- どうしたらよりよい人生を作っていくことができるでしょうか?
- 実は、ギャップによる驚き=好奇心を忘れないことです。
- なぜなら、その好奇心こそが哲学(よく生きることを求めること)の原動力になるから。
- 本書は、哲学の賢人たちの言葉を見つめる1冊です。
- 本書を通じて、哲学とは人にとって何なのかについて、知ることができます。
哲学とは?
どうしたら豊かで、幸せを感じ続ける人生を送ることができるでしょうか。大切なことは、さまざまなものごとを正しく用いるということです。正しさを提供してくれるのは、知識です。幸福であるための条件を考えた時、その知識を持ちそして、いかに用いて、人生をつくり出していけるかということです。
知識を持って、自分とものごとをよく見つめること、それがよりよい人生のためには不可欠なのです。
哲学するとは、philosopheinといいます。これは、知を愛するという言葉に由来しています。
哲学が日本にやってきたとき、洋学者の西周(にし・あまね)さんが、philosophyの訳語として、「希哲学」あるいは「希賢学」を考案したと言います。ここから希のいち文字が落ちて、哲学になりました。
西周さんは、philo(愛する)sophia(知、知恵)という言葉に対して、希う(こいねがう)をいう漢字で表現しようとしたのですね。
希う;こい‐ねが・うこひねがふ【希・冀・庶幾・乞願】 〘 他動詞 ワ行五(ハ四) 〙 非常に強く希望する。 ねがいのぞむ。 切に望む。
人が哲学しようという気持ちになるのは、なにかについて驚きの念に満たされるからだ、とプラトンが言っている。
つまり、現状と希望・認識・理解のギャップの認識をした時に驚きが生まれ、それに対して旺盛な知識欲が沸き起こることが、哲学の起点となっていると言えます。
人として旺盛な知識欲とともに生きることは、ごく自然のことであると思います。子どもをみていると、人というのは、知りたい!を原動力に生きていることを知ることができるでしょう。
彼ら・彼女らは、自分が生まれたこの世界を探索し、時間のある限り、夢中になってものごとと関わり合っているように見えます。
あるがままで生きる?
賢人ゼノンは、最高の「善」とは、「自然に従って生きる」ことであるとしました。
人間が本来的に持っている、知識欲を満たすように生きていくことは、自然に生きることにつながっていくでしょう。
「自然に従って」というギリシア語は、「一致して」や「和合して」という意味を含みます。また、「善」の元の言葉である“アガトン”には、漢字の「善」から連想する道徳的なニュアンスというよりも、むしろ「役立つもの」「有益なもの」という意味合いのほうが強いです。
つまり、ギリシア哲学の源流を見つめていくと、哲学とは、自然に従うことを目的的に生きることと、再解釈することが可能になります。
ストア派は、自然に従って生きることは、徳に従って生きることだと考えた。
ストア派の考えでは、徳とは「理性に従って生きること」を意味します。
彼らは、宇宙には普遍的な理性(ロゴス)が存在し、人間もその一部であると考えました。そのため、理性的に判断し行動することが最高の善であり、これこそが徳だと主張しました。
具体的には、以下の4つの基本的な徳を重視しました:
- 知恵 (フロネーシス) – 何が善であり悪であるかを正しく判断する能力
- 正義 (ディカイオシュネー) – 各人に相応しいものを与える公平さ
- 勇気 (アンドレイア) – 理性的判断に基づいて行動する精神的強さ
- 節制 (ソーフロシュネー) – 欲望や感情を理性でコントロールする力
重要なのは、ストア派が徳を「それ自体で完結した善」と考えた点です。つまり、徳は幸福や快楽のための手段ではなく、それ自体が目的なのです。彼らは、富や名誉、快楽などの外的な要因は本当の幸福には無関係だと考えました。
また、ストア派は徳を「技術(テクネー)」として捉え、継続的な実践と訓練によって獲得できるものと考えました。マルクス・アウレリウスやエピクテトスなどのストア派の思想家たちは、日々の生活の中で徳を実践することの重要性を説きました。
今を生ききる?
過去の偉人は、私たちの日常生活の中で、「自分の死」を常に意識しながら生きるという視点をもたらしました。
迫りくる老年や死にどのように対処するかは、私たち個々人の問題でもある。
そういう問題においては、例えば争いごとで勝つなどの強さとはまた別の種類の強さが求められます。
ことに死については、私たちはそれを経験することはできません。ただ、ひたすらに自分の死を推測することだけです。でも確実にやってくる死に対して私たちがどのように向き合うかが重要な問題なのです。
ストア派を代表する賢人・エピクロスは、死に対して恐怖を抱くのは愚かであると考えました。
私たちが生きているときには、わたしたちに死は訪れないし、自分が死ぬときには、私たちはもはや存在しないのであるから、悩んだり、恐れたりすることは無駄であるという考え方です。
そのように死を捉えてみると、私たちの生き方に対する覚悟が見えてきます。それこそが、「いまを良く生きる」ということです。
いまというこの瞬間を自分の好奇心を発動させるような外的な刺激の連続を得て、知識をもって理性的に捉えていく。そして、そうした活動をひたすらに積み重ねていく、そういうことの連続が、自分らしく手応えある人生をもたらすのでしょう。
過去のことはくよくよするな、明日のことはわからない。
ならば、今を楽しく生きようじゃないか。
日常の中での哲学については、こちらの1冊「【「問い」は、背景・前提しだい!?】「課題発見」の究極ツール 哲学シンキング|吉田幸司」もおすすめです。実践を積み重ねていきましょう。
まとめ
- 哲学とは?――知を愛する行為です。
- あるがままで生きる?――大切にしたいのは、自然に従って生きていくことです。
- 今を生ききる?――過去や明日に囚われず今をいかにより良く生きるかを検討しましょう。