当たり前を更新せよ!?『THINK PUBLIC 世界のクリエイティブは公共の課題に答えを出す』杉山恒太郎

THINK PUBLIC 世界のクリエイティブは公共の課題に答えを出す
  • 社会を動かすためには、どのような論点を大切にするのが理想でしょうか!?
  • 実は、第3のTHINKかも。
  • なぜなら、それは、公を主語・目的語として語られる新しい潮流だから。そして、この考えるは、その行為自体を、問いの力を活かし、公のものにする力を持っているのです。
  • 本書は、“THINK PUBLIC”というキーワードをもとに社会価値を見つめる事例集です。
  • 本書を通じて、第3のTHINKの必要性とプランニング(企画)視点として活用するヒントを得ることができるでしょう。

第3のTHINKとは!?

杉山恒太郎さんは、日本の広告業界を牽引してきたレジェンド的な存在であり、トラディショナル広告からデジタル領域までを跨ぐ数少ないクリエイティブリーダーです。

立教大学を卒業後、1974年に電通に入社。東京本社のクリエーティブディレクターとして数々の広告キャンペーンを手がけ、1999年からはデジタル領域のリーダーとして活躍。インタラクティブ広告という新領域の確立に寄与し、伝統と革新の両軸を熟知するエグゼクティブ・クリエーティブディレクターとして注目されました。

2005年には電通の取締役常務執行役員に就任。2012年にライトパブリシティへ移籍し、2015年より代表取締役社長を務められています。

代表作には、小学館「ピッカピカの一年生」、セブンイレブン「セブンイレブンいい気分」、サントリーローヤル「ランボー」シリーズなど、時代の空気をとらえた名作が多数。国内外の広告賞を数多く受賞し、2018年には第7回ACCクリエイターズ殿堂入り。2022年には全広連 日本宣伝賞「山名賞」を受賞しています。

そして今、杉山さんが真剣に向き合っているのが「公共性(パブリック)」というテーマです。
広告やクリエイティブの力は、社会の課題にどう応えることができるのか。
本書『THINK PUBLIC』は、その問いに対する実践的な応答であり、杉山さん自身のクリエイティブ人生の集大成でもあります。

広告には、時代とともに変化してきた“思考のスタンス”があります。
杉山恒太郎さんは、それを「第1のTHINK」「第2のTHINK」、そして「第3のTHINK」という三段階で捉えています。

最初の転換点は、1960年のアメリカにおける「Think small」。
これは、大きなものが善とされた時代に、小さなことの価値を訴えたフォルクスワーゲンの広告キャンペーンでした。常識への逆張りが共感を呼び、「価値の転換」を生んだ代表例として記憶されています。──これが「第1のTHINK」。

次なる転換は、1997年にアップルが仕掛けた「Think different」。
多様性の時代において、個性や独自性に光を当て、唯一無二の存在意義を問うメッセージが世界を席巻しました。人と違っていい、むしろ違っていることが価値だ──。これが「第2のTHINK」。

そして、いま私たちが直面しているのが「第3のTHINK」、すなわち「Think Public」です。

それは、「誰のものでもないもの=公共」を主語とし、環境や社会、未来世代といった“私たち全体”にかかわる課題を思考の軸に据えるスタンス。
広告や企画の仕事を、自己実現や企業成長のためだけではなく、「社会全体への問いかけ」として捉え直す必要がある──
杉山さんはそのように警鐘を鳴らしています。

第3の“THINK”の時代に

「進歩」が「成長」を意味した時代から、「進化」が「環境に適応すること」へと変わった今。
クリエイティブのあり方もまた、問われているのかもしれません。

そこに問いはあるか!?

