- ミッション、パーパス、無意味って本当でしょうか。
- 実は、ルメルトさんの戦略の定義からすると、実際に、(それ単体では)意味を成しません。
- なぜなら、彼の戦略論は、重要事項の設定と、それに向かった取り組みに修練されるから。
- 本書は、戦略とは何かを改めて検討するための1冊です。
- 本書を通じて、企業運営、事業運営について、「何から着手すべきか」を知ります。

戦略とは?
リチャード・P・ルメルトは、戦略論の分野において世界的に著名な経営学者です。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院の名誉教授であり、長年にわたり「企業が成果を上げる戦略とは何か」を研究し続けてきました。
彼の代表作『良い戦略、悪い戦略(Good Strategy Bad Strategy)』は、日本でもベストセラーとなり、多くの経営者やビジネスパーソンに強い影響を与えました。
ルメルトの戦略論の特徴は、「現実に根ざした問題解決としての戦略」を重視している点にあります。抽象的なビジョンや理想論ではなく、現場の観察や具体的な課題に基づいて打ち手を導き出す、きわめて実務的なアプローチが持ち味です。
今回の『戦略の要諦(The Crux)』でも、彼は改めて「本当に意味のある戦略とは何か?」という問いに立ち返り、近年のパーパス偏重主義に対しても、鋭い批判を投げかけています。
ミッションやパーパス、ビジョンを掲げること。それ自体は悪いことではありません。
しかし、果たしてそれが戦略なのでしょうか?
実は、そうした理想的な言葉を掲げることで「戦略を立てた気」になってしまっている組織が少なくないのではないでしょうか。
タイトルにもなっている “The Crux” という言葉には、深い意味があります。
“crux”とは、ラテン語で「十字架」を意味する言葉に由来し、英語では「最重要点」あるいは「問題の核心」「最も困難な箇所」という意味で使われます。
登山の世界では、「ルートの中で最も困難な箇所」を“the crux”と呼び、その一点を突破できるかどうかが、全体の成否を左右するといわれています。
「戦略とは、企業が直面している数ある課題のうち、“最も重要で、かつ困難だが打ち破る価値のある一点=クラックス”を見極め、それに挑むこと」
この視点に立てば、パーパスやミッションといった大義そのものは、戦略ではなく戦略を導く背景要素の一つに過ぎません。
本当に必要なのは、現実の中にある困難の構造を見抜き、そこに対する突破口を練り上げることなのです。
そもそも、私たちの道行き(人生の登攀)を見れば、この発想は自然なことであると気づきます。
困難な問題に直面したとき、あるいは大きなチャンスに遭遇したとき、彼らは実現可能な最大の前進や成果が見込める道を選ぶ。言い換えれば、成否を決するような最大級の障害物が自分の力で克服可能だと判断したとき、その道を選ぶのである。
そもそも、私たち人間は直感的に、“成否を分ける一点”を見抜き、その突破に挑む習性を持っています。
困難な問題に直面したとき、あるいは大きなチャンスを前にしたとき、人は自らに問いかけます。
「これは自分にとって乗り越えうる障害か?」
そして、最も困難でありながら、乗り越えることで最大の成果が見込めるルートを選ぼうとします。
リチャード・P・ルメルトが本書『戦略の要諦(The Crux)』で示すのは、まさにその「人間の自然な意思決定のパターン」を組織の戦略にも適用すべきだという主張です。
つまり、戦略とは――
最も重要で、困難でありながら、解決可能な問題を選び、それに集中することである。
この一点を見抜くことが、戦略の“要諦”であり、それこそが「The Crux」なのです。
本書では、これまでのようにミッションやパーパスにばかり頼る戦略立案では、行動指針にはなりえないことを繰り返し指摘し、実際の企業事例を用いながら“問題を見抜く力”と“打ち手を構築するプロセス”を解説しています。
何から始めるべきか?
戦略を立てるスキルを、次の3つで説明しましょう。
1.ほんとうに重要なのは、どれで、後回しにして良いのはどれかを見極める能力。
2.その重要な問題の解決は手持ちのリソースで、現実的に解決可能なのかを判断する能力。
3.リソースを集中して投入する決断を下す能力(一度にいろいろなことに手を出さない能力ともいいかえられる)
1.本当に重要なのはどれか?
後回しにしてよいのはどれか?を見極める力
現代の組織は、常に無数の課題に囲まれています。すべてを同時に解決しようとすれば、結局どれも中途半端になってしまうでしょう。
だからこそ重要なのは、「何を選び、何を捨てるか」。
言い換えれば、全体の成果を左右する「一点突破の対象」を見極める力が求められます。
2.それは現実的に解決可能か?
