【時間は、密度である!?】なぜ、時間を生かせないのか|田坂広志

なぜ、時間を生かせないのか
  • どうしたら、人生をより豊かなものにすることができるでしょうか。
  • 実は、時間を生かすことです。
  • なぜなら、時間の積み重ねが人生になるし、そして、時間は有限であるのです。
  • 本書は、そんな私たちがもっとも大切にしたいものごとに関する1冊です。
  • 本書を通じて、人生を考えるヒントを得ることができます。

かけがえのない人生を生きるには!?

私たちが、暗黙のうちに思ってしまっていることってなんでしょうか。

それは、実は、時間というのがあたかも無限にあるかのように感じることかもしれません。

時間が無限にあるかのように感じてしまうことによって、もしかしたら、仕事を先延ばしにしてしまうかもしれません。ムダな仕事に多くの時間を浪費してしまうかもしれません。自分が目指すべきことでないことに時間を使ってしまうかもしれません。自分がピンとこない人たちの中でもがく時間を使ってしまうかもしれません。

でも、時間は有限なのです。そして、であるからこそ、とても貴重な資源であるのです。

それは、我々が、無意識に、「時間は無限である」と思っているからです。

時間を生かす前提として、時間は無限でない!ということを知り、感じましょう。

1人の人間に与えられている時間は、たかだか80年ほどです。これを「一瞬」であると思えるかどうか、その「覚悟」を問われていると言ってもいいかもしれません。一瞬のかけがえのなさを知ることによって、私たちは、無意識のうちに、時間を生かすことができるようになります。

いかに生きるのか?を意識できるか?

つまるところ、時間を生かすということは、「いかに生きるか」という問いにほかなりません。

この本質的な問いに向き合う覚悟がなければ、時間を本当の意味で生かすということは不可能です。それは、時短テクニックあるいは、時間術のような手法論の対局に位置するような考え方を持つということにほかなりません。

毎日、忙しいといって、一生懸命になって、時間を捻出するのはそもそもアプローチが逆ということになります。誰かのための時間を事前に用意して、自分の時間を捻出するというアプローチではなく、まず自分自身がいかに生きるのか、そのためには、時間という資源をどのように使うのかを前提として考えた上で、1日1日の時間の使い方を考えていくのです。

時間というのは、「長さ」で捉えがちですが、実は「密度」で捉えるべきものかもしれません。そのように質的に捉えるようになることで、いまという時間を永遠にすることができます。

例えば、その「事実」について古代ギリシャ人はすでに気づいていました。「クロノス」と「カイロス」という時間の概念を見出していたのです。

クロノスとカイロスは、時間に対する異なる2つの視点を表す古代ギリシャの概念です。クロノスは、時計やカレンダーで測ることができる直線的で量的な時間を指します。これは過去から未来へと一方向に進む時間の流れであり、日常生活やビジネスのスケジュール管理において重視される時間の考え方です。例えば、1日24時間というような客観的で普遍的な時間の枠組みがクロノスの例です。

一方で、カイロスは「適切な時」や「好機」を意味し、質的な時間の概念です。これは特定の瞬間が持つ意味や重要性に焦点を当てた時間であり、その時点がもたらす機会や決定のタイミングに関連します。カイロスは、ビジネスの世界で重要な決定を下す際や、創造的なプロジェクトにおいて最も効果的なタイミングを捉えるときに重視されます。

クロノスとカイロスの違いを理解することで、日常の時間管理だけでなく、特定のタイミングを見極める重要性も認識できるようになります。この2つの時間の視点をうまく活用することで、よりバランスの取れた時間の使い方ができるようになるでしょう。

時間を密度で捉えることによって、例えば、「ゾーンに入る」ような体験を積み重ねて、時間を自分のために、そして世界のために生かすことができます。

集中力と捉えてもいいかもしれません。その集中力を生かすためには、「智恵」が必要です。智恵というのは経験でもたらされます、そしてその経験とは、師匠とともに過ごす時間の中にあるのです。自分が師とする人について、その人の呼吸やリズムの中から、生き方について検討する時間を得るようにしましょう。

師匠をコピーするのかというとそうではありません。師匠の中に何を見出すのか、それは師匠本人の姿ではなく、実は、自分自身です。

何を見出すのか。
「自分」です。

自分の「個性」に気づくためには、師匠(人・相手)が必要であるということにほかなりません。師匠の呼吸や一挙手一投足や判断、考えの中に、自分と同じもの異なるものを見出しながら、自分を形成するヒントを常に得るのです。

そして学びにおいては、言葉に尽くせないことから深い視点を得るという真実もあります。

この点は、科学哲学者ヴィトゲンシュタインが、『論理哲学論考』の中で、以下のように述べています。

我々は、言葉にて語り得るものを語り尽くしたとき、
言葉にて語り得ぬものを知ることがあるだろう

師匠からの学びとは、自分の個性への気付きにつながる「全人的」なものとなります。それは単なるノウハウや技術のようなものではなく、「心得」であり「人間」そのもののあり方につながっていくことになり得るでしょう。

ちなみにヴィトゲンシュタインについては、こちらの1冊「【永遠の現在をいかに生きるべきか!?】はじめてのウィトゲンシュタイン|古田徹也」もぜひご覧ください。

師匠からの学びによって自分の「個性」に気づくことができるでしょう。そして、その「個性」を構成するものとは、次の2つであるということにも触れていきます。

1.リズム感
2.バランス感

そして同時にスキルや技術というのは、このリズム感やバランス感をもとに表出した特徴でしかないということです。

現代の最先端の科学である「複雑系」の研究において、「カオスの縁」という理論があります。

これは、最も「生命的」なものは、完全なカオス(混沌)でもなく、完全なオーダー(秩序)でもなく、その中間の「カオスの縁」と呼ばれる領域に生まれるということです。

カオスの縁では、システムが完全な秩序でもなく、完全なカオスでもない状態にあり、このバランスが新しいパターンや革新、進化を生み出すと考えられています。この状態にあるシステムは、環境の変化に柔軟に対応しながらも、秩序を保ちながら成長や変化を促進する能力を持っています。

企業や組織においても、カオスの縁を活用することで、変化の激しい環境においても創造性やイノベーションを引き出し、持続可能な成長を実現するための戦略を立てることができます。

その絶妙なバランスの中に自己を見出すとき、新しい世界観を見出すことが可能です。つまり、「バランス感」というのは、単なるスキルのレベルを超えて、私たち人間や組織の生命体にとって、極めて根源的なものであるということです。

時間は密度?

どうしても真似することのできないこと、あるいは、どうしても自分という自然体の中から見いだせてしまうもの、それを「個性」といいます。その存在に気づき、そしてそれを発揮するために自然体でいることを見出すことによって、本質的に「時間を生かす」ことにつながっていきます。

そうした自分のモードを見出す中で、おそらく「カイロス」のような時間間隔を得ることになり、最終的に豊かな人生とは何なのかを知ることになります。

過去はない。
未来もない。
あるのは、永遠に続く、いまだけだ。
いまを生きよ。
いまを生ききれ。

まとめ

  • かけがえのない人生を生きるには!?――時間を生かすことです。
  • いかに生きるのか?を意識できるか?――心得、人間、個性を学び続けましょう。
  • 時間は密度?――長さではかるのではなく、密度ではかりましょう。
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