- 生き方について、より俯瞰した視点を持つためには、どこにヒントを求めるのが良いでしょうか。
- 実は、過去の賢人の思想を比べてみることにあるかも知れません。
- なぜなら、そこに人としての普遍性が現れてくる可能性があるから。
- 本書は、ストア派を代表するエピクロスと、仏教からブッダの思想を比べる1冊です。
- 本書を通じて、多くの人にとって大切にしたい論点を見出すことができます。
エピクロスの思想とは?
エピクロス(前341年~前270年)は、古代ギリシャの哲学者で、快楽主義の哲学を確立した思想家です。
しかし、彼の説く「快楽」は、一般的に誤解されがちな放縦な生活とは異なります。むしろ、心の平安(アタラクシア)を重視し、欲望を適度に抑制することで得られる持続的な幸福を説きました。
不必要な欲望や恐怖(特に死への不安)から解放されることが、真の幸福への道だと考えました。
エピクロスは、友情を重んじ、アテネの「園」と呼ばれる学園で、性別や身分を問わず多くの弟子たちと共同生活を送りながら教えを広めました。彼の思想は、現代でも幸福論の重要な基盤として評価されています。
エピクロス【心の平静(アタラクシア)】を重視し、それを得るための方法を考察し、多くの書物を著したと伝えられています。
エピクロスが提唱した哲学はとてもシンプルなものでした。
以下のようにサマリーを作ることができます。
1.体の健康と心の平静という快は、生まれながらの善であり、生の目的でありすべての判断基準である。
2.心の平静が乱されるのは、1)死後のことをおそれるから、2)自然現象と神を結びつけるから、である。
3.原子の集合体である霊魂が肉体から分離すると、感覚がなくなる。だから死後のことを恐れる必要はない。
4.神は幸福の存在であるから、自然現象を引き起こすという面倒な仕事には従事しない。だから自然現象について考察する際には、神話を遠ざけ、全てに通じる重要な原則(原子論)に基づくべきである。
5.何かの欲望が生じたら、体の健康と心の平静の観点から分類して取捨選択する。
思慮深くなることを最大の善であるとし、思慮こそがすべての徳を生み出し、快の生活を生み出すと説きました。
ブッダの思想とは?
エピクロスと、ブッダはほとんど同じ時代を生きていました。エピクロスが生まれる50年ほど前にブッダは亡くなっています。
ブッダは、平安の境地(つまり、涅槃)に向かうための論点として、無所有と無執着の状態の必要性を重視しました。
所有を捨てて、執着を捨てて、五感による知覚もはめて平安の境地に達した人は、ずーっとそこに安住するというビジョンを持ちました。
理由は、彼にとって、苦しみの根源は、この世のものに対する執着を縁として生じると考えたためです。
少しの物で満足し、忙しくなく、質素な暮らしをせよ。
持っている何かを手放さないと、持っている何かを欲することになり、そのことによって、不安や苦しみを抱えてしまうのです。
愛しているものも、愛していないものでさえも、すべてを捨てることこそが、自分が平静を取り戻すポイントであると説きました。
そして、執着や所有を捨てて、平安の地に至ったあとには、できる限り正直で、誠実で、温順で、柔和に成ることを務めていくことで、その状態を維持することができるようになります。
普遍的な論点とは?
心の平静というある一つの目的について、両者は検討していることがまず、印象深く感じることができます。心に凪が訪れている状態こそが良いのであるという点について共通点を見出すことができます。
エピクロスが、原則(原子論)に従って、「死」と「自然現象」を考察していることが特徴的です。さらに、欲望が生じてしまった場合、取捨選択をするという発想は、ブッダの所有を捨てるということにつながる論点です。
しかし、ブッダが所有や執着、あるいは、五感からも離れていくことを説いたのに対して、エピクロスは、それを賢明に選択せよという視点に立つ点は、似て非なるものであると捉えることができるでしょう。
とは言えいずれにしても、両者ともに、人間の俗世から離れて、平穏な生活を送ることを志向している点などを見てみると、2000年もまえの時代を生きる人なのにもかかわらず、なんとなく現代でもよく見られるような煩わしさから逃れ、地方移住を志したり、働く場所を移してみたりといった発想とも共通点を見出されるようでもあります。
所有は憂いと悲しみの源であるため、何かを所有している人は平安の境地に留まることができないのです。
そうした共通の視点から、エピクロスも、ブッダも、質素で慎ましい生活を目指すことを勧めています。
両者に共通することは、僅かなもので満足すること、そして、過剰に忙しさを求めないことです。
我々は日常雑務の牢獄から我々自身を解放すべきである。
また、ブッダは、五感についても強く牽制を働かせます。過剰な感覚をシャットアウトし、制御することで、賢さと謙虚さを維持するべきだと語ります。
心の平静を邪魔するものとして、エピクロスは、死や自然現象を心配することによって、霊魂が動揺すると説明したのに対して、ブッダは、所有により心配が生まれるとしました。
いずれにしても、自分が過剰に何かを持っている、あるいは同じ状態を貫こうとすることに対して、懸念を持つことが共通しています。これは戒めです。人は自分の力や感覚を過信するが余り、何かできる気がして、実際にはできもしないものに、こだわりや執着を間違って持ってしまうことがあるためです。
人の心を所有することはできないのに、あるいは変えることなどもできるわけがないのに、それができるような感覚を持つことなどがそうです。
エピクロスも、ブッダも、もっと現実を直視せよ、できうることとそうでないことを間違えるのではない、その先に平静が訪れるヒントが待っていると、繰り返し伝えてくれているように思います。
ストア派の思想についてはこちら「【世界の定義は、自分にある!?】エンキリディオン(ストア派哲学の手引書)|エピクテトス,湊凛太朗」をぜひご覧下さい。
ブッダの思想については、こちら「【あなたは、どちらの「道」を選ぶか?】超訳 ブッダの言葉|小池龍之介」をぜひご覧下さい。
まとめ
- エピクロスの思想とは?――不必要な欲望や恐怖を捨て去るべきである。
- ブッダの思想とは?――所有という幻を捨て去るべきである。
- 普遍的な論点とは?――間違ったこだわりや執着を持つべきではない。