手持ちのリソースで勝負できるのか?を判断する力
いくら重要な課題でも、自社のリソースで到底対処できないものであれば、それは戦略になりません。
ルメルトは、「難易度」と「実行可能性」のバランスを見極める重要性を強調します。
戦略とは夢や理想ではなく、**現実に根差した“可能性の設計”**であるべきなのです。
3.リソースを集中する覚悟があるか?
一度に多くのことに手を出さない判断力
そして最後に問われるのが、“集中”という覚悟です。
あれもこれもやろうとすれば、資源もエネルギーも分散し、成果は得られません。
戦略とは、選び取った課題に対して、リソースを惜しみなく投じる決断なのです。
つまり、戦略とは「優先順位の明確化」+「実行可能性の判断」+「集中投入」の3点セットであり、それがなされて初めて、“行動に移せる強い戦略”になるのです。
上記3つのまとめからも分かる通り、戦略とは、目の前にある課題のなかから “越える価値のある困難”=クラックス を見抜き、それに集中する意思決定のプロセスに他なりません。
本書では、イーロン・マスクによる宇宙ビジネスの戦略的思考が紹介されています。彼が火星移住という壮大なビジョンを掲げながらも、最初に注目したのは意外にも「ロケット再使用の実現可能性」という、きわめて具体的な問題でした。
彼は、旧ソ連製のロケットを購入しようとロシアに赴くものの、交渉は決裂。価格が跳ね上がる中で、「宇宙輸送のコスト構造」の核心を見抜きます。
宇宙に人やモノを運ぶのに、なぜこれほどまでのコストがかかるのか?
その本質は、「ロケットが一度しか使えないこと」にあるのではないか――。
この洞察こそが、マスクが捉えた“クラックス”です。
マスクの戦略スキルとクラックス思考
このエピソードは、前述の3つの戦略スキルにも見事に当てはまります。
- 最重要課題を見抜く力
→ 宇宙開発のボトルネックが「ロケットの再使用不可能性」にあると特定。
- 解決可能性を見極める力
→ 機体のコストではなく、燃料のコストは比較的安い。
ならば、再使用が可能であれば全体のコスト構造を劇的に変えられると判断。
- リソースを集中投入する決断力
→ この“再使用”の一点に技術と資金を集中させ、スペースXのビジネスモデルを築く。
ここでの重要なポイントは、壮大なビジョン(火星移住)を掲げながらも、その実現のために最初に取り組むべき一点=「再使用可能なロケット」を正確に選び取り、そこに資源を集中させたということです。
マスクが見抜いたのは、「ロケットの再使用」というクラックスだけではありません。
彼は、宇宙開発における“コストと信頼性はトレードオフである”という業界の常識にも挑戦しています。
多くの専門家は、コストを抑えれば信頼性が犠牲になると考えていました。しかし、マスクはこう反論します。
「コストを切り詰めたら信頼性も下がるのではないか?と聞かれるが、それはエンジニアの腕次第だ。」
たとえば、フェラーリは非常に高価だが信頼性が高いとは限らない。一方で、トヨタの車は安価でありながら高い信頼性を実現している。つまり、「安くて信頼性の高い仕組み」は確かに存在するというわけです。
スペースXはまさにその思想をロケットに応用し、「ファルコン9」の打ち上げコストを従来のスペースシャトルの3分の1以下にまで削減することに成功しました。
この実現の鍵も、やはり“クラックス”を見抜いて集中投資した結果だったのです。

戦略とは、問題の特定と、リソースの配分である!?
戦略とは、最重要ポイント(クラックス)を見抜き、そこに集中すること。
ルメルトはこの原則を、企業経営だけでなく、個人の生産性にもあてはめて説いています。
生産性の高い人は、最重要ポイントに全力で集中することで、直面する課題を乗り越える方策を見極める。
つまり、成果を上げるために必要なのは、やみくもな努力や多忙ではありません。
まずは、自分や自社が直面している複雑な課題の中から、最も影響が大きく、かつ解決可能な一点を特定すること。
そこを突破することで、全体が一気に動き出すような“レバレッジポイント”を掴むことが、戦略の出発点なのです。
ミッションやパーパスが無意味なのではありません。
それらは、私たちがなぜこの挑戦をするのかという「理由」にはなり得ます。
しかし、「どうやって挑戦を成し遂げるのか」という問いに答えるのは、戦略です。
その戦略を構築するためにこそ、“クラックス”を見極め、そこに集中する勇気と知恵が問われているのです。
本書におけるコアは、以下の4点です。
では、私たちは日々の経営や仕事の中で、どうすれば“クラックス”思考を実践できるのでしょうか?