本書『THINK PUBLIC』は、杉山恒太郎さんが長年の広告人生で取り組んできた、さまざまな社会課題との向き合いを綴った一冊です。
取り上げられるテーマは、幼児虐待、ドラッグ、ハンディキャップ、差別、気候危機など多岐にわたります。いずれも、一般の商品広告では触れにくい「社会の暗部」に光を当てるものであり、杉山さんはそこに“広告の本当の力”を見出します。

「効果だけが重要なのではない。公共広告は人間や社会の暗部により迫ることができる」
「つまり、公共広告は『広告のための広告』でもある」

この一節に表れているのは、「売るため」ではなく「問うため」の広告という、スタンスの転換です。

公共広告は、人々の心に問いを投げかけることで、社会の見えにくい部分を可視化し、その価値転換を促します。それは時に、不快さや違和感を伴いながらも、私たちの認識を揺さぶり、「自分ごと化」させる力を持っているのです。

本書では、国内外の公共広告の先進事例が数多く紹介されています。
それぞれの事例には、「公共のための企画」として、どのような問いが立てられ、どんな表現が選ばれたのかが丁寧に語られ、読み手自身もまた「公共」をどう考えるかを促されていきます。

本書で紹介される事例のひとつに、南国の楽園・パラオ共和国が行った先進的なプロジェクトがあります。

その名も「Palau Pledge(パラオ・プレッジ)」──
これは、観光客が入国する際にパスポートへスタンプのように押される「環境保護の誓約文」にサインをさせる、という取り組みです。

たとえばこんな文面です。

「私はこの美しい自然を未来の子どもたちに残すため、ゴミを持ち帰り、動植物を傷つけず、文化を尊重することを誓います」

このプロジェクトは、単なる注意喚起の広告ではありません。
旅行者に“自らの行動”への責任を意識させる「契約」行為として機能し、しかもそれが国家レベルの入国プロセスに組み込まれたことで、極めて象徴的かつ実効的な仕組みとなっています。

言い換えれば、「広告=メッセージを届ける」という一方通行を越え、「行動変容の場をデザインする」という公共的アプローチへの転換。
杉山恒太郎さんが言う「Think Public」の真髄が、この小さな島国から立ち上がっていたのです。

この事例は、「広告ってここまでできるのか」と思わせてくれる、とても力強い一手です。

この取り組みが革新的だったのは、メッセージの発信者と受け手という従来の広告構造を超えて、「行動の主体」として観光客自身を組み込んだ点にあります。

つまり、“旅先でのマナー”を超えた、「未来世代との契約」というストーリーに変換されたことで、観光客は単なる消費者ではなく、社会の一員としての責任ある当事者へと位置づけられたのです。

これは、ステークホルダー全体の視点で見ると、以下のような価値の再構築がなされています。

  • 政府・行政(パラオ政府)
     環境保護政策に「共感と参加」を引き出す仕組みを組み込むことで、強制ではなく“誓約”による関与を実現。外交・イメージ向上の観点からも極めて優れたブランディング。
  • 市民(パラオの住民)
     自然と共に生きてきた人々が、自らの文化や環境を守るために“世界に向けて語り出す”という誇りと主体性の醸成。
  • 観光客(グローバルな生活者)
     自身の行動が未来に影響するという意識を得ることで、観光が「サービス享受」から「未来への投資」へと意味転換される。
  • 民間企業(航空・観光・メディア)
     サステナビリティをビジネスに組み込む先進事例として、他国・他地域にも応用可能なモデルケースを提示。

このように、「Think Public」の企画とは、誰か一人のためのものではなく、関係するすべての人が“意味の主体”として関与できる構造を持っているのです。

加えて、この事例がもたらした最大の価値は、「社会の理想を“制度”に変えた」点にあります。

広告や広報は、ともすれば一過性の話題や態度変容で終わってしまうこともありますが、パラオ・プレッジは国家の入国制度にまで組み込むという、極めて高い実装力を持っていました。

ここに、杉山恒太郎さんが語る「公共広告は広告のための広告である」というメッセージの核心があります。
それは、広告そのものの意義を再定義し、「社会のための社会デザイン」にまで到達しうる──
そんな実例だったのではないでしょうか。

PUBLICを捉え直そう!?

