心者が「瞑想すれば心が静まる」と期待するように、リーダーも「確信を持てば正しい決断ができる」と思い込みがちです。しかし著者が僧院で学んだのは、静かな心を持つのは死人だけだという現実でした。生きている限り、知性は働き続け、思考は生まれ続ける。問題はそれをどう扱うか、です。

「気づき」とは、マインドフルネスという少し難しそうな言葉より、もっとシンプルに「一歩離れた場所から自分を客観的に見ること」です。これを日常的に練習することで、思考に振り回されず、今ここで必要な判断に意識を向けられるようになる。そのしなやかさこそが、不確実な時代のリーダーシップの核心ではないでしょうか。

自分の考えを疑うことは、弱さではありません。それは、自分という存在をもっと広く、もっと自由にするための、静かな勇気です。

自己との関係を整えることが、すべての関係の出発点になる

「常に、あなた自身から始めなければならない」

これは仏陀の言葉として著者が紹介する一節ですが、読み進めるうちに、これが本書全体を貫く最も重要なメッセージだと気づきます。

私たちは往々にして、人間関係の悩みを「相手の問題」として捉えがちです。あの人がこうすれば、あの人がああ変われば、と。しかし著者は明快に言います。誰かに対して「こうあるべきだ」と思ったからといって、その人がその通りの人間に生まれ変わることは絶対にない、と。

では、どうすればいいのか。答えはシンプルで、しかし深い。

ありのままの相手を受け入れること。

それだけです。

ただし、ここで見落としてはいけないことがあります。ありのままの相手を受け入れるためには、まず自分自身をありのままに受け入れられていることが前提になる、ということです。自分に厳しく、自分を批判し続けている状態では、他者への本物の受容も難しい。著者が「まず自分自身を思いやることができなければ、他者を思いやる心は不足し、もろいままである」と述べるのはそういう意味です。

僧院長は修行者たちに、浜辺に打ち上げられた小石のメタファーを語ります。最初は粗削りでギザギザしていても、波に洗われ、他の小石とぶつかり合ううちに、次第に角が取れ、滑らかに輝いていく。人間関係とは、そういう場なのだと。

これはチームや組織にも重ねられる視点です。リーダーが「自分はできる限りのことをしている」と自分を認められているとき、同じように「メンバーもできる限りのことをしている」と信じやすくなります。逆に、自分に対して厳しすぎるリーダーは、知らず知らずのうちに周囲にも同じ基準を求め、チームを疲弊させることがあります。

自分自身との関係。
生まれた瞬間から最期まで続く、唯一の生涯の関係。

著者はここを、思いやりと温かさで満たすことを勧めます。自分を赦し、小さな失敗を忘れ、穏やかで優しい目で己を見る。ユーモアを持って自分の欠点を眺める。それは甘えではなく、持続的に他者と関わり続けるための、根本的な土台づくりです。

「非嫌悪」という言葉も印象的でした。愛という言葉が大きすぎると感じるとき、せめて「嫌悪しない」ことを目標にする。完璧を求めず、できる限りのことをしている自分と他者を見る。この現実的なやさしさが、長く人と関わり続けるリーダーには必要なものだと感じます。

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人生を信頼し、コントロールを手放すほど、余地が生まれる

「未来をコントロールし、予測しようとする無駄な試みを手放す勇気を持ったとき、魔法のようなことが起こるのだ」

経営者やリーダーにとって、これほど挑発的な一文はないかもしれません。
計画し、予測し、コントロールすることこそが仕事だと信じているなら、なおさらです。

しかし著者は、17年の修行を通してたどり着いた確信としてこれを語ります。
人生は自分が考えたり想像したりする通りにはならない。それは知恵である、と。

「人生では、ほしいものが常に手に入るわけではないが、必要なものはたいてい手に入るものだ」というタイの導師の言葉があります。著者はこれを、単なる慰めとして受け取っていません。ほしいものを手に入れようとする力を緩めると、むしろほしいものは簡単に手に入るように思えた、という実感として語っています。

これは「諦め」ではありません。
「信頼」です。

人生に確実なことはただ1つ、いつか終わりが来るということだけ。それ以外のすべては不確実な希望や恐れ、思い込み、予想にすぎない。この真実を受け入れることで、握り締めた拳を緩め、開いた手のひらで人生を満たせるようになる。

「責任(responsibility)という言葉は、反応(respond)する能力(ability)があるという意味なのよ」という師僧の言葉も深く刺さります。責任を「あらかじめ完璧に備えること」ではなく、「その瞬間に誠実に反応できること」として捉え直す。これはリーダーシップの本質的な再定義です。

また著者は「瞬間の知性」という言葉を使います。静かに心の内側に耳を傾けていると、突然、求めていた答えがはっきりと見えることがある。直感とも呼べるものですが、著者はそれを偶然の産物ではなく、内側の知恵への信頼から生まれるものとして描きます。

「あなたが本当に知るべきことは必要な時が訪れたら自ずと目の前に現れる」

この言葉は、情報過多の時代に深く響きます。すべてを先読みし、あらかじめ答えを用意しようとするプレッシャーから自分を解放することで、むしろ必要なときに必要な判断が自然と湧いてくる。著者が修行を通して体得したこの感覚は、現代のリーダーにとっても切実なヒントになります。

奇跡が起こる余地を残しておくこと。それは怠慢ではなく、人生と自分への深い信頼から来る、積極的な選択なのです。

まとめ

  • 思考との距離感――自分の考えが正しいと思い込まないこと自体がスーパーパワー。思考を「事実」ではなく「思考」として眺める視点が、しなやかな自己をつくります。
  • 自己との関係――まず自分を思いやることが、他者との本物の関係の出発点。ありのままの自分を受け入れることが、ありのままの他者を受け入れる土台になります。
  • 人生への信頼――コントロールしようとする力を緩めるほど、人生に余地が生まれる。責任とは完璧な備えではなく、その瞬間に誠実に反応できる能力のことです。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

思考を手放すとはどういうことか、具体的にどうすればいいですか?

著者は「握った拳を開く」というシンプルなジェスチャーをその比喩に使います。呼吸など、身近な何かに意図的に注意を向けることが出発点です。

思考を消そうとするのではなく、「これは思考であって事実ではない」と認識するだけで、その思考との距離感は変わります。まずは1日のうちに1度、頭の中の声を少し離れた場所から眺める瞬間をつくることから始めてみてください。

自分を思いやることが大切だとわかっていても、どうしても自己批判してしまいます。どうすれば変えられますか?

著者が紹介する「非嫌悪」という概念が実践的な入口になります。完璧な自己愛を目指すのではなく、「せめて自分を嫌悪しない」という現実的な目標から始める。

自分の子どもや愛する人に接するのと同じやさしさを、自分自身にも向けてみることを著者は勧めます。小さな失敗を赦し、できる限りのことをしている自分を認める習慣が、少しずつ自己との関係を変えていきます。

「人生をコントロールしない」という姿勢は、経営や仕事の場でも有効なのでしょうか?

有効です。ただし、「計画しない」という意味ではありません。著者が説くのは、計画や予測に固執するあまり、目の前の現実に反応する柔軟性を失わないようにすること。

責任とは「反応する能力」であるという言葉が示すように、あらかじめすべてを支配しようとするより、その瞬間に誠実に反応できる状態を整えておくことの方が、長期的には豊かな結果をもたらします。

ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド
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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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