ルメルトは、戦略を立てる際の心構えとして、以下の4つのポイントを強調しています。
1)困難から逃げない
戦略を立てる最善の方法は、困難な課題に正面から立ち向かうことにある。
「難しいから後回し」ではなく、「難しいからこそ、価値がある」。
その一点を見極めて、逃げずに挑むことこそが、強い戦略の第一歩です。
2)リソースを見極めて、組み合わせて使う
活用できる手持ちの資源を洗い出し、困難を突破するために組み合わせて投入する。
戦略は理想論ではなく現実論。あるものをどう使い、どこに投入するかを見極める視点が不可欠です。
3)誘惑的な横道に注意する
いかにも魅力的に見えるオプションほど、真の“クラックス”から目を逸らさせる。
派手で目新しい施策、聞こえの良いスローガン…それが本当に問題を解決するのか?を冷静に問い直しましょう。
4)グループワークには注意が必要
グループやワークショップでの戦略策定には、落とし穴がある。
誰もが賛成する“当たり障りのない方向性”に流れやすく、核心を突く判断が避けられるリスクがあります。
「何を選び、何を捨てるか」という緊張感をもった意思決定は、少人数かつ責任ある立場の人間が担う必要があるのです。
戦略を立てる上で、もうひとつ重要なポイントがあります。
それは、「良い目標」とは何か?という問いです。
ルメルトはこう指摘します。
「良い戦略目標は、戦略を立てた“結果”なのであって、目標が先ではない。」
つまり、「われわれは何をすべきか?」という問いに向き合い、現実の課題を見極めた結果として、本当に意味のある目標が導かれるべきだというのです。
例えば、「資本収益率を5%以上にする」や「重点市場の売上比率を全体の〇%以下に減らす」などの目標は、数字としては明快ですが、それだけでは戦略になりません。
重要なのは、その数字を達成するために企業がどのような意志決定を行い、どこに時間とエネルギーを集中させるのかを明確にすることです。
良い目標とは、選択の意志を示すものであり、戦略上の集中と配分を伴うもの。
逆に、誰もが同意できるような抽象的な目標や、“願望”に過ぎない目標は、行動の羅針盤にはなり得ません。
ルメルトは強調します。
「目標を持つことは大切だが、それは戦略の“出発点”ではなく、“出口”である。」
では、ルメルトが定義する「良い目標」とは、どのようなものなのでしょうか?
単なる数値目標や、耳障りの良いスローガンとは一線を画す「良い目標」には、明確な特徴があります。本書では、次のようにまとめられています。
- 問題を整理して曖昧さを解消し、解決可能な単純な形で再定義すること。
複雑な課題をそのまま掲げるのではなく、行動に移せるようにシンプルに言い換える力が問われます。
- 達成する方法がわかっている、または見つかると合理的に予想できること。
絵空事ではなく、現実的に踏み出せる道があることが前提です。
- 明確な選択肢を示し、焦点を絞り、意見対立を解消し、「何をすべきか/すべきでないか」の判断を助けること。
良い目標は組織の羅針盤となり、リソースの配分や優先順位づけに貢献します。
- 必ずしも全員が賛成するとは限らない。
ここが肝要です。良い目標とは、合意形成よりも、意志決定を伴う覚悟ある判断なのです。
つまり、戦略をたてることによって、追求すべき目標が設定されるということがよく分かるでしょう。問題が先立ち、戦略が構築され、そして、目標が設定されるのです。
ここまで見てきたように、戦略を立てるとは、現実のなかの“クラックス(最重要ポイント)”を見極め、そこに資源と意思を集中することです。
そのプロセスにおいて、ミッションやパーパスといった言葉は、ともすれば独り歩きしがちです。
高尚なミッションやパーパスが、まずそれだけで単独で存在することの「虚しさ」・・・。
確かに、理想や志は大切です。ですが、それはあくまでも「われわれは何のために存在するのか?」という問いを提示するものであり、「だから今、何をすべきか?」という問いには答えてくれません。
戦略とは、その「問い」に向き合った先に見えてくる、意志と行動の選択です。
良い戦略とは、単なる言葉や目標ではなく、
・現実を見つめ、
・困難を選び、
・選択と集中を決断する
という、覚悟のプロセスそのものなのです。
まとめ
- 戦略とは?――困難に立ち向かうこと、その特定と方法の定義です。
- 何から始めるべきか?――重要な問題(課題)の特定です。
- 戦略とは、問題の特定と、リソースの配分である!?――結果的に、目標が見出されます。