もうひとつ紹介したいのが、都市ブランディングの原点とも言える「I ❤ NY」キャンペーンです。
あまりにも有名なこのロゴとコピー。実は、単なる“観光誘致のスローガン”ではなく、ニューヨークという都市とそこに生きる人々との関係性を言語化したクリエイティブだったのです。

当時、インタビューでニューヨーカーたちはこう語ったといいます。

「I hate NY but I love NY.」
(ニューヨークは嫌い。でもニューヨークが好き)

この矛盾をはらんだ本音の言葉──嫌悪と愛着が同居する都市体験──
その後半部分だけを切り取り、「I ❤ NY」という端的な形に変換したことが、このキャンペーンの核心でした。

つまり、「I ❤ NY」は、都市が市民から“一方的に愛される”ものではなく、
複雑な感情や文脈ごと受け止めながら、愛し直されるべき存在だというメッセージでもあるのです。

この視点は、「Think Public=公共を考える」というテーマにおいても示唆的です。
パラオの事例が「未来に向けた約束」だったとすれば、
この「I ❤ NY」は、「いまここにある都市との関係性の再確認」とも言えます。

人々の感情に寄り添い、それをシンプルな言葉で共有可能にすることで、都市という“場”に誇りと参加感を取り戻す──
ここにもまた、「広告が社会と人の関係性を再編集する力」が表れています。

パラオの入国誓約「Palau Pledge」、そして都市への複雑な愛をシンプルな言葉に昇華した「I ❤ NY」。
これらの事例が教えてくれるのは、広告やクリエイティブが「売る」ためだけでなく、「問いを開き、関係性を編み直す」ための手段になりうるということです。

「Think Public」という視点は、単なるキャンペーン設計の技法ではなく、
いまの時代において、私たちがどのような社会と向き合い、誰と手を取り合っていくのかを考える態度そのものでもあります。

本書ではここで紹介した以外にも、NECの「ecotonoha」、渋谷の再開発に関わる地域共創型プロジェクト、国内外の公共広告事例が多数収録されています。

どれもが、「社会に問いを立てるとはどういうことか?」を深く考えさせてくれる実践ばかりです。

そして本書が示唆する、もうひとつの大きなテーマがあります。
それは、「PUBLIC=公共」という言葉の意味自体を、私たちはいま問い直すべきではないか、ということです。

日本ではこれまで、パブリックという言葉は「行政」や「公的機関」など、どこか“自分たちとは距離のある存在”として捉えられがちでした。
しかし、これからの時代の「パブリック」は、私たち自身がつくり、守り、育てるもの──
つまり、「他人ごとではなく、自分ごと」としての公共性へと、意味が変わりつつあります。

広告やコミュニケーションの仕事に携わる人に限らず、
あらゆる人が“誰かと共にある”という前提に立って企画を考え、問いを発し、行動していくこと。
そこにこそ、「Think Public」の可能性が広がっているのではないでしょうか。

「広告は、誰のためにあるのか?」
「公共とは、誰がつくるものか?」

そんな問いを、今あらためて考えてみるきっかけとして──
ぜひ本書を手に取っていただきたいと思います。

PUBLICを検討する際に、当店の週1投稿企画である、「#考えるノート」のこちらの投稿「これからの時代の“マーケティング”を考える――「4P+PR=5P」がプランニングのキーに!?」もぜひご覧ください。

まとめ

  • 第3のTHINKとは!?――THINKを通じて、広告やクリエイティブの役割と意味を再検討してみましょう。
  • そこに問いはあるか!?――問いを通じて皆が、考えるきっかけを得る、それがTHINK PUBLICのコアをなす概念なのです。
  • PUBLICを捉え直そう!?――公共と広告はどのようにあるべきなのでしょうか!?絶えず考え続けながら、新たな視点からプランニングを検討していくことが、これからの時代に必要な活動ではないでしょうか。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!